第十四話 「風変わりな行商人」
次の日。
持って来た商品を、さて販売しようかという段になったときのことだ。
行商に詳しくない俺はその確認のため、エリーに色々と聞いていた。
「そういや、どんな品物を売るつもりなんだ?」
「アーゼルの主な産業は織物ですからね。前回仕入れたその辺りを売っていきますよ。後は香辛料、陶器なんかですね。私もまだ駆け出しの行商なので、あまり種類はないんですが……ひとまずはバザールに向かいましょう」
行商市。
一つの街で全ての物資を自給自足するのはかなり厳しい。そのため、行商人が街を行き来してそれぞれの街の品物を提供させている。
それは街を管轄する領主に取っても必要なことであるから、たいていの街にはバザールと呼ばれる市場が用意されている。行商専用の屋台が並ぶバザールは集客率がよく、行商人はみなそこを利用している。
それに、街中で勝手に売り出しを始めれば罪に問われたりする場合もあるからな。
街にはその街の法がある。郷に入りては郷に従え。守るべきルールを気にするのは冒険者も行商人も変わらない。
荷馬車を引きながら歩き、ようやくバザールの入り口が見えてきたときのことだ。
俺たちは、その入り口にて二人の人物がバザールの管理人と思われる者と口論をしているのを発見した。
「だからさー、出店に二千コルは高すぎじゃ言うとるんよ。いくらなんでもぼったくりすぎじゃろう」
特徴的な口調で自分の意見を主張しているのは長身の男だ。
十代後半くらいだろうか。黒髪を大雑把にまとめて、ポニーテールのようにしているその男は身振り手振りで何事か交渉している様子。
「あー、もう分かった分かった。払えばええんじゃろう、払えば」
結局その男は折れたようで、頭をがしがしとかいてから財布を取り出している。その隣で二十歳くらいの女の人が半眼で男を見ているのが印象的だった。
俺がそのやり取りを見ていると、隣のエリーが口を開く。
「二千コルですか。確かに高いですね」
「そうなのか? 俺はあまり詳しくないから知らないんだけど」
「普通はその半分の半分ですよ。とはいえ、こればっかりは文句の言えないところですけどね」
そんな会話をしながら、俺たちはカラカラと荷馬車を引き、バザールを取り締まっているのであろう軍服の男──さきほど長身の男と口論していたそいつに近づいていく。
「あの、私達もバザールで出店したいんですけど」
そう言って近づいたエリーに真っ先に反応を示したのは、長身の男だった。
「おお! ちょうどいいところに」
「えっ……な、なんでしょう」
男に話しかけられたせいか、萎縮した様子で縮こまるエリー。
長身の男はその様子に気付いていないようで、不躾な物言いでまくし立てる。
「一つ相談なんじゃけど、一緒に出店せんか? ここの出店料が高すぎてのう。一緒に出店すれば、使用量はお互い半額で済むんよ。どうじゃ、悪い話じゃなかろう?」
「わ、私達は構いませんけど……」
長身の男が嫌味な視線を軍人に送りながら言った台詞に、エリーがおどおどと言葉を返しながら、同じく軍人の男にちらりと視線を送る。
男の提案はこちらにも利があるもので、断る理由はないのだが……
「ちょっと、困りますよ。そんなこと勝手に決めてもらっては。こちらの方針に従えないというのなら、今すぐに帰ってください」
そうは問屋がおろさないよね。やっぱり。
軍人の男が苛立った様子で長身の男に注意を飛ばしている。
こちらに飛び火しても困るな。この男は無視していくべきだろうか。
そんな風に俺が考えていたときだ。
「ヴォイド様。いい加減になさってください。たかだか二千コルではないですか。その程度、払えなくてどうしますか」
それまで沈黙を保っていた長身の男の連れである女性が、男とは対照的に短く切り揃えられたくすんだダークブルーの髪を微かに風になびかせて、一歩、前に出た。
「何よ、クレハ。そんな目で見るなよ。わしは出費を最低限に抑えようとしただけじゃけん」
「それが浅ましいと言っているんです。常々思っておりましたが、ヴォイド様には慎みが足りません。自省してください」
「そう言われても……納得できんのは仕方なかろう?」
それから、「そもそもヴォイド様は普段から……」と、がみがみと唸るクレハと呼ばれた女性。
ヴォイドと呼ばれた男はそれをすっ呆けた態度で聞き流している。
……夫婦喧嘩ならよそでやれよ。
「構っていられないな。エリー行くぞ」
「え……は、はい!」
付き合いきれなくなった俺は軍人の男に二千コルを払ってから、エリーを連れてバザールの中へと進む。
それなりに広いテントで仕切られた空間内、壁際に並ぶように出店している商人たちに視線を送り、空いている場所を探す。
入り口付近は人気なのだろう。スペースが見当たらない。
しょうがないので、奥のスペースに足を運んでいると……
「ちょい待ちいな、少年!」
かけられた声に振り向くと、先ほどの二人組みが俺達の後を追ってきていた。
着物のような服の胸元を大きく開き、全体的にだらしなく着こなしている長身の男、ヴォイドが話しかけてくる。
「さっきはすまんかったのう。わしも悪気があった訳じゃないんよ。許してくれな」
「わ、私は気にしてないので大丈夫ですよ」
手をぶんぶん振って答えるエリー。
顔が少し引きつっている。本当に男が苦手みたいだな。
ここは俺が前に出て話すべきだろうと、俺はヴォイドと呼ばれた男に声をかける。
「しぶしぶ二千コルを払ったみたいだな」
「それを言われると恥ずかしいね」
ヴォイドは人懐っこい笑みを浮かべながら、頬をかいている。
へらへらと軽薄な男。それは俺の抱いたヴォイドの第一印象だった。
「俺はクリス。冒険者だ」
「わしはヴォイド・イネイン。こっちの口うるさいのはクレハね」
「誰が口うるさいんですか?」
ジトー、とした目つきでヴォイドを睨むクレハ。
ヴォイドはごめんごめんと、これまた軽い感じに謝ってから、エリーに視線を送ったので……
「こいつはエリーだ。ちょっと人見知りするんで、すまないな」
「そうじゃったんか。不躾に話しかけてしもうて、悪かったね」
「い、いえ。気にしないでください」
エリーはそう言って、俺にちらりと流し目を送る。短い付き合いだが分かる。感謝を伝えようとしているのだろう。変なところで律儀なやつだ。
「それで、ヴォイド……さんは何の用で?」
「ため口で構わんよ。……いや、少し行商仲間として情報交換してみんかと思うてね」
「そういうことか。それなら構わない。けど、とりあえず腰を落ち着かせられる場所を探そう」
俺の言葉に頷くヴォイド。
こうして俺たちは共に行動をすることとなった。
四人の人間と二頭の馬が一団となってバザール内を歩く。
飄々とした態度のヴォイドが失言するたびに、凛として真面目な様子のクレハがたしなめる。凸凹なコンビに思えるし、息のあったコンビにも見える。不思議な相手だった。
それからちょうどいいスペースを見つけた俺たちは並んで店を開き、商売を行った。
なるべく客を引こうと、細々ながらも歩く人たちに声をかけるエリーとは対照的に、ヴォイド達は全く商売をする気がないかのように振舞っている。
「客引きとかしなくていいのか?」
「ん? ああ、いいのいいの。売れるときは売れるし、売れないときは売れない。わしはのんびりやるのが好きなんよ」
地面に寝転がりながらそう言ったヴォイドに商売根性は欠片も見当たらない。
そして、その様子を隣で正座しながら憮然とした表情で見やるのはクレハだ。
「客引きするのが面倒、の言い間違いではないのですか?」
「こりゃ手痛いの」
「猛省してください」
本当に容赦ないな。
ここまで敬う様子のない敬語は始めて聞いたぞ。
たった数分の付き合いだというのに、ヴォイドが尻に敷かれているのははっきりと理解させられた。
「クレハさんは客引きとかしないんですか?」
「それは私の仕事ではありませんので。それと私にも敬語は不要です。主の前で、私だけそのような扱いを受けるのは本意ではありませんので」
「分かった……何ていうか、クレハはヴォイドのこと尊敬しているんだな」
クレハは常にヴォイドの後ろに控えるようにしている。半歩下がって付き従っている感じだ。それはヴォイドのことを第一に考えているが故の行動だろうと思ったのだが……
「私は……別に尊敬してこうしている訳ではありません」
「あれ、そうなの?」
予想が外れた。
クレハを挟んで、俺と反対側で寝そべるヴォイドもそれに特に突っかかるでもなく、普通にしている。それが当たり前だと、言わんばかりの態度。
「私はヴォイド様の道具ですので。感情なんて必要ないのです」
あれ……この人、もしかして電波さん?
突然おかしなことを言い出したクレハに俺は密かに冷や汗を流す。
俺の出会ってきた人たちの中でもかなりの常識人に見えたのに、まさか自分のことを道具だなんて言っちゃう系の人だったとは。
「そ、そっか」
なんとか口からひねり出した言葉はそんな明らかに引きつったものだった。
「道具に感情は……必要ないのです」
うん。完全に自分の世界に入っているね。これは。
顔を上げ、呟くクレハには何が見えているのだろうか……いや、テントの天井だろうけどね。
というか、こいつら。本気で商売する気ねえな。何もしていない俺が言うのもなんだけどよ。
「あ、あのー! 見ていくだけでもいいんで寄って行ってもらえませんかー!」
必死に細い声を張るエリーだけが唯一。この場で真面目に商品を売ろうとしていた。
……誰も聞いてくれていない辺りが、涙を誘うね。




