「七人目」
「……クリス」
ヴォイドの亡骸の前で佇む俺に、アネモネが声をかけてきた。隣には肩にイザークを担いたカナリアもいる。意識はあるみたいだが内臓をやられたのか呼吸すらキツそうだ。
「……何があったの?」
心配げな声を漏らすアネモネに、俺は大丈夫と答えてから立ち上がる。
さて……何から話すべきだろうか。
少しだけ悩んだ俺は、ここに来て生まれた最大の目的を告げることにした。
「俺は……代理戦争を勝ち残る。そう決めた」
「……え?」
俺の言葉に意外そうな声を上げたのはカナリアだ。そして、肩に寄りかかるイザークへと視線を向ける。
そう、イザークも前に代理戦争を勝ち残ることを目的にしていると言っていた。そのときは他の転生者全員が生まれ変わりを求めていなかったから事態は落ち着いたが……今回ばかりはそうもいかない。本気で勝ち残りを決意した今の俺にとってみれば同じく一つの席を狙うイザークは敵でしかない。
「…………」
俺の宣言に、イザークは何も言わない。
俺にとってイザークはすでに憎い相手ではなくなった。そうなったばかりでまた敵という立場になってしまうことに何と言う運命の悪戯かと愚痴りたい気分だ。
戦わないでいいなら、戦いたくなんてない。
だけど俺たちが共に勝利を望むなら、戦わざるを得ない。
元々代理戦争とはそういうもの。俺達は戦うべくして戦わされている。
緊迫した空気の中、何とか場を取り持とうとカナリアが口を開く。
「本気で言っているのか、クリス」
「ああ。本気だ。だけど誤解しないでもらいたいのはカナリア達にまで危害を加えるつもりはない。俺の場合最終的に勝ち残れればいいだけだからな。俺が死ぬ前に死んでもらいたいだけ……ってこれも結構無茶な相談か」
言っている途中で自分の馬鹿さ加減に気付く。
俺が死ぬ前に死ねって、それ相当自分勝手な理屈だよな。一体誰がそんな頼みを聞くんだって話だよ。
「私は構わない」
と、思ったらいたよ。しかも俺の隣に。
一切の躊躇もなく言い切ったアネモネに少しだけ心配になってくる。
「自分から言い出しといてなんだけど……あんまりそういうことはして欲しくないな俺は」
アネモネが俺のせいで死ぬなんて考えただけでも鬱になりそうだ。
俺は何とか思いなおさせようと説得するのだが……
「クリスのいない世界に未練なんてない」
なんて嬉しい言葉で俺を黙らせるアネモネ。
なんだろうな。嬉しいのと心配なのと少しだけ怖い気持ちがミックスブレンドされている。そんな言ってもらいたいランキングを作れば上位に入ってきそうな言葉に続けて、だけど……と少し恥ずかしそうな顔をしたアネモネは、
「……出来るだけ最後まで、クリスと一緒にいさせてくれる?」
と、超絶可愛いことを言いだした。
何コレ、誰コレ? これがあのアネモネ? 鉄打って刀作ることだけが生きがいですって顔してたアネモネ? 笑顔が四葉のクローバー並みにレアと噂されていたアネモネ? いやー、人は変われば変わるもんだね。可愛過ぎて今すぐ抱きしめたいくらいだぜ。
「あの、クリスちょっと苦しい……」
と、思ったらいつの間にか抱きしめていた。しかも結構な力を込めて。
俺の身体は心より正直だった。
「……おい、クリス。話が脱線しているだろう」
「ん? ああ、悪い」
そうだよな。まだ戦後処理は残っている。俺達には時間がないのだ。カナリアがイラつくのも仕方がない。
「しかし困ったな。何としでも代理戦争は勝ち残るつもりだが……皆に危害を加えたくはない」
それは俺の偽らざる本心だ。
甘いと言われても仕方がない。イザークにしてみればその程度の覚悟で戦いに名乗りを上げることすらおこがましいだろう。だが……俺は友の亡骸に誓ったのだ。想いを果たすと。
そのためにもイザークとの決着をどうするのかだが……
「イザーク!? 大丈夫なのか!?」
「……だい、じょうぶだ」
話は聞いていたのだろう。カナリアから腕を放し、俺と向き合うイザーク。そしてゆっくりと口を開いたイザークは思いがけない台詞を吐き出した。
「オレは……代理戦争を降りる」
「……いいのか?」
それは俺に道を譲ってくれたということなのだろう。タイミング的に。
「ああ……全部失ったと思ってたもンが少しでも残ってたなら……それでオレは満足なンだ。それが他ならぬお前の頼みってンなら尚更な」
俺ならなぜ良いのかは分からないが……戦わずに済むっていうなら大歓迎だ。これでこの四人が戦うことはなくなる。後はどういう風に勝ちを確定させるかだ。だが、この問題もイザークによって解決される。
「オレの権能でカナリアとアネモネの権能を奪えばいい。それでお前らは代理戦争から降りられる。もう、戦わなくて良いンだ」
イザークが言うには過去のループで何度も実証済みらしい。太鼓判を押された解決策にひとまず問題は解決されたかに見えたが……
「だがイザークはどうする。それだとお前の権能は残ったままだぞ」
カナリアの言葉に再び問題が浮上する。だが、その解決策は俺が持っていた。
「俺の権能でイザークの権能を奪えばいい。純度で劣るから確実に出来るか分からないけど、イザークが拒まないなら多分出来ると思う」
「……そういや見てたぞ。お前の戦い。ありゃ何だ? 白とか黒とか金とかころころ色を変えやがって。誰の許可得て使ってンだ? アァ?」
「わ、悪い……」
まあ、そりゃあ嫌だよな。自分の権能を勝手に使われるのって。俺だって自分の祈りを勝手に奪われたら堪らない。特にイザークは奪われるって点で特に拒否反応大きそうだし。
「我は同じ祈りを抱えてくれるなら嬉しいがな」
「……クリス、何で私のは使ってくれなかった?」
と、思えば女性陣からも何ともコメントしにくい言葉を頂きました。だから見せたくなかったんだよな……はぁ。ま、仕方ないか。これも俺の受けるべき反応なんだろうさ。
「っつーかそろそろ引き上げンぞ。王国兵がまだうろついてるかもしれねェし」
「む、確かにそうだな。今のところ集まってくる様子はないが……」
そこまで言って皆気付いた。
そうだよ、何でここまで騒いで誰も集まってこない? 俺たちがグレンフォードに付いたときはすぐに囲まれたのに……というか半分以上忘れてたけど、父さんはどうなったんだ? そんな簡単に死ぬたまでもないがまさか敵全員を屠ったとは考えにくい。
「なあ、イザーク。お前ここに来る途中父さんを見なかったか?」
「いや、見てねェな。そンときからこの辺は静かなもンだったが……何かあったのか?」
「……何か、変だ」
違和感を感じる。イザークが王国兵達とここに来て出会ってないというなら……
──一体なぜどこにも王国兵の姿がない?
「我も同感だ。すぐにここを去ろう。ユーリ達とも合流せねばな」
「ああ。代理戦争のことも後で話そう」
奇妙な感覚を抱いているのはカナリアも同じらしい。不気味な違和感に押されるように俺達はグレンフォードの外へ向かい足並みを揃える。後数歩、あと少しでグレンフォードから、この地獄から抜け出せる。
その、刹那──
「クリストフっ」
俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「……え?」
声に導かれ、振り向いた、その先に……
「クリスタ……?」
金髪を揺らす、幼馴染の姿があった。
何で? 何でクリスタがこんなところに?
頭を巡る疑問にアドルフの言葉を思い出す。
そうだ、確かクリスタと途中ではぐれたとか言っていた。避難しているみたいな口ぶりだったからあまり心配していなかったけど……クリスタもこの戦場にいたのか?
見ればクリスタの服にはところどころ血液が付着している。クリスタ自身の血ではないみたいだが……どこか怪我していないだろうか。
心配になった俺は無意識にクリスタへと駆け寄ろうとして……きゅ、と袖口を引っ張られた。
「アネモネ?」
見ればアネモネが小さな手で俺の服をしっかりと握っていた。その視線はただ一点、クリスタにのみ注がれている。その剣呑な雰囲気に、思わず立ち止まってしまう。
「どうかしたのか?」
「……あの人は、危険」
「は?」
アネモネの言っている意味が分からない。
クリスタが危険? 剣を腰に下げているからか? そんなの騎士団に入っていれば当然だ。帝国軍人だって帯剣を義務付けられているし、今更気になるようなことでもない。そう思ったのだが、どうやらそう言う意味ではないらしい。
「……殺気」
ポツリと漏れた言葉に耳を疑う。
こと他人の感情を伺うことにおいてアネモネの右に出るものはいない。触れ合った対象の心を完璧に把握するアネモネの異能力は俺も何度も体験している。そのせいか普段からやけに鋭い感覚を持つアネモネの言葉に間違いはないだろう。だとするなら……クリスタが殺気を放っているということになる。なってしまう。
今回ばかりは俺も何かの間違いだと思った。思うしかなかった。
だって俺の記憶にあるクリスタは誰かを傷つけられるような性格じゃない。まして殺そうとするなんて……
「クリストフ」
再び俺の名を呼ぶクリスタ。再び視線を合わせたクリスタの瞳には見覚えのある感情が映っていた。
「その女、クリストフの何?」
顔は笑っている。だがその目は笑ってなんかいなかった。
それは一言で言うなら虚ろ。
俺はそんな表情をした友人の姿を知っている。それは目的に取り付かれた者の目だ。何かとてつもない……『狂気』を孕んだ者の目。
だけど、俺はそのことを認めたくなくて。
もしかしたら、祝福してくれるかもしれないなんて、そんな軽い気持ちで、
「俺の……恋人だ」
その言葉を言った。
言ってしまったのだ。
そして……
「…………あーあ…………」
ため息をついたクリスタは、
「"また"やり直しかぁ……」
その不可解な言葉を残し、
「もういいや。"終わらせよう"」
俺にもはっきり分かる殺意を持って、こちらに弾丸のような速度で飛び出してきた。
「なっ!?」
鋭い踏み込み。
それは想定外の一撃だった。腰から細身の剣を引き抜き、武芸界で縮地と呼ばれる歩法を用いて繰り出されたその突きは俺の記憶にあるクリスタには到底繰り出せない域の錬度で放たれた。
そもそもクリスタが攻撃してくるなんて事態、想定の外。
故に反応の遅れた俺は何の対策も対応も間に合わず……
──ザシュッ!
肉を断つその音を聞いていることしか出来なかった。
「あ……」
大量に零れる血液に呆然とする。
目の前の光景が信じられなかった。
「あ、あ、あ……」
俺の隣に立つアネモネ。その心臓部に……
「アネモネぇぇぇぇえええええええッッッ!?」
クリスタの差し出した細剣が、深々と突き刺さっていた




