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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「最後の平穏」

 アネモネに告白した次の日、俺は朝日をその身に浴びながら鍛錬に勤しんでいた。

 いやー、体が軽い軽い! 体中に力が漲っているのを感じちゃうね!

 前世でも彼女いない歴=年齢だったからな。浮き足立ってるのは自覚してるけど俺の人生(前世含む)で初めてできた恋人だ。多少はしゃぐくらいは、ねえ?


「いやー、やっぱりいいなあ……」


 彼女もちの友人から話を聞くたびに「コイツ……ぶっ殺してやろうかな」って気分になっていたんだが……今なら分かる。この高ぶる気持ちは誰かに言わなきゃ収まらない。というか言いたい。俺の彼女……アネモネがどれだけ可愛いのかってことを。うん。後でユーリ辺りを捕まえて精一杯惚気てやろう。


 昨日までの不安は一体どこへ行ったというのか、清々しい気分でカナリアに貸してもらった木刀を振るう。前は花一華で素振りをしていたが、心機一転、新境地に至った俺は使うことを止めていた。


 だって、万が一壊しでもしたら大変じゃん?


 アネモネから貰った物だから、傷一つ付けたくない。今は丁寧に包装して木箱の中に収め、錠をして仕舞っている。その一連の作業を見て呆れた表情を見せたアネモネ……可愛かったなあ。


「ふふ……」


 おっといかんいかん。今は訓練中だった。

 思い出しニヤケしてしまった自分に渇を入れ、再び鍛錬に集中。

 目の前の仮想敵に向けてあらゆる角度から斬撃を見舞うが……駄目だな、なかなか気持ちが落ち着かない。今日の訓練はやめにしよう。このままだと型が崩れかねん。


「……ふう」


 近くの丁度いい場所に腰を下ろし、一息つく。

 気持ちは浮ついているが、昨日みたいにウジウジ悩んでいるよりはいいだろう。それもこれも、全てアネモネのおかげだ。というか彼女さえいてくれればもう、何でもいい気がしてきた。


 戦争? いいよいいよ、勝手にやってくれ。

 ヴォイド? あんなバカもうどうでもいいって。

 これから俺は愛に生きる。そう決めた。もう決めた。


「……だらしねェ顔してやがんなァ、オイ」


「あん? ……なんだ、イザークか」


 顔を向け声の主を確認すると、メテオラで治した左手をこちらに向けて振るイザークの姿が目に映った。


「悪かったな、オレでよ。愛しのアネモネなら良かったか?」


「全くその通りだ。少しくらい空気読め」


「……もう照れすらしないンだな」


 ため息をついて俺の横に腰を下ろすイザーク。どうやら何か話があるらしい。っと、その前に気になっていたことを聞いておこう。


「イザークはエマ達がどこにいるか知っているか?」


 アネモネと生きることを決めた俺はもう一度彼女達に会うことにした。今の俺を見せ、そして謝って人生を再スタートしたい。そんな風に思っていたのだが、


「カナリア達と一緒にいるとばかり思ってたからさ。驚いたよ。今は別行動してるんだって?」


「ああ。あいつ等は今、シャリーアで再会したエリーの友人と一緒に行動してるって聞いたぞ」


「あのエリーに友人がいたことも驚きだけどな」


 今ここにエリーがいたら「ひどいっ!」と叫びながら情けない顔をしそうだが、いないのだから問題ない。


「けどま、オレ達とは別れて正解だったと思うぜ。クリスがいねェんじゃオレ達の接点なんてないに等しいし、何より危ねェ」


「確かにな」


「だからこれから探すならシャリーアに行くのがいいンじゃねェか? エリーには馬車があるから既に移動してる可能性もあるけどよ。ま、最悪メテオラを使えばどうにでもなる」


「だな」


 意外と真剣に考えてくれたのか、そう言ってアドバイスをくれるイザーク。まさかこいつと敵愾心なく会話できる日が来るとはな。人生ってのは分からないもんだ。

 とはいえ、いつまでもだらだら話していたいタイプでもない。さっさと本題に入ろう。


「そういえば俺に話があったんじゃないのか?」


「ああ、そうだった。お前、転生者の名前全部言えるか?」


「転生者の名前? ええっと、俺、アネモネ、カナリア、イザーク、ヴォイドにアダム……までだな」


 七人中六人。俺は最後の一人についてだけはまだ知らない。


「やっぱりな。そんな気はしてたが……やっぱり隠してンのか」


「隠してる?」


「ああ、最後の転生者……七人目はお前も知ってる奴だぞ」


「あ、そうなの」


「……あんま驚かねェのな」


「まあ、な」


 最後の転生者。それが俺の知人である可能性は考えていた。

 俺は女神と合う回数が極端に少ないからそういう転生者の情報が入ってこない。カナリア達が転生者だって気付いたのも向こうから言われてからだしな。だからこそ、そういうこともあるかもしれないと思っていた。


「……正直今のお前にこのことを言うべきなのか迷ってる」


「何でだよ」


「お前は戦うことが嫌いだろう? 変に意識して欲しくねェんだ。お前はもう、平穏を望んでも良い。オレはそう思ってる」


「おいおい、突然どうした。一昨日まで俺を殺そうとしてた奴の台詞とは思えねえぞ」


「オレにも知らないことがあったっつーことだよ」


 そう言って鼻の頭をなぞるイザーク。あからさまに何か隠しているが、まあいい。言いたくなってんならわざわざ聞き出すこともない。誰だって言いたくないことの一つや二つはあるもんだ。


「知らないほうがいいことも世の中には沢山ある。だから、お前が望むなら七人目を教えてもいい。幸いなことにこの七人目はどの世界でもお前にずっと友好的な対応をしてたから敵になることはまずない。名前を聞かないってのも一つの手だとは思うぜ」


「……なるほどな」


 イザークなりに気を使っているのだろう。

 俺が知りたいなら教える、別にいいなら教えない。単純な話だが、さてどうしたものかね。

 ここでイザークに七人目の正体を教えてもらうのは簡単だ。

 それで脅威が減るってんなら教えてもらわない手はない。だけど話を聞く限り、その人物は俺に危害を与えるような奴ではないらしい。だったら……


「七人目が誰かについては……聞かないでおく」


「……それでいいのか?」


 念を押してくるイザークに俺は頷き返す。

 気にならないといったら嘘になるが……知る必要はない。平穏を求めるならば、そんな情報は必要ないんだ。俺はもう、誰とも戦いたくなんてない。まあ……ヴォイドとの決着だけはつけないと駄目そうだけど。


 俺の答えはイザークにとって意外だったのか、そうかと呟いてその場を去っていった。去り際に「また今度、飲みにでも行こうぜ」と言葉を残して。


「ああ……また今度、皆でな」


 そう言った俺にイザークは振り返らないまま片手をひらひらと振って答える。去り際までキザな奴だな。中二くさいあいつらしいっちゃらしいが。


「……さて」


 そろそろ愛しの恋人を起こしに行こうかな。朝からむさくるしい男と会ってしまったから目を癒しておかないと。でも、今から向かうとさっき別れたばかりのイザークに出くわしそうだ。なら……もう少し、木刀でも振っておこう。


 立ち上がり、再び鍛錬に励む。


 さきほど交わした約束を思い出しながら。

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