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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「ヒヨクレンリ」

 あの神話に連なる戦いから数百年。

 何故か知らないが俺は未だに最高位の神をやらされていた。

 アケディアが言うには、


「汝ほど神に向いている者もなかなかおるまい。それは世界を見れば分かる。嫌でなければもう暫くその席を預かってはもらえないだろうか?」


 と、言うことだった。


「そ、それに……もう暫くお前と一緒にいたいし、な……」


 最後の言葉は聞こえなかったことにして無視(スルー)

 やれやれ、いつまで経っても変わらないアホめ。もっと人を見習ったらどうだよ。人の技術は日進月歩。俺の居た世界はもうすでに前世の俺の世界と大差ないぞ。


 だというのに……女神の顔ぶれは以前と全く変化がない。

 俺が最高位に着任してというもの誰も代理戦争を始めようと言う者が現れないのだ。女神としての責務なんて、進んで背負いたいものではないと思うけどな。

 俺? 俺はまあ……ただの惰性だよ。最高位として世界を変えちまった責任もある。以前ほど軽々に他の者に託そうなんていう気持ちはなくなった。


 それにアケディアの言った通り、世界は安定している。

 傲慢な俺としては『仕方ねぇなあ、俺がいなきゃ駄目ならもう少しやってやるよ』ってところだ。決して色欲ではない。俺の原点は傲慢だ。その点を間違えないでもらいたい。


 とまあ、あれから色々あった訳だがそろそろ俺は例の提案……今では約束と認識しているその権利を行使することにした。

 色々と私物の増えた天上(真っ白な空間を俺達はそう呼んでる)で俺は慣れない服を着こなそうと格闘していた。くそっ、ネクタイなんて何時ぶりだよ。すっかり付け方を忘れちまってる。


「あ、クリス。まだいたの? そろそろ出かけないと時間まずいんじゃない?」


 そんな感じにあくせくしていると通りがかったエマ似の女神、アウァリティアが心配げな声を上げる。うっ、まずい。最近時間の感覚が曖昧になってたから忘れていた。


「くっそー! 初日から遅刻とかダサ過ぎるぞ! えーと鞄、鞄……どこやったっけーっ!!」


 はわわわ、と焦りに焦って醜態を晒す最高神。遅刻するまでもなくダサかった。


「お、おい、グラ! 俺の鞄見てないか!?」

「……見てない」


 いつからか出しっぱなしになっているコタツから頭だけ出してくつろいでいるアネモネ似の女神、グラは当てにならない。当てにならないことが分かって声をかけているのだから俺も相当テンパっている。


「あ、クリスさん。ここに置いてありますよ」


 そんな俺のピンチに現れたのはエリー似の女神、インウィディアだ。


「おお! 助かったぜインウィディア! 愛してるっ!」

「ふ、ふぇっ!? あ、愛してるだなんてそ、そんな……で、でもクリスさんが望むなら私は……」

「んじゃ行ってきまーす」


 時間が無いためインウィディアの台詞を聞き流して俺は下界へ向かう。

 後ろでしくしく泣いているインウィディアをいつものようにクリスタ似の女神、イーラが慰めているがそれを俺が知ることはない。哀れ、インウィディア。

 とはいえ時間がないのも事実。俺は下界へと続く門の前に急ぐ途中、起き抜けらしいスペルビアとすれ違う。


「おっ、蓮ちゃんおはよう。そんなに急いでどうしたの? それにその格好……」

「悪いっ! 説明してる暇はない! また夜になっ!」


 俺はスペルビアといつものようにハイタッチを交わし、そのまま下界への門をくぐる。そうして消えていった俺の姿を見送ったスペルビアは、ああ、と手を叩いた。


「そっか。もうそんな時期だったっけ。いやー最近は時間が経つのが早いなあ」


 うんうんと頷いてみせるスペルビアは最後に門へと優しげな視線を向け、


「……ようやく逢えるんだね。蓮ちゃん」


 良かったね、と短く言葉を残し、仲間の下へと歩いていった。




---




 まずいっ! まずいっ! まずいっ!

 どれくらいまずいかと言うと授業開始十分前! ただし二時間目! ってくらいまずい! いや、実際そこまで遅刻してはないけど気分的にはそれくらいヤバイ!


 焦る俺は瞬間移動でも使ってしまおうかという甘い誘惑に駆られる。けど魔術も魔法もすでになくなったこの現代で使うには余りにもリスクが高い。俺をぐんぐんと追い抜いていく原付や車に、俺も何か移動手段を考えておくんだったと今更ながらに後悔する。


 ひぃこら言いながらたどり着いたのは真っ白な建物。

 すでに入っていく人達も疎ら。とはいえ……何とか間に合ったみたいだ。


「ふう……助かったか」

「助かってないぞ」


 額で汗をぬぐったその瞬間に俺は声をかけられ、その人物と出会った。


「あ……」


 その顔を見て、俺は思わず声を漏らしていた。それは懐かしい顔。俺の憧れた人物そっくりの顔立ちをした少女だったから。


「一分の遅刻だ。見ない顔だがどこの組だ?」

「あ、え、えっと……」


 何か言わなきゃと思いつつ、俺は言葉が出てこなかった。それ以上に、この胸から溢れ出てくる想いが大きかったからだ。それどころか涙すら、少し溢れてきやがった。ああ……格好悪いな、ちくしょう。


「あー、もう。委員長は言い方がきつ過ぎるんすよ。ほら、その子泣きそうじゃないっすか」

「む。我は別にきつくなど……」

「その言い方っすよ。それに今時そんな一人称使ってる人なんていないっすよ? ねえ、副委員長もそう思いません?」

「私は素敵だと思うわよ。格好いいじゃない」

「あ、あれ?」

「ほら見ろ。やっぱり我は普通だ」

「……さすがに普通は言い過ぎだと思うがなァ」

「ほら! これで二対二っす!」

「ふん。引き分けで威張るな」

「じゃあ最後の決戦投票っす! えーと、そうだ、そこの白髪の君。どっちの意見が正しいと思うっすか? もちろん我なんて一人称は普通じゃないっすよねえ?」


 突然話を振られた俺は、


「いや、お前のその敬語のほうが普通じゃねえと思う」

「ええっ!?」

「ははっ、確かに言えてるわね」

「そ、そんなっ!? なんで急に自分に飛び火するんすか!?」

「最初に人の喋り方にケチをつけた罰だろう」

「そ、そんなぁ……」

「つーかお前ら、完全に時間のこと忘れてンだろう」

「「「あっ!」」」


 時計を見ればすでに時刻はぎりぎり。一斉に青い顔をして見せた一同は慌てて支度を整える。


「あーもう! 遅刻者を取り締まる側が遅刻してちゃ世話ないっすよ! ほら、そこの君も急ぐっす!」


 バタバタと落ち着かない連中だった。名前も知らないそいつらに、俺は不思議な安堵を覚えていた。


(……本当に、変わらねえな)


 何と言うか……嬉しい。

 俺の望んだ未来は、確かに輝いているのだと。

 俺の求めた平穏は、なくなってなんかいないのだと。

 そう、思えたから。


「……行くか」


 俺はその集団に続く形で、建物内部に入っていく。

 俺の所属する組はすでに聞いているからすぐに向かうことができるのだが……思ったより広い。ちゃんと場所まで確認しておくべきだったな。

 俺は長い廊下を歩きながら目的の部屋を探す。その途中のことだった。


「あーもうどこいくんよ」

「どこに行こうと私の勝手」

「それじゃあお目付け役のわしの立場がないじゃろうに」

「貴方の立場なんて知ったこっちゃない。それより私の予定に口を挟まないで。使用人の分際で」

「酷い言い草じゃのう……」

「それよりその口調直せと言わなかったかしら。物覚えの悪い猿ね。猛省しなさい」

「何か段々口悪くなってない? わし、心配。あーあ、わしの周りをついて回っとったあの頃の可愛かったお前はどこいったんかいのう」

「…………うるさい」

「ほんと。あの頃はわしの真似ばかりしとってまるでひな鳥みたいじゃったのにのう。あの頃はまだ可愛げがあってわしの間接ももげるぅぅぅぅうううううっ!?」

「余計なことしか言わない使用人なんて、めっ」

「言い方だけ可愛くしても無理ぃぃぃぃぃっ! 間接はそんな風に曲がらないからぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ……何だか見覚えのあるやり取りを見つけてしまった。

 何だろう……女の子が男の子の間接を極めているように見える。特殊なプレイとかじゃなければ、相当やばいよアレ。間接今にも外れそうだもん。

 恐ろしい。いつの世も男は女の子の尻に敷かれるということか。くわばらくわばら……


「ねえ」


 こっそり通り過ぎようと恐る恐るすれ違った俺に、女の子が鋭い声を上げる。


「貴方よ、そこの白髪の。無視しないで」

「え……お、俺っすか?」

「そうよ。私これから屋上で暇つぶしするからその辺のコンビニでお菓子買ってきて。あ、飲み物はイチゴミルクでね」


 そう言って懐から小銭を手渡してくる女の子。あ、そこはちゃんと出してくれるのね。っていうか、


「そうじゃない! 何で俺がパシリなんかせにゃならんのだ!」

「あ、わしはカフェオレで頼む」

「聞けよ! そんでさらっとお前までパシるな!」


 女の子の頼みならまあ、聞いてやらんでもない。だが男となると駄目だ。インポッシブルだ。パシリなんて絶対やらな……


「まあ、いいじゃない。貴方の分は奢ってあげるから」

「……え? ほんと?」

「ええ。あ、でもお釣りは返してね」


 ま、ま、マジか! きゃっほー! 下界の食べ物なんていつ振りだ!? やばい、テンション上がってきた!


「五分以内でよろしくねー」

「了解しましたぁぁぁぁぁああああああああああっ!」


 俺はその場にエコーだけを残して駆ける。五分以内にミッションを完了しなければ! インポッシブル? ふっ、最高神に不可能は無いッ!

 速攻で屋上にお菓子類を配達した俺はそれから一時間近く、買ってきたお菓子やらなんやらでその二人と共に盛り上がる。どうやらこの二人はいわゆる不良らしく、不健全に不健全な時間を過ごしていた。ポテチうめぇ。うん。俺も人の事言えないね。


 それから眠くなったから家に帰ると言い出した少女達と別れ、


「何やってんだ俺はぁぁぁぁぁあああああああっ!?」


 俺はその場に崩れ落ちて己の所業を嘆いていた。

 え? え? いや本気で俺何やってんの? あんなに楽しみにしてたのにクズ二人に時間を潰されて、え? まじ? 最高神何やってんの? 死ぬの? 世界終わらせちゃう?


 一瞬世界と共に道連れ自殺を考え込むがそこは俺。長年培ってきた忍耐力をもって復活を果たす。肝心なのはくよくよしないこと。そうでなければあの破天荒な女神共と一緒に生活なんてできん。


 よし切り替えた。切り替えたところで改めて俺の求める場所へ向かうとしよう。時間はすでに予定の一時間はオーバーしてるが何、道に迷ったとか色々言い訳のしようはあるさ。別に死ぬわけじゃない。あー……


「……時間、戻しちゃおっかなぁ」


 出来ない事ではない、だけどそれをしちゃうと……色々終わりだよなあ。そんな因果にまで関わってくる改変をしちゃうと流石にあの温厚な女神達も黙ってはいないだろう。俺がこうして下界に降りたのだって特例中の特例なんだから。


「はあ……仕方ない。怒られてこよう」


 いくら懐かしい顔とはいえ付いて行くんじゃなかった。

 怒られて反省文を書かされる最高神……はは、笑うしかねえ。


「……そおっと」


 俺はその部屋の扉に付けられたガラスから、中の様子をこっそり伺う。ほとんどの人間が席に付いておらず、談笑したり本を読んだりと好き勝手に過ごしている。良かった。どうやら休憩時間らしい。

 俺はタイミングよく着いたことに安堵のため息を漏らし、


「ねえ。どうかしたの?」

「ほわっ!?」


 唐突に声をかけられ、思わず変な声を出してしまった。恥ずかしい。

 どうやら反対側の扉から外に出てきた女の子が俺を発見して声をかけたようだ。その活発そうな瞳が俺を興味深げに見つめている。その風貌、人懐っこい雰囲気には見覚えがあった。その少女の後ろでこっそりこちらの様子を伺う伏目がちな少女にも。同じく。それこそ狂おしいほどに。


「ねえ、ねえ。この部屋に用があるみたいだけど、もしかして君が今日来るはずだった……って、え? ちょ、何で泣いてるの!?」

「え?」


 言われて頬に手をやれば、確かに俺は涙を流していたらしい。全く気がつかなかった。


「だ、大丈夫? お腹痛いの? 保健室行く?」


 おろおろと周囲を見渡し、慌てふためく少女。

 なんだろうな。この胸に溢れる感情は。

 約束を破っちまった後悔と、また逢えた嬉しさ。そんな二つの感情が入り混じって滅茶苦茶だ。


「ええっと……あ、丁度いいところに! ちょっと助けてくれないかな?」

「どうしたのよ突然……って、ちょっと何があったのよ」

「それが分かんなくてさ。突然泣き出しちゃって……」

「また何か失礼なこといったんじゃないの?」

「い、言ってないよ! 全然言ってないよ!? ね? そうだよね?」

「う、うん。大丈夫。私も見てましたから。変なことは言ってませんでしたよ」


 パタパタと手を振って否定する少女と、それを補足する伏目がちな少女。それに現れた真面目そうな少女にも……俺は溢れる感情が止まらなかった。


「……ありがとう」


 思わず俺の口から漏れた言葉に、三人揃って「?」って顔をする少女達。

 いや……良いんだ。意味が分からなくても。そこにいてくれるだけで。俺は救われた気分になるからさ。守りきれなかった人達と、守りきれた人達。そのどちらもがこうして平穏な日々を送れている。それを確認できただけで良かった。


「どうかしましたか、皆さん。そんなところで立ち止まって」

「あ、先生。それがこの子が突然泣き出しちゃって……」

「ふむ? ん……貴方は……」


 俺の顔を確認したその男はどうしたもんかって感じで頬をかいた。それから、


「貴方達は先に教室に入ってなさい」


 その少女達を追い払って、


「君は転入生ですね? 辛そうなのは遅刻したからですか? だったら気にしなくて良いですよ。初日ですしね、迷うこともあります。どうです、入れますか? 駄目そうならもう少し待ってからでも……」

「い、いえ……」


 これ以上、時間を無駄にすることは出来ない。俺はその端正な顔立ちに慇懃な物腰の教師に感謝して、


「もう、大丈夫です」

「そうですか……では、少し待っていてください」


 俺の様子を確認した教師は、俺をその場に待たせて一人その部屋……二年B組と書かれたプレートの貼られた教室へと入っていった。それから中で『皆さん、これから転入生を紹介します』と、テンプレ通りの説明をしてから、俺に『入ってください』と声をかけてきた。


 俺はその言葉に従い、その教室の扉を開け放ち、


「本日より皆さんと共に学ばせて頂くことになりました! クリストフ・ヴェールです! よろしくお願いしますっ!」


 あらん限りの声をあげ、そう宣言した。


 それは俺の望んだ平穏。その一ページ。

 終わらない物語はない。けれど……少しくらい蛇足が加わっても、いいだろう?




---




 それから授業を終え、放課後となった段階で俺は色んな人から声をかけてもらっていた。これから遊びに行かないかとか、どこに住んでるのとか色々と質問攻めにされたせいで結構遅い時間になってしまっていた。


 まだ、いるといいんだけどな。

 俺は全ての誘いを断って、とある場所へと向かっていた。

 未だ逢えていない、あの子に出逢うためだ。


 思えばここまで長い道のりだった。


 君を守れなかったことを悔いない日はない。


 あの日君を失った喪失感を抱えてずっと生きていた。


 でも……それももう終わりだ。言ってみれば今日、この瞬間の為だけに俺は生きてきたと言っても良い。

 俺は確かな高揚感を感じながら、その部屋。

 『図書室』とプレートのかかった部屋の扉を開き、


「……あ、すいません。ここ、もう閉館ですよ」

「え? マジ?」


 早々と出鼻を挫かれていた。

 だっせー……。


「……はい。マジです」

「マジかぁ。マジなのかぁ。ここって何時まで?」

「……五時までです」

「早くね? 普通そんなもんなの?」

「……いえ、今は図書委員が私しかいないもので……すいません」

「あ、いや謝る必要は無いよ」


 確かに少し閉まるのが早いとは思うが、放課後すぐに来なかった俺が悪い。物事の優先順位ぐらいわきまえておけよって話だ。


「……何か借りたい本があるのなら、少し待ちますよ」

「え? マジ?」

「……はい。マジです」


 なんていい子なんだろう。自分の時間もあるだろうに初対面の相手の為ここまで気遣ってくれるなんて。まじ女神に匹敵するね。実物の女神より女神だね。


「あーでも、やっぱりいいかな」

「……そうですか」

「うん」


 だって……



「もう……目的は済んだからさ」



「?」



 俺の言葉に、首をかしげる少女。はは……不思議がる顔も可愛いな。


「……それなら、鍵を閉めますね。何かありますか?」


 最後に確認をしてくる少女に、俺は用意しておいた台詞を贈る。




「待たせちまって……ごめんな」









「……いえ、待つというほどでもなかったので」

「いや、そうじゃねえよッ!」


 予想外の少女の返しに、思わず鋭いツッコミをしてしまう。いや、確かに記憶がないんだしそれは仕方ないよ。仕方ないけどさあ……そこは綺麗に〆るとこじゃないの? フェードアウトするに最適なシーンだったんじゃないの? 今、完全にタイミング逃したよ?


「……なんですか。騒々しい人ですね」

「……ごめん」


 完全に意気消沈。もう、何コレ。泣きたくなってきた。

 散々な再会になってしまったことで俺のテンションは最下層。もうやる気ナイチンゲールですわ。はあ……。

 そんな落ち込む俺を哀れに思ったのか、その女の子が俺の肩を持った瞬間──パチッ、と静電気のようなものが走った気がした。


「「え……?」」


 声を上げたのは同時。

 そして……俺の中の何かが一気に少女の側へと流れ込んでいくのを感じる。

 それは想い。感情。祈り。そう言った類のあれこれだ。


(あっ……)


 そして俺は思い出す。長い時の中で忘れかけていたあの子の異能力を。そして同時に理解する。今、彼女が俺に"触れた"ということを。


「つ……ッ!」


 唐突に頭を押さえ、ふらつく少女の体を慌てて支える。そうして再び交わる感触に、俺は懐かしさを覚え……


「……アネモネ?」


 俺は思わず、本当に思わずその名前を呼んでしまっていた。

 かつて愛した人の名を。目の前にいるのが別人だと分かってはいても、呼んでしまっていた。微かな希望を捨て切れなくて。もしかしたら、そう思わずにはいられなくて。



 数百年……待った。

 君に逢える日だけを想って……生きてきた。


 揺れる銀髪から覗く宝石のような瞳が開き……





「クリス……?」





 俺の名前を、呼んだのだった。

 それはもしかしたら女神の起こした奇跡だったのかもしれない。

 気まぐれな神の起こした悪戯だったのかもしれない。

 だが……もう、何でも良かった。


「ああ……ああ……ッ!」



 ──もう一度君に逢えた。



 それだけでいい。他には何も要らない……。


 君が傍にいてくれる……それだけで、俺は……もう……。


 俺は固く、固く少女の体を抱きしめる。

 もう二度と離さないと。もう二度と失ったりしないと。固く、固く、固く……。










 こうして一つの神話が終わり、もう一つの物語が幕を上げる。

 それはかつて少女が語ったように、ハッピーエンドの確定された物語。輝かしい明日が待つ、幸福と安寧の物語だ。

 そう、それは……





 ──一人の少年と一人の少女の『ヒヨクレンリ』の物語。















-End of Story-




~あとがき~


神格の転生者、完結!

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!


これほど長い物語が書けたのは読者の皆様がいてくれたおかげだと思っています。感謝してもしきれません。続きのストーリーがなかなか浮かばないときや自分の文章に自信が持てなくなったとき、感想を何度も見直したりしてやる気をもらってきました。物語を通じて、そのお返しが少しでも出来たなら嬉しいです。


また今回の作品に関してですが、ルート分岐させた為少し特殊な形とさせてもらいました。読みにくいと感じた方がいましたら申し訳ありません。特に好きなキャラがいた方は最後の最後で「アネモネこのやろー!」となったかもしれません。途中まで完全に空気だったのに、一番美味しいところを持っていきましたからね。彼女。


最初から決まっていた終着点ではありませんでしたが、こうして完結まで書き続けられたことが今は純粋に嬉しいです。これも全て、読者の皆様のおかげです。何度も言うと薄っぺらくなってしまいそうですが、それでも言わせてください。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました!

これからもこの経験を元に執筆を続けようと思いますので、よろしくお願いします!


それではまた、どこか別の物語でお会いできることを祈って……メテオラ!

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