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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「四人の転生者」

 俺とイザークの激突から次の日。

 俺とアネモネ、そしてカナリアとイザークがそれぞれ隣り合い一つのテーブルに腰を下ろしていた。カナリアの要望により再び話し合いの場が持てたことは正直嬉しい。イザークはともかく、このままカナリアと敵対したままにしておくのは避けたいからな。


 ちなみに今回は代理戦争の話にも絡むということで、ヴィタとユーリには席を外してもらっている。七人の転生者の内、過半数の四人が揃うこの場で真っ先に口を開いたのはカナリアだった。


「……すまなかった」


 頭を下げ、謝罪を口にするカナリア。


「我の勝手な都合で強引に事を進めてしまったこと、まずは謝る。クリスと、それからアネモネ、お前にもだ。正直二人がここまで抵抗するとは思っていなかったのでな。今回の件は完全に我の失策だ」


 深々と下げられた頭に、俺は何と言っていいか分からなくなる。軍規違反を犯したのは俺自身だし、何よりカナリアから逃げ出したのも俺。まず謝るなら俺からだろう。


「チッ、お前が謝る必要なんかねェよ、カナリア。こいつ等が勝手にバカやってたのが悪いンだからよォ」


 どうやらイザークも俺と同じ意見だったらしい。こいつから言われると滅茶苦茶ムカつくが否定することもできない。しかし、カナリアからしてみればそういう問題でもないらしい。


「先に手を出したのは我だ。二人の力量を見誤り、取り押さえられると勘違いしていた。その間違いは悔い改めねばならない」


 どうやら本気で俺たちに申し訳ないと思っている様子のカナリア。どうしてそこまで、と思わないでもない。しかし、それこそがカナリア・トロイという人間であり俺の憧れた光そのものなのだ。その真っ直ぐな在り方はとても尊い。俺はそれを改めて思い知らされた。

 そして、俺も一度はその光に憧れたものとして、頭を下げずにはいられなかった。


「こちらこそ悪かった。勝手に軍を離れたこともそうだし、ろくに話もしないまま逃げ出したことも」


 カナリアに続く形で頭を下げる俺。そして、更にそれに続く形で俺の隣でアネモネまでもが頭を下げる。


「……私も、謝る。ヴォイドに付いていたこと、そしてそのことを黙っていたことも」


 お互いがお互いに謝罪する。俺たちが話し合いのテーブルに付く上でこれは通過儀礼とも言えることだった。過去の遺恨をなくし、対等に話し合うために必要なことだった。そして、その儀式を完遂させるためにはあと一人の協力も必要不可欠。


「……なンだよ」


 最後の最後まで頭を下げる気配のないイザークに俺たちのジトッとした視線が突き刺さる。まさかこの場の流れが分からないわけではないだろう。あのアネモネですら空気を読んだのだ。読めないとは言わせないぞ。


「っ……分かった! 分かったっての! オレも色々勝手なまねして悪かった! ほら、これでいいかよっ」


 やがて俺達の視線に耐え切れなくなったのか、ギブアップと言わんばかりに声を上げるイザーク。「ったく、これだからコイツらはやりづれェ……」と、愚痴のような独り言が聞こえたがその場の全員がスルーした。

 けど、これで……


「これでようやく、我々は腹を割って話せる」


 俺の心の声を代弁したカナリアに、こくり、とその場の全員が頷いて見せた。お互いに刃を合わせ、拳をぶつけ、魔術を散らした仲ではあるがこうして話し合いのテーブルに付くことができた。

 正直……とてつもなく大きな進歩だぞ、これは。俺達はお互いに一度旅の途中で停戦協定を交わした仲ではあるが、それも結局はお互い不可侵とすることで問題を先延ばしにしていただけだ。問題の解決、引いては代理戦争をどうするのかという核心の部分にはまだお互い触れてはいない。


 特にイザークは確実に俺たちに何かを隠している。それは何としても知らなければいけない情報のように思えた。


「ではまず色々と確認からしていこうか。代理戦争について、各々どう思っているのか、この機会に洗いざらい本音をぶちまけてもらいたい」


 会議の場を仕切る進行役としてそう言ったカナリアは、言いだしっぺの責任からか自分の考えから話し始めた。


「我は前世のやり直しには興味がない。現世で成し遂げたいこともあるしな。その為に我はイザークと昔、約束をした。我の目的の為にイザークの力を借りること、そしてその悲願が成就した暁にはこの命をイザークへと差し出すという約束だ」


「……なるほどな」


 カナリアの言葉で俺の中でいくつかの疑問が氷解していく。あの荒くれ者だったイザークがカナリアの元で大人しく軍人なんてやっているのはそういう理由があったわけだ。


「ちなみになんだが、その目的ってのが何か聞いていいか?」


「そうだな……いや、今は止めておこう。これは代理戦争に絡む話でもないのでな。あまり話が逸れてしまっても仕方がない。いずれ必ず話すから、ひとまず我の目的については置いておいてくれるか?」


「……分かった」


 カナリアの言う目的が何なのか非常に気になるところだったが追求はしない。彼女がいずれ話すと言ってくれたのだ。ならばそれを信じて待つべきだろう。


「悪い、話の腰を折っちまったな。次は俺が話すよ。イザークには昨日教えたけど、俺も前世のやり直しには興味がない。今の俺の目的はヴォイドを……止めることだが、それも代理戦争うんぬんじゃなくて単に今の戦争をやめさせるためだ」


 ヴォイドが始めたこの戦争。ならばその幕を引くのもあの男抜きでは行われない。


「俺たちは……あまりにも多くを失いすぎた。これ以上何も失わないためにもこの戦争は一刻も早く終わらせるべきなんだ」


 その方法がたとえ、友を殺すことだとしても。

 俺はもう躊躇わない。もう二度と、ヴォイドを取り逃がしたりなんかしない。


「そうか……」


 俺の覚悟の重さを理解できたのか、カナリアは複雑な表情を浮かべて口を開く。


「軍に招き入れた我が言える口でもないのかもしれないが……我はクリスに戦って欲しくなんてなかった。お前にはエマやエリーと同じ、陽だまりにいて欲しかったのだ。しかし、それも我の勝手な都合だな。我の信条にも反する。剣を取り、立ち上がったものを止める権利など誰にもありはしないというのに」


「…………」


 カナリアの独白に、俺は言葉を返すことができなかった。

 カナリアは俺に最も良くしてくれた人物の一人だ。その恩を仇で返すことしかできなかった自分の不義理を恥ずかしく思うし、同時にそれだけ俺のことを考えていてくれたことを嬉しくも思う。


 だというのに……本当に情けない話だよ。

 少し沈んだ場の空気に、気を効かしてかは知らないが「今度は私の番」と小さな手を軽く挙げアネモネが語り始める。


「私はヴォイドと契約を交わしていた。それは彼の目的に手を貸す代わりに、彼がカナリアに手を出さないよう取り計らうというもの」


 以前俺も教えてもらったその話。聞くのが二度目となる俺は黙って話を聞いたのだが、


「なっ……それはどういう意味だ!」


 黙っていられない奴もいた。何となく、アネモネが話し始めた時点でこうなるような気はしていたが……案の定、椅子から立ち上がり興奮した様子でカナリアが声を荒げた。


「我に手を出さないようにだって!? 何だそれは!? アネモネ、お前はそんなことのために自分からヴォイドの手先に成り下がったというのか!?」


「……そう」


「ふざけるなッ!」


 まさに激昂というに相応しい形相でカナリアが吼える。

 カナリアにしてみれば気付かぬうちに友人を犠牲に安全を得ていたようなものだ。それは彼女の自尊心を傷つけ、同時に何も知らなかった悔恨を残す。俺だってエマやエリーにそんなことをされていたら黙っていられないだろう。


 しかし……俺にはアネモネの気持ちも理解できるのだ。

 今まさに同じ事をしている身として、アネモネに感情移入せずにはいられない。今にもアネモネに掴みかかりそうなカナリアの前へと俺は手のひらを向け、落ち着くよう諌める。


「カナリア、落ち着け。ここは話し合いをする場だとさっき確認したばかりだろう」


「ぐっ、だが……いや、そうだな。すまない」


 感情の面で抑えきれないにしても、理性の部分で今怒っても仕方がないと分かっているのだろう。俺の制止に従い、腰を下ろすカナリア。少ししこりが残りそうな展開だが……それは二人の問題だ。俺が深入りするようなことでもないだろう。

 フォローもそこそこに俺は次なる発言者に視線を向ける。

 俺が今一番知りたい情報を持つ男……イザークへと。


「お前が代理戦争を勝ち抜くつもりなのはカナリアの話からも分かった。だからお前には質問から入らせてもらうぞ。昨日俺と戦う前、それから戦っている途中に言っていた妙なこと……あれは一体なんだったんだ?」


 そう、それこそが今まさに俺の知りたい情報だ。

 俺にあると言う地獄を作り上げた罪、そして俺と戦う最中に見せた妙な動き。まるで俺と昔に戦ったことがあるかのようなその動き。明らかにイザークは俺たちに何かを隠している。


「イザーク。お前は一体、何を知っている?」


 とうとう核心へと近づく俺の問いに、イザークはようやく俺の瞳を見返す。そして、ゆっくりとその重たい口を開いたのだ。


「オレが知ってンのはただ一つ。ここではない、別の世界の話だ」


「それは……前世のことか?」


「違う」


 俺の問いを一言で両断するイザーク。

 その答えに俺はイザークが何を言おうとしているのかまた分からなくなってしまった。別の世界、それが前世のことではないのだとしたら一体なんだ? どんな可能性が残っている?


 頭を悩ませる俺にイザークは「やっぱり、覚えてはいないみてェだな」と、独りごちる。それからゆっくりと息を吐いたイザークは、滔々と独白を始めた。


「まず、最初に言っておくが……オレが何でこの記憶を持っているのかははっきりとしねェ。多分オレの権能が記憶を『奪われる』ことに反応したからだとは思うンだがそれも不確かだ」


「記憶? それはここではない世界とやらの記憶のことか?」


 問いかけるカナリアにイザークは頷いて応える。その表情がいつにも増して真剣な様子だったから、俺を含めたその場の全員が表情を引き締めイザークの次の言葉を待った。

 それに対しイザーク自身も話しにくいきらいがあったのか「これは夢や冗談の類じゃねェからな」と、あらかじめ深く釘を刺したイザークは、




「この世界は──ループしている」




 はっきりと、明瞭な声でこの世界の真実を語り始めた。

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