「神殺し」
「くははははッ! 俺を殺すか! 人間の分際でッ! 面白い! 面白いぞ小僧ッ! かは、あははははははははッ!」
高らかに哄笑を上げるルクスリア。
俺は右手に馴染んだ刀、花一華を顕現させる。
神格へと至った今、俺はこの空間で好きなように好きなものを創り出すことができる。しかしそれは相手にとっても同じこと……
「出でよ──全てを貫く勝利の槍ッ!」
ルクスリアの手に生成されるのは黄金に輝く槍。誰でも知っている神の持つ武器。神話を為したその一角に、俺は挑む。
「おおおおォォォォォォオオオオオオッ!!」
気合と共に花一華をルクスリアに向けて斬りかかる。
伝説の武器と、花一華。その格の差は果てしなく分け隔てられているだろうがそれを持つ俺の格によって、花一華もいくらかは対抗できるようになっている。
伝承なんて何一つ残ってはいないが、俺は花一華に込められた想いを、それを生み出した人物がどんな人柄だったかを誰よりも良く知っている。故にこの一振りは俺が手にしたときのみ、神器にすら匹敵する輝きを放つ。
「シィィィィィッ!」
俺が横殴りに花一華を振るうと、ぱっくりと"空間が裂けた"。それはアネモネの持つ拒絶の権能。その一片だ。
「くく……中々いいモノを持っている」
「当たり前だ。誰が打ったと思ってる!」
俺の愛した女が打った刀だ。
何よりも素晴らしいに決まっている。
──ギィィィィン! と派手な音を上げ激突する両者。力量はほぼ互角だろうか。技の面で負けているとは思えない。だが……
「貫け、グングニルッ!」
その武器の性能に、余りにも差がありすぎた。
俺に向かって放たれるその槍を俺は身を捻ってかわすが、
「なっ!?」
突如軌道を変えて俺の心臓に再度狙いを付ける槍。それはまるで自動追尾機能を搭載したミサイルのように正確に俺を付け狙う。
「ちぃッ!」
俺は空間を切断して、その槍を異次元に飛ばす。物理的に俺に届くはずのないその槍はしかし、その次元の壁すらも通り抜けて俺を貫いた。
「ぐっ、は……ッ!」
脇腹を抉られ、血を撒き散らす。
その傷はもう、治ることはない。
俺の祈りは変化してしまった。
過去を乗り越え、未来を望むようになった今の俺に傷を治す力はもう残っていない。俺の権能は今を繋ぎとめ、"平穏を保ち続ける"力ではなくなったからだ。
故に傷は修復されない。
致命傷を喰らうわけにはいかないということだ。
それにそもそも、俺の権能程度で奴の力に対抗できるはずがない。ヴォイドの神殺し以上に、俺と奴にはそれだけ"格の差"が生じてしまっている。
つまり神殺しとは、最初から無茶。
できる筈の無い愚行なのだ。
「あ、あ……」
しかし、
「……ああああああああァァァァァァアアアアアアアアッ!!」
託された想いががあるから。
為さねばならぬ大儀があるから。
俺は体中の力を振り絞り、再び神に挑む。
「らあああああああああッ!」
今度は左手から使い慣れた雷を生成し、放つ。それを目くらましにしつつ瞬間移動。ルクスリアの背後から奇襲の一撃を放つ。狙うは首、奴も人型である以上弱点は俺達と変わらない。
幾重にも重ねたフェイントの末、その一撃は……
「無駄だ」
余りにも呆気なく、ルクスリアの手によって粉々に砕け散る。
軽く手で触れただけ。まさに露を払うかのごとき所作で花一華をぶっ壊したルクスリア。
「馬、鹿……な……」
今まではずっと、手を抜いていたのだ。
出なければあれほど長い間打ち合えるはずがない。
改めて見せ付けられる力の差に、愕然とする俺へ、
「中々楽しめる"余興"だったぞ、小僧」
ルクスリアの蹴りが……
──ッッッドオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオンッッッッッ!!
呼吸すら間々ならない。
それほどの衝撃が俺に襲い掛かる。優に百キロは吹き飛ばされたのではないかと言うほどにその真っ白な空間を転がされる。
「が、あ……」
朦朧とする意識の中、何とか起き上がろうと試みるが……それすら出来ない。
すでに体中の骨が砕け、転がされる間に血の川が形成されてしまっている。
駄目、無駄、無理、勝てるわけがない。
そんな負の感情が俺を包みかけ……
「立ち上がれ! 蓮っ!」
怒号のような声を上げたルクスリアの叱責が俺の耳に届く。
「君の覚悟はそんなものか! 違うだろう!」
「か、く……ご……」
「思い出せ! 君はここまで一人で来た訳じゃない! 自分の力だけで幾多の障害を乗り越えてきた訳じゃない! 思い出せ! 君の罪を! 君の『傲慢』を!」
そこで言葉を区切ったスペルビアは、最後に俺の心に届く言葉を放つ。
「君は一人じゃない!」
……そうだ。そうだった。
元々俺はそういう人間だった。
そういう人間だったからこそ、ここまで来れたのだった。
余りの怒りで自分を見失っていた。『憤怒』は俺の罪じゃない。
どこまでも不遜に、どこまでも尊大に、どこまでも傲岸に、どこまでも驕慢に、どこまでも無遠慮に他人の光を掠め取る。そんな横柄な態度、他者を省みない自分勝手な思考こそが俺の罪。『傲慢』の罪だった。
「ぐっ……」
だからこそ。
そんな自分勝手な男だからこそ。
俺は立ち上がらなくてはならない。
皆の輝きを使わせてもらうのだから、負けるわけにはいかないのだ。
「う、お、お………ッ」
体中に渾身の力を込め、立ち上がる。
俺はこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだから。
友と交わした約束のため、愛する人が流した涙のため、そして何より、光り輝く未来のために。俺はこんなところで、死ぬわけにはいかない!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ぼろぼろの体で、しかししっかりと二本の足で立ち上がった俺に、
「まだ動くか。素晴らしい根性だな」
パンパンと手を叩いて賞賛を送るルクスリア。だが……
「だが、それで何が変わるわけでもない」
すぐに詰まらなそうにため息を漏らし、
「死ねよ、虫けら」
再びその槍を俺に向け、放った。
今度こそ必殺の一撃。先ほどまでとは比べ物にならない神威を纏ったその一撃を前に、俺は……
「力を貸してくれ──アネモネ」
愛する人の名を呼び、両手を前に突き出した。そして……
──キィィィィィィィイイイイイイイイイイイン!!
とてつもない轟音と共に、白銀の盾でその一撃を防いだ。
「な、何だとッ!?」
その光景を見て驚愕するルクスリア。
きっと奴には分からないだろうな。なぜ俺が他人の色を持っているのか。なぜ他人の権能を使えるのか、その理由が。
他者を省みない傲慢でありながら、その力を行使する。それは余りにも二律背反、矛盾として存在する理だ。だが……
(人間ってのは本来そういうものなんだよ)
矛盾の塊。それこそが人の心の真骨頂。
俺の中にある想いとは、そんな歪んだ感性から生まれたものだ。
だからこそ、俺の権能は真っ直ぐな形で発現しない。0か1か。そんな極端な状態でしか発動できない。俺の中にいる『彼女達』に、背中を押してもらわなければ使えない力なのだ。
「ありがとな……アネモネ」
俺は心の内に存在する愛する人へ感謝を告げる。
すると、
『私はいつだってクリスの味方だから』
そんな優しい声音の言葉が、聞こえた気がした。
「ならもうひと踏ん張り、いけるか?」
『もちろん』
俺はその言葉に笑みを浮かべ、跳ぶ。
体はすでにぼろぼろ。だからこそなるべく負担のかからないよう、空間を歪めながらルクスリアへと迫る。
「はっ! 一撃防いだ程度でいい気になるなよ小僧ッ!」
啖呵を切ったルクスリアは両手を広げ、それぞれから、
「出でよ──不敗の剣ッ」
黄金と紅蓮に燃える二振りの剣を創造した。それぞれに光と炎を象徴する剣は二つで一つ。一対の刃が俺に向け振り下ろされるが、
「頼むぜ──カナリア」
『任されたッ!』
頼もしい隊長の権能によって、阻まれる。
黄金へと色を変えた俺の権能が二つの剣を取り包み、その動きを阻害する。流石に完全には制御できなかったが、それでもここまでいけば上出来だ。
『後はオレに任せな』
後の仕上げは、奴がやってくれるだろうから。
黄金から漆黒へ、再び色を変えた俺はその二つの剣を両手でがっしりと掴む。これで完璧だ。ずずずっ、とその刀身を取り囲んだ漆黒が晴れたときには柄と剣先が逆向きになっていた。
俺はそのまま突き上げるように二つの剣を振り上げる。
──グサッ!
小気味良い音と共に突き刺さった二本の剣はルクスリアの両肩へと深々と突き刺さった。
「ぐッ! ふざけるな……のぼせあがるなよォ! ニンゲンッ!」
『おうおう、荒れてやがんなァ。あそこまで激昂しちゃあ神とは言え、形無しだな』
『いいザマではないか。我々の力を侮ったいい罰よ』
「二人とも粋がるのはいいけどよ……来るぜ?」
『『え?』』
両手をこちらに向けるルクスリア。明らかに攻撃準備に入っている。
「出でよ──遠矢射るッ!」
それは白銀の閃光。
刃のある武器では分が悪いと悟ったのだろう。飛び道具に切り替えたのは良い判断だ。
「二人はあれ、何とかできるか?」
『『無理だな』』
「はあ……なら、交代だ」
自身満々に否定した二人を引っ込めながら、俺は存在を主張するソイツを感じていた。自分なら何とかできると、そう言っているのだ。だけどなあ……
「気は乗らないけど……仕方ないか。頼むぞ、"アダム"」
俺は複雑な想いを感じながらも、己の色を群青へとシフトする。
そうして霧のように展開される群青に、白銀の閃光は歪められ、あさっての方法へ逸らされてしまった。
『ふふ、白銀の女神は本来その清廉さと裏腹に疫病を象徴する神でもあるのです。ならばこそ、それを拒絶することは容易い。病を克服することこそが私の原点たる祈りなのですから』
「お前、案外そういうの詳しいのな」
『これでも神父ですからね。それよりクリスさん。そろそろ"仕上げ"といきましょう』
お前に言われるまでもないさ。
俺はかつての敵に感謝を告げ、次なる手段を模索する。
奴の攻撃を防ぐことはできるが、あの攻撃を掻い潜りながら接近するにはどうしたらいいのかその手段を。
『それなら私に任せてよ』
思案に暮れる俺に、クリスタがその声を上げる。
「出来るのか?」
『うん!』
自信満々のその声に、俺はクリスタを信じて己の色を空色へと変える。
そういえばこの力の詳細については何も把握していなかったのだが……己の色とすることでその全貌を掴むことが出来た。
一度は時間操作だと思っていたその能力は蓋を開ければ何でもない、それは"可能性の追求"にこそ、その本質があったのだ。無限に広がる世界の可能性、その一部を現実に投射しているに過ぎない。
「なるほど……お前らしい色だよな」
『惚れ直した?』
「だから俺が愛してるのは……っと」
下らない会話をしていると、頭上から雨のように白銀の矢が降り注いだ。
それらの弾幕に対し俺は自身に空色を移し、"その攻撃全てが当たらない可能性"を現実に投射する。そうすることで意識せずとも逸れていく弓矢。いや、俺が偶然当たらない位置にいるのか? どちらにしろ、不思議な感覚だった。
だがこれで、
「お前の元に、辿り付ける!」
俺は再び空色を展開し、それら全ての攻撃を回避しながら上へ上へと登っていく。最高神へ、再び挑むのだ。
「生意気なクソ餓鬼が、絶対神たる俺に歯向かうつもりか! お前らゴミはゴミらしくゴミと争ってりゃぁ良いんだよ! 俺はお前らとは格が違うんだ! 挑もうとすることすらおこがましい! 貴様、傲慢だぞ!」
半狂乱になって喚くルクスリアに、俺は笑みを浮かべてみせる。
鍍金が剥がれてきたぜ、神よ。
「そいつは丁度良い。傲慢は俺の唯一の長所だからな」
「ぐっ……口の減らん塵めッ! 出でよ──全てを貫く勝利の槍ッ!」
その手に再び黄金の槍を顕現させたルクスリアは、俺に向け、その黄金の閃光を放つ。
「死ぬが良い! ニンゲンッ!」
光速を超え、迫るその一撃にクリスタが焦った様子で声を上げる。
『あれはまずいよ! かわせる可能性が存在しない! 私の力でも、回避できないっ!』
「なにっ!?」
完全に当てが外れてしまった。
クリスタの力ですら防げないなら……もう一度アネモネに頼るか? いや、駄目だ。この角度で受ければ防げても地面に叩き落される。そうなれば後は奴の独壇場。あの黄金の槍を連発されればそれまで。一度地に墜ちてしまえばもう奴の位置まで届くことはないだろう。
「ぐッ……!」
すでに眼前に迫るその一撃。
悩んでいる時間はない。
刹那に感じる時間の中……俺は決断し、
──ドォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
そのとてつもない一撃が、俺の腹部に直撃した。
衝突の瞬間、周囲の大気が余りの衝撃に燃焼し、発火する。まるで流星のようなその一撃は眩く光りながら地面へと激突する。マグマのようなその火力は地面を抉り、抉り、抉り、ようやくのところでその威力を拡散させる。地面に走る亀裂はその一撃の重さを物語っていた。
「ふは、ふははははッ! 本当の塵と消えたか! 人の身で神に歯向かった天罰よ! 貴様に相応しい最期だなッ! あははははははははははははっ……はッ!?」
笑い声を上げながら、唐突に何かに気付いた様子のルクスリア。
ちっ……最後まで油断してりゃ楽だったのによ。気付きやがったか。
ルクスリアは俺の刃が届くその寸前、自身の身にかかる影に気付いたらしい。俺は今、ルクスリアの頭上にいる。
『くっ! 間に合わなかったっ』
最後に気付かれたことに、アネモネが悔しげな声を上げる。
俺はルクスリアの一撃を、そのかわせない必当の一撃を"わざと喰らったその瞬間に"ルクスリアの頭上へと瞬間移動していた。
避けられないのなら避けないまで。俺はぎりぎりのところを狙ったが、それでもダメージは大きい。腹部に空いた大穴は俺の命が残り数分持たないことを示していた。
この一撃が届かなければ負ける。
そんなタイミングで、
「出でよ──災厄祓う魔女の盾」
ルクスリアはよりにもよって最強の盾を顕現させた。
それは神話の中でも最強の一角を担う盾。最高神ゼウスの持つ盾は何者も寄せ付けない頑丈さと相対するものを石化させる能力を持つ。
奴の力の中でも切り札の一つなのだろう。
勝利を確信したルクスリアはその顔を歪め、勝ち誇る。
「ここまで登ってきたことは褒めてやろう、ゴミ屑! だが勝つのは俺だ! 何者も俺には勝てん! 何者も俺より上には座らせん! 地に墜ち己の無力を噛み締めろ! ニンゲン!」
その盾に見据えられた俺は指先から、パキパキと石へと変えられていく。右足が、左足が動かなくなっていく。末端から徐々に上へ上へと、やがて腰まで石にされ身動きすら取れなくなっていく中……
『ははっ……最後の最後にそれを出すかいな。アホよのう。己の権能を全て捨てれば助かったかも知れんのに。神の力じゃあわしは止めれんぞ』
その男は、勝利を確信し笑みを浮かべた。
そうして俺の右腕、固まっていく体の中、最も上へ掲げていたその右手に"紅蓮"の力が結集する。
それは執念。それは覚悟。それは誓い。
かつての物語より続く因縁を焼き払うため、ただそれだけを祈り続けた男の最後の一撃。物語を終わらせる最後の欠片。
友人から受け取ったその最後の想いを胸に、俺はその名を呼ぶ。
「『神葬・神殺し』ッッ!!」
それは唯一つの祈り。
ずっとずっと遥かから、一人の男が願い続けた神殺しの権能。
それが今、此処に──実を結んだのだった。
紅蓮の光は一瞬。
音もなく、衝撃もなく、その一撃は……ヴォイド・イネインが俺に託した神殺しの槍は、静かにルクスリアの心臓へと、深く深く、突き刺さった。




