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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「託される使命」

 漆黒のメテオラが俺の身体を包み込む。

 白から黒へ、異なる色へと変貌を遂げた俺の権能。通常、権能の色が変わることなんて有り得ない。それはその個人の核を顕すものだから。自分自身の存在を覆すような心境の変化がなければ難しい。そして、前世の因縁を持ち込んだ転生者達が己の信条とも呼べる内面を変えることが出来るか、と言われればそれもまた否だ。唯一アネモネは自らの色を変えたが、それも例外でしかない。


 ではなぜ俺の権能は白から黒へ色を変えたのか。その答えは単純だ。

 つまりは"俺の権能が元々白色なんかじゃなかった"ってこと。


 俺の心の中にある願望は歪だ。

 平穏を望み、平和を求める心が源泉になっているのは間違いないが、そこに自分と言う存在は当てはまらない。大切な人がそこにいるのなら、それで良い。


 自己犠牲なんて言葉では到底表せない歪んだ感性。

 俺は誰かに必要とされたいなんてレベルでなく、誰からも必要とされたいという傲慢な想いを抱いていた。もしかしたらそんな願いがあったからこそ、俺は戦いってのが好きになれなかったのかもしれない。それは他者を害する行為だから。俺にとって、"俺よりも大切な他者"を軽んじる行為だから。


 けど、誰からも必要とされる存在なんて、やはり幻想でしかない。

 誰からも賞賛される『英雄』なんて、それこそ御伽噺の中にしか存在しない。見方を変えてみればそれもただの人殺しと同義なのだから。その点、カナリアは表と裏を良く理解していた。表の綺麗な面だけを見て英雄を志した俺とは違う。裏も見据え、表裏を、正誤を、清濁を併せ呑んだからこその完璧さ。本物の英雄とは、きっと彼女のような存在を指す。


 では俺は?

 俺は一体何なんだ?

 自分とは誰か、なんて思春期の子どもみたいな思考だがそれが俺を苛み続けた問いなのだから仕方がない。そしてその結論は今だ出ていない。だからこそ俺は他者を求め、理解しようと努めるのだ。


 それは断じて優しさなどではない。

 おためごかしの善意なんて、ただの傲慢だ。


 誰かを助けるのは結局、自分が助かりたいから。

 誰かにとって、俺が必要な存在だと思っていて欲しいから。


 全てはそこに結びつく。誰からも必要とされる存在なんて、有り得ないと分かってはいても求めてしまうのだ。存在理由を。そうでなくてはこんな自分が生きている意味がなくなってしまうから。


 最後の最後で、自分自身を見捨てたくないから。

 だと言うのに……俺の根幹にある願望は自分の為に自分を捨ててしまうという本末転倒な結果を残す。

 誰からも必要とされる存在になるにはどうしたらいいか。その答えもまた、単純なのだ。"誰でもなくなってしまえばいい"。それで完了。誰でもないということは何者にもなれるということ。


 その人にとって必要となる存在になれるということ。

 周りに合わせ、己の色を変える存在……それこそが俺の望んだ俺だったのだ。


「いい……いいぞ! クリス!」


 色の変わった俺に、ヴォイドが手を叩いて喜ぶ。


「それでこそ! それでこそ舞台を用意した甲斐があるってもんだ! これでようやく物語を終わらせることが出来る! 俺の、俺達の物語を!」


 すでにそれは相手に聞かせるための言葉ではなかった。自分自身の中にある感情を発散させるためだけの発声。それは絶叫に近い。

 感情を振り回し超高速で移動するヴォイドの姿が良く見える。さっきまで目で追うことすら困難だったというのに、だ。自分の本領を認め、晒したことで少しだけ心が軽くなった。今なら身体も軽い。


 振り下ろされるヴォイドの小太刀を片手で受け止める。右手の人差し指と中指のみを使った真剣白刃取り。そして俺に……"黒のメテオラ"に触れたことでその刃には異変が舞い降りる。


「"もらうぜ"、この刃」


 ずずずっ、と俺の体内に何かが入り込んでくる感覚。それは侵食というよりは捕食に近い。指先に口がついたみたいな感覚だ。


「やっぱり、色だけじゃなく、能力まで真似できんのかよ……はは、最ッ高にずるい能力じゃないか!」

「ずるさで言えば、お前もどっこいどっこいだろうが」


 他人の権能を無力化する権能と他人の権能をコピーする権能。

 どっちがずるいかと言われれば良い勝負だ。汎用性が高いのは間違いなく俺だろうがな。

 俺の言葉に「違いない」と苦笑を浮かべるヴォイド。


「俺はさぁ、ずっと前から漫画とかでこういう能力の奴が出てくると萎えるタイプだったんだが……まさか自分がなっちまうとは思わなかったぜ」

「俺は好きだけどな。こういうチート能力。わくわくするし」

「そんなん最初だけだろ、後で絶対ダレてくる」

「かもな」


 俺達は取り留めのない話を繰り返し──ドンッ! 

 お互いの拳が激突。紅蓮と漆黒を纏ったその衝突は少しばかり紅蓮に優位があった。


「コピー能力のお約束だな。本家には劣る」


 ぐぐぐ、と俺の拳を押しながらヴォイドが笑う。確かに俺の権能は純度で劣るだろう。だが、


「勝てないなら勝てないでいくらでもやりようはあるんだよ」


 俺は力比べを諦め、一歩下がってからその名を唱える。


再誕(リ・バース)血塗られた戦乙女(ヴァルキューレ)ッ!」


 漆黒から黄金へ、再び色を変える俺のメテオラ。これにはヴォイドもその笑みを引きつらせる。それもそうだろう。ここは王国兵と帝国兵が争った主戦場。"武器なら山のように落ちている"のだから。


「おオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 俺は両手にかかる負荷に必死に耐えながら、周囲に見える刀剣類のことごとくを操作する。剣を、刀を、斧を、槍を、薙刀を、短刀を、大剣を、レイピアを、ハルバードを、エストックを、サーベルを。その全てを一度に操作する。百を超える黄金の本流が、まるで流星のように一斉にヴォイドへと襲い掛かる。


「クソがッ!」


 悪態ついたヴォイドは即座に紅蓮の槍を再構築。素早い槍捌きでそれらの弾幕を一つ一つ叩き落していく。が、それも次第に追いつかなくなる。それもそうだろう。ヴォイドの手は二本。それに対してこちらは百を超える武器。受け止めきれるわけがない。


「ああああああああァァァァァァアアアアアアアアアアアッ!」


 絶叫を上げ、片手を大きく天へと掲げるヴォイド。


「深層・神殺し(イグニス)!」


 そして天に轟く紅蓮の咆哮。周囲の空間から黄金が紅蓮に駆逐されていくのが分かる。だったら……


「権能を使わなければ良い。それだけのことだ」


 俺は拾った刀剣類を投げ捨てヴォイドへ迫り、渾身の一撃を地面に向けて叩き込んだ。


「──解放(ディクラフト)ッッ!!」 


 ──ッッッドォォォォォォォォオオオオオン!!


 とてつもない衝撃が大地をめくれ上がらせる。それにより生み出される衝撃波は周囲のことごとくを崩壊させ、吹き飛ばす。爆心地にいたヴォイドはその衝撃をもろに喰らってしまっている。鋼糸を自身に巻きつけ、いくらかダメージを減衰したとはいえ大ダメージに違いはない。


 衝撃をに吹き飛ばされたヴォイドはそのまま俺から距離を取り、体勢を立て直そうと考えたのだろう。けど、それすらさせない。俺は初めて使う魔術を詠唱し……


「空を駆け、敵を貫け──《デア・ブリッツ》」


 バシュッ! と小気味良い音を立て迸る閃光。魔力によって構成された弓と矢はヴォイドの権能に防がれることなく追撃を畳み掛ける。五本や十本なんて数ではない。俺は残された魔力を注ぎ込み、雨のような弓撃を立て続けにヴォイドへと叩き込む。

 そして、仕上げは俺にとってもっとも思い出深いこの力で行おう。


「──陽炎(ヒッツェラー)ッ!」


 光の屈折を利用し、ゆらゆらとその身体を周囲に溶け込ませる。今思えばこの力は俺にとってもぴったりの相性だったのだと思う。周囲に合わせ、己の色を変えて生きてきた俺にとって。

 姿を消した俺は音を立てないように気をつけ、ヴォイドへと近づく。

 しかし……


「……が……ぐ……」


 喘ぐヴォイドはすでに虫の息。とどめなんて刺さずともすぐにでも死んでしまいそうな有様だった。


「そこに、いるのか……クリス」


 姿を消した俺に語りかけるヴォイド。ここで返事をしては位置がばれてしまう。俺が誤魔化せるのは位置情報だけ。返事をしてしまえば姿を消した意味すらなくなる。だけど……


「そうだ」


 俺はヴォイドとの最後の時間を、真っ向から受け止めることにした。

 なぜだか、そうしなければいけない気がした。


「はは……俺の負け、か。悔しいなあ……ずっと負け続けてきたし、負けることには慣れてるはずだったんだがなあ」


 血に濡れた手を己の顔に貼り付け、その表情を隠すヴォイド。男には、人に見られたくない顔もある。


「どうやら神のご加護もここまで……ってことらしい」

「神の加護なんて、もともと求めてなかっただろうが」

「まあ、な。だが求める、求めないに関わらずそれを受け取っちまう人間もいる。どっかの誰かが決めた物語の主人公って奴に選ばれちまう人間がいる」

「……お前は嫌だったのかよ」

「さあ……どうだろうな。もう忘れちまったよ、昔のことなんて」


 呟き返すヴォイドの言葉が嘘だなんて事くらい、すぐに分かった。転生者が前世を忘れられるわけない。というか、俺の質問自体愚問だったな。もしそうでないなら、ヴォイドはこんな権能を宿してなんかいない。


「俺に分かるのは一つだけ。俺はこの物語の主人公じゃなかった。ただ、それだけだ」

「……なら誰が主人公だってんだよ」

「はは、分かんねぇのかよ」


 俺の言葉に、ヴォイドは心底おかしそうに笑った。今日のヴォイドは良く笑う。もしかしたら昔のヴォイドはこんな風にすぐ笑みを浮かべるような奴だったのかもしれない。


「この物語の主人公はな……お前だよ、クリス。それは誰が決めたわけでもない。言うなら運命って奴さ。本当なら……この物語も、俺が主役張りたかったけどな」

「…………」


 今度こそ、俺は何も言葉を返すことが出来なかった。

 ヴォイドの目的、スペア、権能、神殺し、物語を終わらせる。

 俺の中で今まで言っていたヴォイドの言葉、その全てが繋がっていくのを感じる。だが、もし俺の考えが合っているとしたら……


「本当、クソッタレな脚本だよ」


 俺とヴォイドは──争う必要なんてなかった。

 ただの友達で、何の問題もなかった。

 漏れた言葉は誰のものなのか、もうそれすら分からなくなっていた。


「……代理戦争の勝者は一人。だからこそ、ここで俺が倒れるのも運命だった。お前が気に病むことじゃない」

「……だけどっ」

「いい。いいんだ。何も言うな。だが……そうだな。お前が少しでも悔やんでいるってんなら……後のこと、任せてもいいか?」


 問いかけてくるヴォイドに、俺は一人頷く。

 すでに陽炎は解除していた。俺とヴォイドの長く続いた戦いはもう終わったのだ。

 うっすらとヴォイドの右手に灯るメテオラ。俺は握手をするようにその手を掴み、


「全てを……譲渡しろ──メテオラ」


 その、真実を、記憶を、想いを、ヴォイドの全てを受け取った。

 そうして頭の中に流れ込んでくるのは情景。まるで何枚もの写真を一度に見せられているようにその光景が流れ込んでくる。


 それは温かい記憶。


『兄さん』


 (ヴォイド)の右手を掴む薄茶色の髪の毛をした少女に、俺はエマの影を重ねていた。


『師匠』


 (ヴォイド)の左手を掴む銀髪の少女に、俺はエリーの影を重ねていた。

 そして、その瞬間に気付く。俺は"この子と会った事がある"と。


 さらにその後に流れ込んでくる記憶に俺は全てを理解した。ヴォイドの前世に何があったのか。その、全てを。全ての記憶が流れ込み、まるでヴォイドの人生を追体験したかのような気分に陥った俺は……


「あ、れ……?」


 いつの間にか涙を流していた。

 胸が痛む。何だこれ?


「……それが『怠惰』の罪よ」

「たい、だ……」

「ああ。日々を無駄に過ごしたツケ。一生、いや生まれ変わってなお俺の心を苛み続けるガンだ。この痛みは消えることはない。だからこそ、俺は人生の先輩として伝えなくちゃならんことがある。"大切なモノを見失うな"。まだ何か、一つでも、一人でも残っているならそれを大切にしろ」

「俺は……」


 ヴォイドの言葉は何よりも俺の心に深く突き刺さった。

 何しろ今の俺にとってヴォイドはもう一人の俺と言ってもいい存在。ヴォイドが何を俺に言おうとしているのか、その感情が痛いほどに理解できる。


「俺には出来なかった。大切なものを取りこぼしたとき、俺の心にはぽっかり穴が空いちまったんだ。虚ろ、虚無、喪失感は何を持っても埋められない。そうなったら終わりなんだよ、クリス」


 徐々にその瞳から精彩を欠き、肌から血色を零していくヴォイド。どうやら限界が訪れたらしい。


「お前なら出来る。お前なら……失敗した俺とは違って上手くやれる。誰もが幸せな幸福な未来(ハッピーエンド)ってヤツを掴み……取れ、る」

「ああ……ああッ!」


 俺はヴォイドの手を強く握り締め、誓う。

 お前の代理は俺が成し遂げる。

 元々俺は誰かの代替品。スペアであることを望んで祈りを捧げた人間だ。

 今まさにこの瞬間、ヴォイドの目的と俺の望みががっちりと嚙み合ったのを感じた。だからこそ、俺は人生の先輩に向け、最後の言葉を送る。


「後のことは任せろ、────」


 最後に前世の名前を呼んでやると、ヴォイドは嬉しそうに微笑んだ。お前は虚ろ(ヴォイド)なんかじゃない。そう告げてやりたかったのだ。

 そして……ヴォイドは幸せそうな表情のまま、死んでいった。

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