「黒の権能」
イザークの権能は全てを奪い取るメテオラだ。それは命であろうとも例外ではない。触れた瞬間に勝負がつくその決定力は数ある権能の中でも随一の攻撃力だろう。
そして、その権能は彼の拳に触れた瞬間にあらゆる力を己の物へと転化する。それは俺の魔術であろうと斬撃であろうと同じこと。それは彼の持つ絶対防御の現われでもあった。
「……ッ!」
眼前を通り過ぎる黒い斬撃を身を捻ってかわす。
荒れ狂う暴風のように斬撃が飛び交う戦場を作り上げるのは二人の転生者。つまりは俺とイザークだ。
花一華により繰り出す斬撃を全て跳ね返され、一方的な攻撃が続いている。俺の権能は発動したところで攻撃力はないのだからこうして劣勢に立たされるのはある意味仕方がない。
アダムに対しては権能の相性から勝つことができた。しかし、俺の権能では他の転生者には勝つことができない。それは揺らぐことのない現実だった。
「くそっ!」
悪態を吐かずにはいられない。それほどの劣勢だった。
イザークは超近接型のファイターだ。俺とは戦いの間合いが違う。なればこそ、戦況的優位を築くためにもまずは何とか距離を稼ぐことが肝要になる。
「燃え盛れ──《デア・フレア》!」
攻撃というよりは視界を封じることを目的にした火系統の魔術。バチバチと燃え滾る炎は壁のように俺とイザークの間に立ちふさがる。常人ならばこれで逃げ切ることもできるだろうが、相手はイザークだ。時間稼ぎになるのかすらうも怪しい。
だからこそ、
「背後へ回れ──メテオラ」
俺は即座に次の手を打った。
簡易的な瞬間移動だが、炎の壁で姿を消したあのタイミングならまず気付かれまい。一瞬で変わった視界にイザークを押さえ、ほくそ笑む。これで……
「やれると、思ったか?」
「────ッ!?」
聞こえた声は背後から。
即座に振り返る俺に必殺の一撃が降り注ぐ。
「ぐっ、ああああああああああッ!」
地面が爆ぜる。
空気が軋む。
絶対的強者として君臨するイザークの一撃に吹き飛ばされながら俺は目を疑う。
(イザークが……二人だと?)
困惑する俺にさきほど攻撃を仕掛けたほうのイザークが駆け寄ってくる。迫る追撃に俺は即座に反転し、家屋の壁へと逃げる。そして、もう片方のイザーク、俺が背後を取ったイザークに動く気配がないのを見てさきほどのトリックにも察しが着いた。
つまりイザークは俺がメテオラを使って騙まし討ちを試みたように、メテオラを使って囮を設置していたのだ。単純だが、タイミングが神がかっている。狙ってやるには俺の思考を完全に読んでいなければ不可能だ。
「魔術で視界を奪い、背後に回る……ソレはもう知ってるぜ!」
面白そうに、楽しそうに笑顔を浮かべるイザークが吼える。
俺とイザークが一対一で戦うのは初めてのことだ。だというのにこの動き……まるで何度も俺と戦ったことがあるかのようだった。
「お前、一体何を……」
「ほらほらほらほら! ぼけっと突っ立ってんじゃねェ! 轢き殺すぞ!」
少しずつ加速するイザークの動き。段々ノッてきたようだ。
くそ……これだから戦闘狂は嫌いなんだ。嬉々として戦闘行為に身を投げる奴は人の話を聞きやしねえ。そんで止まるのは力尽きたときってんだから始末に困る。
(勘弁しろよ、こちとら病み上がりだってのに……)
ようやく一つの戦場が片付いたと思ったらすぐに次の災難が舞い込んで来る。いい加減、付き合いきれない。とはいえ、愚痴を言っても助かるわけでもない。このままイザークに殺されるのはまっぴらごめんだ。となると……
「……また無理をするしかない、か」
イザークの速度に付いていくにはこちらもそれなりに覚悟を決めなければいけない。俺は目の前の残敵を見据え──
「──流星光底ッ!」
渾身の一撃を放つ!
まるで流星のように周囲の空気を燃焼させながら迫る掌底に、イザークは笑みを浮かべる。
「ソレも知ってるぜッ!」
激突する拳と拳。まるで爆弾でも爆発したのかという衝撃が周囲に響き渡り、俺達の一撃は霧散した。いや……
「ぐッ……」
いささか以上に押し負けている。とんでもない衝撃が右手から腕、肩、そして背骨へと走り抜ける。その後に残る奇妙な違和感、腕の芯が抜けたような感覚に俺は悟った。
──右腕が逝かれた、と。
(まずいっ!)
そしてこの距離、完全にイザークの領域だ。
衝撃に押され、体勢の整ってない俺にイザークが右の拳を構える。
「喰らっとけ、これが──」
終焉の到来。その、刹那。
「──最後の拳だ」
始めてイザークが、悲しそうな顔を浮かべた気がした。
そして訪れたのはおおよそ人間が放てる衝撃を遥かに凌駕した一撃。ただの拳による打撃によって地形すらも変えてしまう、そんな天災めいた一撃の中。
──俺は最後の祈りを紡いでいた。
《星は永久に輝き、刹那に流れ堕ちる。人の生も同じなら。決して忘れはしないだろう──》
もしこの祈りが届かなければ俺は死ぬ。
それは俺の権能が、イザークの権能に届かなかったということなのだから。
必殺の権能に、再生の権能。対極的な効果を持つ権能がぶつかれば勝つのはより純粋に純度の高い祈りのほうだ。
つまり、より強い想いを抱いているほうが勝る。だが、その勝負はあまりにも一方に有利過ぎた。俺が祈りで負ければ俺は死ぬ。逆に俺が勝ったとしても、残るのは『何とか死ななかった』というただそれだけなのだから。
《──愛しい人よ、どうか隣に居させて欲しい──》
しかし、そんな圧倒的な不利な状況にあっても、俺は確信していることがあった。イザークの権能が奪われることを嫌うことからきている以上、原初の願望は防御よりだということ。下手すると彼は誰よりも保守的な考え方をする人間なのかもしれない。権能のあり方がその人の本質をより鮮明に映し出すと考えるのならそうなるのだ。
だから……
(同じ人種として……負けられねぇんだよッ!)
俺も逃げ続けた人種だからこそ、イザークの願いが痛いほどに伝わってしまうのだ。彼の一撃一撃からその想いが伝わってしまうのだ。
けど、ここは譲れない。
まだ俺には為さねばならないことがある。
そのためにも、まだ物語を終わらせる訳にはいかないのだ。
卑しい欲に連なる理。まさしく卑欲連理を体現したその願い。
《卑欲連理──永久に続く物語》
生へと執着するその心。
この世で最も醜い俺の願望が溢れ出した。




