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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「白の権能」

永久に続く物語(リバース)


 それは俺の平穏を願う心が生み出した権能だ。

 俺の日常を壊すな、大切な人達を壊すな、この美しい世界を壊すな。言ってしまえばそれだけの願いだ。奪われることを嫌ったという点において、俺とイザークには何の違いもない。むしろ数ある権能の中では兄弟のようにそっくりな祈りと言っても良いかもしれない。そこに残る結果にどうしようもない差異があるとしても。


 黒の暴風と、白の順風。

 その戦いは俺の生還を持って決着がついた。いや……


「まだだッ!」


 その決着を認めないものがまだ、いた。


「らああああああああああああッ!」


 黒の権能を両手に宿すイザークが俺へと迫る。そうだ、まだ何も終わってなんかない。俺もイザークも、すんなり負けを認められるような生易しい覚悟でここに立ってなどいない。

 全てが終わるのはそう……どちらかが死ぬときだけだ。


「死ね、クリスッ!」


 権能の純度で制したとはいえ、イザークの権能が脅威であることには変わりがない。生を奪うイザークの権能。触れるだけでアウトという危機的状況はなんとか脱したとはいえ、体術面で不利なのは以前として変わりがない。だが……リバースを発動した以上、それももう終わりだ。


「なっ!?」


 イザークの驚愕の声が耳に届く。

 俺は魔力を体中に巡らせ、身体能力を強化していた。それこそ、自分の力に耐えられなくなるほどに。一歩を踏み出すごとに筋繊維が崩壊する。拳を繰り出すごとに骨が砕ける。そんな後先考えない無茶苦茶な魔力量を俺は俺自身に注ぎ続けていた。


 そして生まれるのは……圧倒的膂力。


 速度も、腕力も今のイザークなんて比ではない。イザークという強敵に立ち向かう一つの答えとしてそれは完璧だった。つまり、圧倒的スペック差で押しつぶすということ。

 イザークの権能は奪うという一点にのみ特化しているため、汎用性がない。触れれば終わりの拳でも、それを振るうイザーク自身は一般人の域を出ないのだ。もちろん、彼が長年培ってきただろう戦闘技術には目を見張るものがある。だが……どんなに鍛えようと、子どもは大人の腕力には適わないのだ。


「返すぜ、イザーク」


 さきほどの借りを返すと言わんばかりに力を込め、俺は拳を全力で振り下ろす。権能を纏ったイザークの一撃には遠く及ばないものの、必殺の一撃と呼んで差し支えないその威力はイザークにとっても予期していないものらしかった。


「クソッ、クソッ、クソッ! ンだよ、それは!? そんなン知らねェぞ!」


 攻守の変わった戦況に、イザークが毒を吐く。先ほどまでは俺がその役割だったからな。すっとする気分だ。


「テメェ……とうとう、そこまで自分を捨てやがったか!」


 一撃を繰り出した俺の右手を見て、イザークが忌々しそうな表情を浮かべる。断続的な痛みを送る右腕が今、どんな状態なのか俺には分からない。きっと見ればより痛みを意識してしまうことになるだろうから見ていないのだ。


「ふざけやがって……『終わらない物語(リバース)』? クソがッ! その力が一体何を意味しているのか知りもしないで行使する。これ以上にクソッタレな脚本はねェぞ!」


 先ほどまでの愉悦に満ちた表情から一転、再び怒りをあらわにするイザーク。


「お前だけは……この地獄を作り出したお前だけは、その力を使うンじゃねェ! オレが一体どれだけ苦しんできたか、お前に分かるかよッ! 終わりを望むこの苦しみが分かるかよッ!?」


「お前の苦しみなんて知るか。意味分かんねぇことグダグダ抜かすな」


 狂ってる。

 そう形容するしかないイザークの豹変にいい加減うんざりする気分だ。何を言っているのかなんて知らないし、知りたくもない。


「そんなに苦しいってんなら俺が殺してやるよ」


 生を放棄する人間なんて、全く輝いていない。

 俺はそういう人間が一番嫌いだ。

 生を放棄する人間、そいつらは生の重みを知らないのだ。生きたくても生きられない人達の想いを知らないのだ。だから、そんな人種を見ていると心の奥底から押さえきれない感情がマグマのように噴きだしてくる。

 つまりは──怒りが。


「命を軽々しく扱う奴は全員まとめて地獄に墜ちろ」


 他者を害する人間は等しく屑だ。

 殺人なんて、この世で最も罪深い。まさしく万死に値する行為だ。

 俺はそう、信じている。


「ハッ! それを今のお前が言うかよ!」


 俺の信条を聞き、イザークは滑稽なものを見るかのような目で俺を嘲笑った。


「一体何人殺した? 一体いくつの悲しみを生み出した? 今のお前の目を見れば分かるぜ。お前の目は修羅に取り付かれた奴の目だ。お前はもうとっくの昔にこっち側に来ちまってンだよ」


 踊り踊らされるピエロを見る観客のような愉悦に満ちた笑みを浮かべるイザーク。物分りの悪い子どもに滔々と講釈をたれる教師のような得意げなその顔、きっとこいつは今優越感を感じている。その道の先達として、お前はもう終わりだと絶望を聞かせているつもりなのだろう。だが、


「……んなことはもう、分かってんだよ」

「あん?」

「俺がもう取り返しのつかないところまで来ちまったってのは言われなくても重々承知してんだ。今更そんな言葉で揺らぐような覚悟なら端からこの手を血で染めたりなんかしない」


 サラの墓標で誓った。

 必ず仇を討つと。

 そして……もう二度と、大切な人を失ったりしないと。


 そのためなら、何だってしてやるさ。信条に反しようと、地獄に墜ちようと、いくら罵られようと構いやしない。

 彼女達が……いつまでも光り輝いていられるのなら。


「俺はどうなったっていいんだよ」

「……やっぱりお前は狂ってるぜ」

「かもな」


 けど、それすらもどうでもいい。

 俺はきっと地獄に墜ちる。今更天国を、幸せを願うにはあまりにも人を殺し過ぎた。この報いはいつかきっと必ず来る。俺にできるのはその罰が下る日まで罪を抱いて生き続けることだけだ。

 そして、その日が来るまでに何としてでもこの戦争を終わらせなければならない。それが俺に唯一残された行動原理なのだから。


「彼女達の生きる世界に、お前みたいな人間は必要ねえんだよ」


 世の中には死んだほうがいい奴ってのは確実に存在する。人に害をなす輩がまさにそれだ。そいつ等を駆除するためにはどうしたって同じく人を害する者の存在が必要だ。

 光の存在を守るため、悪が必要だというのなら俺は悪でいい。

 そのための覚悟ならもう、決まっている。


「消えろ、害悪」


 こと此処に至り、はっきりと固めた殺意を持って相対する俺にイザークは、


「くっ、ハハッ、ハハハハハハハハハハハハハッ」


 高らかに哄笑を上げた。


「クハッ! すげぇ! ホンットすげぇぜ! 人ってのはここまで変われるものかよ! ここまで墜ちれるものかよ! もうここまでくれば笑うしかねぇじゃねぇか!」


 すげぇ、すげぇとまるで覚えたての言葉を連呼するガキのようにはしゃぐイザーク。一体何がそんなに面白いのか。ひとしきり笑い声を上げたイザークは俺へと視線を戻す。


「いやいや、悪いな。いくらか違う展開になるよう動いてきたとはいえ、まさかこんなことになるとは思ってなかったンでな……なるほど、こんなことになる未来ってのもあったのかよ。おもしれぇ。オレも色んな奴を見てきたがお前ほど安定しない精神構造の奴もなかなかいねェぞ? どんだけ優柔不断なんだよ……ああ、いや。この場合はどんだけ気が多いんだっつうべきか?」


「……いい加減、訳のわかんねえこと言うのはやめろ」


「悪い悪い。そうだよな、オレ達は別に話し合いのために見たくもねェ面つき合わせてんじゃねぇよな。オレ達は……」


 フッ、とイザークの姿が消える。


「──殺し合いをしてンだったなァ」


 気付いたときには目前に居たイザーク。

 どうやら長期戦になれば権能の相性により不利と悟ったのだろう。まるで特攻を仕掛ける兵隊のように捨て身の攻撃を繰り出すイザーク。


「おおおおおおおおオオォォォォォォッ!」


 雄たけびと共に繰り出すイザークの一撃。食らえば四肢が吹き飛びかねないその爆弾のような威力を持った拳をしかし、俺はかわすことなく更に一歩を踏み出していく。


 コイツにだけは負けたくなかった。

 コイツだけには負けられなかった。

 ここで退く事を、俺の魂が許容できなかったのだ。


「オラァッ!」


 イザークの拳が俺の頬を捉える。眼球が飛び出すのではないかという衝撃を喰らいながらも俺は自身の右膝をイザークの懐に突き刺すことに成功していた。弾かれるように身体を揺らす俺達、だが次の瞬間にはもう次の攻撃に移っている。


 防御なんて知らない。ただただ攻撃を繰り出すだけの拳撃。

 神の力を手に入れ行使するもの同士の戦いにしてはあまりにも原始的な交錯がそこにはあった。

 黒の権能を白の権能が防いでいる時点でお互いの祈りはすでに均衡し、相殺されてしまっている。俺達に残されていた手段は互いの肉体を持って相手を叩き潰すことだけだったのだ。


 イザークの拳が眼前に迫る。亜音速にまで到達した彼の突きを受け止めるのは困難を極めるだろう。そもそも体術ではイザークのほうに分があるのだから俺はそれ以外のポイントを生かして戦うしかない。

 俺はイザークの拳を渾身の跳躍を持って回避する。いくら身体能力を引き上げようと反射神経が向上しているわけではない。そのイザークの拳をかわすことができたのはほとんど奇跡と言ってもいい僥倖だった。


 そして生まれるのは一瞬の空白。

 攻撃を空振った今のイザークには即座に次の攻撃に移れるだけの余裕はない。

 そのタイミングを絶好の好機と捉えた俺は権能で回復させた右腕を腰の得物へと伸ばす。触りなれた柄の感触を確かめ……一閃ッ!


 横薙ぎに振るわれた白刃に対しイザークはかわすでもなく、受け止めるでもなく……なんと自らその身体を刃へと食い込ませていった。


「──ッ!?」


 自分から刃に飛び込むその蛮行。

 イザークの右腕に食い込んだ刃が鮮血を撒き散らし、その感触を伝える。つまり、肉を断つ感触を。

 バタバタと夥しい血液を吹き出しながらもイザークは薄く笑みを浮かべていた。


「かかりやがったな、アホが」


 イザークの突飛な行動に面食らった俺は奴の狙いに気付くのが遅れてしまった。奴は……自ら速度が乗る前の刀へ腕を突っ込むことで、両断されることを防いだのだ。

 それはあの瞬間に取れる行動の中でも最適解に近い。この戦闘……いや、今後の人生で二度と腕が使えなくなるかもしれないリスクと引き換えに奴はこの絶好の間合いを引き出していたのだ。


「しまっ──」


 慌てて刃を引こうにも、もう遅い。

 次の瞬間、俺の腹部にまるでボディーブローのようにイザークの手刀が叩き込まれた。そして……


 ──バンッ!


 と、まるで風船が破裂するかのような音を立ててイザークの左腕が俺の胴体を貫通した。ビチャビチャと俺の背後に放射状に飛び散る真っ赤な血。衝撃にあばらが何本も折れたのを感じる。


「……チッ」


 その結果にイザークは忌々しげに舌打ちをして見せた。

 己の左腕……俺の左手がぎりぎりの所で届いたその腕を見ながら。

 イザークの手刀が決まる寸前、俺は何とかその手刀を掴み速度を殺すことに成功していた。成功した、というには余りにも酷いダメージを食らってしまったがそれでもまだ……死んではいない。


「……あ、甘いぜ」

「ハッ! 死にぞこないが強がってンじゃねェ!」


 強がる俺にイザークは吼え、左腕を俺の体から引き抜いた。そして、奴も右腕のダメージが酷いのか、動かない右腕を庇うように後退する。もともとの疲労も合わせて動くのがやっとといった様子のイザーク。しかし、その様子を見ても今の俺には戦況的優位を感じられるような余裕は微塵も残っていなかった。


 イザークの手前、強がっては見たものの実際は立っているだけでやっとの状態だ。イザークの右腕が俺を貫いた瞬間から、まるで体から生気を根こそぎ奪われたかのような倦怠感に俺は苛まれていた。


(くそっ……傷の治りが遅い)


 風穴を開けられた腹部。権能を発動している今、通常なら即座に埋まる程度の傷口だ。だというのに、今回ばかりは遅々として進まない回復に俺は焦燥感を隠せずにいた。


「……はっ、いいザマじゃねえかクリス。いい加減諦めて死んだらどうだ」


 イザークの嘲笑が耳に届く。

 それが挑発的な意味を持っているのだとしたら……大成功だよ、ちくしょうが。今の俺は見事にはらわた煮えくり返っている。冷静でいようと努めてはいるがイザークに対してはどうにも感情が抑えきれない。


 不思議な気分だった。ヴォイドに対しての感情にも似たこの激情。これは怒りなのだろうか? 自分の感情すらも良く分からなくなってくる。後でアネモネに確かめてもらうのがいいかもしれないな。


 だけど、その前に……

 コイツだけは──ここで殺す。


「……随分といい目をするようになったじゃねェか! 気持ちいい殺意だぜ、オイ。一体何人殺せばそこまでドス黒い殺意が持てるようになるんだ? 教えてくれよ、クリス」


「……うるせぇ」


「今のお前を奴らが見たらなんて言うんだろうなァ。あいつ等はお前を慕っていた。それはお前が優しかったからだ。このクソみたいな世界で唯一と言ってもいい、優しさを持った人間だったからだ」


「……黙れ」


「だってのにお前は変わってしまった。平気で人を殺せるような外道にな。今のお前を見たらきっとあいつ等は失望するだろうなァ」


「黙れっつってんだ!」


 イザークの挑発にどうしても心が揺れてしまう。怒りをぶつけずにはいられないのだ。きっとそれは奴の言っていることが事実だから。そして、それを俺は認めたくないのだ。


「この世界には最早未来なんて残っちゃいねェ。だったら早い内に終わりにしたほうがいいだろう? なァ、クリス……」


 フラフラと、すでに頼りない足取りで俺へと近づくイザーク。


「そろそろ決着を付けようぜ」


 そう言ったイザークの左腕に黒のメテオラが集中していくのが見える。奴はここで全てを終わりにするつもりなのだ。


「お前の祈りがオレを上回ったってのは認めてやるよ。だけどな、この勝敗まで譲ってやるつもりはねェ。恨むンなら守ることしかできないテメェの祈りを恨むンだな」


「……は、ちょっと優勢だからってもう勝ったつもりかよ」


 俺の体はすでに動けるような状態ではない。 

 だが、それでも、しかし。


(コイツにだけは……負けたくねえんだよ)


「う、おおおおおおおおおおおッ!」


 四肢に気合を込める、極限の想いを全身に注ぎ込む。

 そうして構えるのは慣れ親しんだ必殺の構え。右手を腰だめに構えた俺にイザークは全てを察したらしい。三間程度の距離を置き、俺とイザークは鏡写しのように同じ構えを見せ合っていた。


「これでようやくテメェを殺せるぜ、クリス」

「ほざけ。ここで死ぬのはお前だ、イザーク」


 お互いこれを最後の一撃と見定め己の祈りを、想いを、権能を注ぎ込む。

 白銀と漆黒。

 対極に位置する二つの権能が最高峰の輝きを放つとき──


「ラァァァァァァァァァァァァァアアアアあああああッ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォッ!」


 二つの極点がお互いの未来と望みを賭け、激突した。

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