第十三話 「炭鉱の街」
湖の一件以来、微妙な空気が俺達の間に漂い続けていた。
「…………」
「…………」
き、気まずい……
二人で並んで座る馬車の中。いつもより、若干の空いた距離が、二人の心情を表していた。
居たたまれない空気に業を煮やした俺は、意を決してエリーに話しかけてみることに。
「あ、あのさ……」
ポン、とエリーの肩に手を置いた。
その時だ……
「ひぃえやっ!?」
「のわ……ッ!」
エリーが馬の手綱を振り回したせいで、荷馬車が大きく揺れる。
慌てたエリーがすぐに手綱を握りなおして通常運転に戻す。
「す、すいません」
「一体どうしたんだよ。いや、気まずいのは分かるけどさ」
明らかに様子のおかしいエリー。
暗い表情だったエリーはそこで、ようやく吐露し始めた。
「……じ、実は私……男性の方が苦手なんです」
「…………」
なんとなくそうかもとは思っていたが、やっぱりか。
「今回、新しく冒険者の方を雇わなかったのはそういう事情もありまして……」
「なるほどね」
これまでの一連の流れに、合点がいった。
そこでふと疑問に思った俺は、エリーに問いかける。
「前までは普通だったし、俺を女の子みたいに思えばいいんじゃないか?」
俺的には非常に遺憾だけどな。
しかし、このまま気まずい空気で旅を続けるのも辛い。
俺は断腸の思いでそう提案するのだが、
「それはそうなんですが……」
ちらちらとこちらを伺いながら、言いよどむエリー。
一度男と分かってしまえば、どうしても態度に出てしまうのだろう。
そんないきなり上手くはいかないか。
「徐々に慣れてくれたらいいさ。俺も気をつけるようにするから」
「すいません……」
男性恐怖症、か。
こればっかりはどうしようもない。時間が解決してくれることを望むしかないな。
俺は難儀な相手を同行者に選んでしまったものだと、僅かに後悔するのだった。
それから数日後。
俺たちは無事、リコルへと到着した。
炭鉱の街、リコルは非常に排他的な構造の街になっていた。山に囲まれた地形上、他の街との交流が難しいからだろう。病気とか蔓延したら大変そうだ。
さらに魔物対策なのか、街の外縁部に張られている防護柵を避けて町の内部へと進んでいく。
それから少し歩いて、俺たちは街の人たちも目に移るところまでやってきた。
待ち行く人たちは皆、疲れたような表情を浮かべている。炭鉱というのはきつい仕事らしいからな。同情を禁じえない。
それはそうと……ここまで来れば、護衛の任務も終わりだろう。
俺はそう判断してエリーに話しかける。
「やっと着いたな。お疲れさん」
「はい。クリスさんもありがとうございました」
そういってペコリと頭を下げるエリー。なんとなく、距離を感じてしまうな。最初の頃はかなりフレンドリーな奴だったから、その分落差を感じてしまう。
「エリーはこれからどうするんだ?」
「私は品物を売ったら、また次の街に行きます。それが行商ですからね」
「そういや、販売とかどうしてるんだ? その……困ることとかあるだろう」
客が男だった場合のことを、俺は暗に尋ねる。
「冒険者の方を雇うのでそこは大丈夫ですよ。次の街への護衛も必要ですし、どの道雇うしかないですから」
それは何というか……随分と非効率的な生き方だな。冒険者なんて、男が八割くらいだから、女の冒険者を探すだけで骨が折れるだろう。
依頼料にしても、その分かかってしまうだろうし。
「……なんだったら、俺も手伝おうか?」
だから、つい……そんなことを言ってしまったのだ。
エリーは俺の申し出が意外だったのか、驚いた表情を浮かべる。
「い、いいんですか?」
「知らない仲でもないしな。お互い」
視線を外して、頬をかきながら言葉を返す俺。
すると俺を見るエリーのセピア色の瞳が……
うるっ、とにじんでいく。
え、ちょっと?
「く、クリスさぁぁぁあん! 本当にいい人ですぅ! 私、クリスさんのこと避けようとしてたのに……それなのにぃ!」
「や、やめろ! 泣くなよ恥ずかしい! 周りの人も見てるだろうが!」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!」
ぼろぼろと涙を溢すエリーに思わずたじろぐ。
「ほら、もういいから。とりあえず今日は泊まれるところを探そうぜ。早いところゆっくりしたいしな」
「はいっ!」
花が咲くような笑顔とは、こういうのを言うのだろうか。そのころころと変わる表情に……俺はかつての幼馴染の姿を重ねていた。




