「因縁」
殺気を放ち俺の正面で拳を構えるイザーク。地獄のような戦場を経験したから分かる。イザークは本気だと。
「おいおい、短い間とは言え一緒に旅した仲間をそんな目で見るなよな」
内心冷や汗を流しながら俺はイザークへと言葉を放つ。正直こいつと正面きってやりあうのは分が悪過ぎる。後ろにはカナリア達もいるのだから尚更だ。少しでも戦意を削ごうと話しかけたのだが……
「黙れ」
一言で俺の言葉を遮断したイザークは強い踏み込みと共に飛び込んできた。
「くっ!」
取り付く島もない。
即座に両手を構え、イザークを迎撃する。
手刀、腕刀、足刀とまるで本当の刀のように鋭い一撃を矢継ぎ早に繰り出すイザークの攻撃を両手を使って捌くが、体術で適うわけがないのは火を見るより明らかだった。
何とか腰の刀へと手を伸ばそうとするがそれすらも許されない猛攻。ガードする腕がジンジンと深い痛みを断続的に脳へと叩きつけるが弱音を吐いている暇はない。
俺は何とか隙が作れないかと、魔術の詠唱を試みたのだが、
「轟き、迸れ──」
「させるかよ」
声を被せたイザークの左手が俺の喉を掴み、発生を潰す。一瞬でも意識を魔術へと向けたせいだ。簡単に急所を取られた自分に毒を吐きたい気分だった。
「ぐ……う……」
ぎりぎりと俺を掴むイザークの力が強まっていく。少しずつ強くなる圧迫感に死を覚悟し始めたとき──
「クリスっ!」
視界の端で銀髪を揺らすアネモネがこちらに駆け寄り、
「その手を離せッ!」
明らかに怒気を込めた声と共にイザークへと襲い掛かった。
体格差を見れば明らかに不利なアネモネだが、その手の構えを見て分かった。恐らくすでにアネモネは権能を発動させているのだろう。彼女の持つ絶対領域は他者の侵入を許さない。
「チッ」
まるで見えない壁に押されるように身体を流されるイザーク。俺から手を離して距離を置いたイザークを警戒しながらアネモネが俺の元へと駆け寄ってきた。
「クリス、大丈夫?」
「ああ、何とかな。助かったよ」
短く言葉を交わし、俺はアネモネと共に再びイザークに対峙する。
その姿を見て、忌々しそうにイザークは眉を潜めている。こんなに機嫌の悪いイザークを見るのは久しぶりだ。
「……ったくよォ。なんでこう上手くいかねェもんかな」
愚痴を零すように吐き捨てるイザーク。
それは俺を取り逃がしたことに対する苛立ちとはまた別の要因が絡んでいるように思えた。何かもっと、深い……因縁に対する不満のように。
その姿には見覚えがあった。
荒々しく、まるで周囲に八つ当たりせずにはいられない子供が癇癪を起こしたかのようなその姿。そう……それはまさしく俺がイザークと始めてあったときの姿にそっくりだったのだ。
「……最近は大人しかったってのに急にどうしたんだよ」
「テメェにオレの気持ちが分かるかよ。何も知らない。何も覚えてないお前なんかによ」
「覚えていない? 俺が何を覚えていないってんだよ」
「はっ! それをオレの口から言わせんのかよ!」
イザークの言う覚えていないこと、というのが何なのか俺には検討がつかなかった。この場でイザークがなぜこれほど激情に燃えているのかその心当たりが全くなかったのだ。
「オレはよ……本当はお前に期待してたンだよ。お前なら、お前になら任せられる。そう思ってたンだよ」
まさに期待はずれ。落胆の感情を隠そうともせずその瞳に宿したイザークが俺を真っ直ぐに見つめている。昔から妙なことを言い出す奴ではあったが、ここまで会話にならないのは始めてだ。いい加減……イライラしてきたぞ。
「お前が俺に何を期待していたかなんて知らないけどよ、勝手に期待して勝手に落胆するってのはいくらなんでも理不尽すぎるだろ。少しは冷静に物を考えたらどうだ」
「フン、何も覚えてないってのは楽だなァ、オイ。地獄を作り上げた罪を忘れて、そこまで図々しくなれるってんだからよォ」
地獄を作り上げた罪……だと?
「……一体さっきから何を言っている」
「誰も覚えてない……いや、二人の例外を除いて誰も覚えていない世界の話さ」
イザークはそう言ってゆっくりと両手を構える。その手にゆらゆらと陽炎のように灯るのは漆黒のメテオラ。奴の強奪の権能だ。
「オレはいい加減、この狂った世界を終わらせてェんだよ。その為にも……クリス。悪いがお前にはここで死んでもらう」
「……意味分かんねえ」
「だろうな」
なぜイザークがそんなことを言い出したのか、なぜ俺の前に立って拳を掲げるのか俺には分からない。けど……そんなに戦いたいというのなら、是非もない。俺にだって奴に対する鬱憤はあるのだから。これまで同じ部隊ということで水に流していた全てを今、清算する。
エマの受けた仕打ち、屋敷での遺恨。それら全ての過去に決着をつけるべきときが来たのだ。
内心覚悟を固めた俺は、改めて刀の切っ先をイザークへと向ける。
「……俺達は過去に色々ありすぎた。結局いつかはこうなる運命だったのかもな」
「ハッ、それには同意しておいてやるぜ。元々肩を並べて歩くなんざ端っから無理な話だったンだよ」
俺とイザーク。
思えば出会いからして俺たちの道は分かれていたのだろう。共に歩いた今までの方が異常だっただけ。
だから……これはきっと運命なんだ。
転生者同士は戦う運命にある。いつか誰かに言われた言葉を思い出し、俺は意識をゆっくりと深く、重く沈めていった。
そして眼前の敵を見据えなおしたとき──
「行くぞ」
──俺は完成していた。
俺の刀とイザークの拳が交差する。
全ての因縁を払拭するための戦いが今、始まった。




