「とある敗北者の話」
転生者達はそれぞれ悲惨な人生を持って生まれなおしている。
それはヴォイド・イネインにとっても同じこと。
ヴォイドが思い出すのは過去の残滓。
終わってしまった物語の、輝いていた時のこと。
ヴォイドには慕ってくれる妹のような存在がいた。血は繋がっていなくても、本当の家族よりも固い絆で結ばれた存在だった。
ヴォイドには慕ってくれる弟のような存在がいた。過去の深い因縁を乗り越え、和解した二人は何よりも信頼できる存在だった。
本当に……本当に幸せだった。
地獄のような世界で、唯一輝いているものだった。その光のためなら何だってできる。心の底からそう思っていた。
だが……世界はそれほど優しくはできていない。
ヴォイドは失敗したのだ。
その結果が今、この状況となっている。
転生者として生まれなおし、ヴォイドが望むことはただ一つ。
クリスはその答えを知りたがっていたが、そんなことわざわざ聞き出すまでもない。なぜなら転生者の祈りとは、権能という形で具現化するからだ。
つまりは『神殺し』。
それがヴォイドの目的であり、全てを犠牲にしてでも為さねばならない事柄だ。その為に……利用できるものは全て利用してきた。
──例えそれが、かつて共に戦った仲間であろうとも。
「……クレハ」
「何でしょう、ヴォイド様」
その名前を呼ぶと、いつものようにクレハは変わらない声音で返事をしてきた。血の匂いが充満する司令室で、ヴォイドはどうしてもクレハに聞きたいことがあった。
「お前は……わしのことを恨んでいるか?」
それはこんな地獄まで付き合わせてしまったことに対する心痛だった。自分で選んだこととはいえ、覚悟していたこととはいえ、それでもヴォイドは怖かったのだ。
かつての仲間から、軽蔑されることが。
「いえ、そんなことはありませんよ」
そして返ってきたのはいつもの淡白な返事。
これも分かっていた。クレハには感情というものが薄い。昔はそんなことなかったが、これも無理な転生を行ってしまった代償なのかもしれない。もしそうなら、更に後悔が増してしまうが……
(いや、後悔なんて今更じゃな)
自分で自分の心を否定する。後悔なんて、そんなことを感じることすらおこがましい。これは自分で選んだ道なのだから。そんなことをしては、犠牲にしてきた者達に申し訳が立たない。
目的のため、王国兵の多くを犠牲にしてしまった。彼らの中には慕ってくれていた者もいたというのに。ヴォイドはそれを切り捨てたのだ。
故に後悔なんて感じている暇はない。
前に、前に、前に。
目的のため、少しでも前に。
それがヴォイド・イネインという男の唯一の原動力だった。
そして、
「……来たか」
それを阻むものは全て、排除する。
その覚悟ならもう、とっくの昔に済ましている。
それこそ──前世から。
「クレハ、お客様じゃ。迎え撃つぞ」
「御意に」
ヴォイドは近くにあったグレン元帥の生首を持ち上げ、近づいてくる気配に向けて準備を整える。この世界で出来た数少ない友人。それがまさか敵になるなんて。やはりこの世界は優しくなんてない。
それもこれも、全てこの脚本を書いた神の責任だ。
前世から続く因縁。そのツケは払ってもらわねばならない。
そのためにも、
「悪いな……クリス」
お前には人柱になってもらう。
ヴォイドは開かれた扉の先、かつての友人の姿を視界に収め、薄く、笑った。




