「命の重み」
前回投稿した際に、別作品の最新話を間違えてこちらで更新してしまいました。いきなり話が飛んでキャラも誰それ?っていうカオスになっていたと思います。いつかやりそうだなー、とは思っていましたがこんなにも早くやらかすとは……はい。本当に申し訳ありませんでした!
殺す。
敵は殺す。
一人残らず殺す。
慈悲も躊躇いもなく殺す。
「……敵は、排除しなければならない」
平穏を守るため。
日常を壊させないために。
俺が腕を振ると、目の前の兵士の首が飛んだ。
一体これで何人目だろう。血の匂いが当たり一面に充満する戦場で、俺は戦い続けていた。すでに意識も半分とんでいるようなものだ。俺はただ一つの機能を搭載した自動人形のように戦場を駆け巡る。
即ち、敵を殺す。ただそれだけの為に。
「ひ、ひいぃぃっ」
また一人、追い詰めた兵士が俺を見て恐怖をその顔に貼り付けた。
死が怖いのだろう。誰だってそうだ。俺だってそうだ。だけど……ごめんな。敵は見逃すわけにはいかないんだよ。
「死ね」
呆気なく命を散らす兵士に、命とはこんなにも軽いものだったのかと今更ながらに実感する。人間とは何て死に易い生き物なのか。数十年生きてきて始めて知った。
首から滴る血も、腹から溢れさせる臓物も、肉の剥がれた骨髄も。
何て壊れやすいものなのだろうか。
「クリス」
しばし思案に暮れていると、背後から声。振り向くとそこにはアネモネが立っていた。アネモネは俺と死体を交互に眺めた後、報告する。
「周囲の王国兵は全て殺したわ。残ったのは私達だけ」
「……そうか」
遂に、終わったのか。
長かった。永遠にも思える時間がようやく終わりを迎えたのだ。
そう思った瞬間に足元から力が抜けて、俺はその場に膝をついてしまう。慌ててアネモネが手を貸してくれたので、その手を掴み何とか起き上がる。
頭が痛い。今は少しでも早く眠りにつきたかった。
「大丈夫?」
「……いや、ちょっと疲れただけだ。帝国兵はどこに集まっている?」
「中央広場。だけどクリスは少し休んだほうがいい」
「大丈夫だって。それにこんなところで休むより帝国兵がいるところのほうがまだ休めそうだしな」
ちらりと周囲に視線を送ると、何人もの死体が視界に写る。こんなところで横になるような気分には到底なれなかった。
「……そう。なら、こっち」
それから俺は重い足を動かしてアネモネに付いていった。無我夢中で駆けていたせいで自分が今、どこにいるのかも分かっていなかったからだ。
そうして辿り着いた中央広場、そこにはすでに結構な数の帝国兵が集まって思い思いに過ごしていた。リラックスするもの、談笑するもの、戦果を誇るもの、頭を抱え疲れた表情を見せるもの、様々だ。
しかし彼らのほとんどは俺が姿を見せるや否や、立ち上がってこちらに手を振ってきた。生き残ったことを喜び合うのとも少し違うその感じ。何事かと思っているとアネモネが耳打ちしてくる。
「彼らの中には貴方に助けられた者も多くいる。貴方の活躍は目覚ましかったから、皆興奮しているのだと思う」
なるほど。
改めて見れば、彼らの視線に、確かに賞賛や感謝の念が混じっているように思える。それは嘗て、イワンを殺したときに村人達から送られたものと全く同じ種類の視線だった。
イワンを殺し、俺は賞賛された。
クリスタを生き返らせて、俺は放逐された。
そしてまた、敵を大勢殺したことで俺は再び賞賛されている。
そう思ったとき、俺の心はすっ、と氷か何かを詰め込まれたかのように冷えていくのを感じた。送られる視線の全てが気持ちの悪い汚物にしか感じられなくなってしまったのだ。
何が正しくて、何が間違っているのか。
今の俺にはそれを判断するだけの思考力が残っていなかった。
「いやー! 良かった、貴方が生き残ってくれて」
「レオナルド様のことは残念だったけど、この戦いは俺達の勝利だ。レオナルド様もきっと喜んでいらっしゃるに違いない」
「やはり王国兵は奇襲することしか能のない出来損ないの集まりだったんだよ。俺は最初から帝国が勝つと分かってたね」
べらべらべらべら、聞きたくもない賞賛や勝利に酔いしれた台詞が耳に届くたび、俺の中に苛立ちが募っていた。こいつらはこの状況を喜んでいるのだ。確かに、彼らは生き残り勝利した。だが……その影で一体何人の人間が死んだ?
そのことを全く勘定に入れていないかのようにはしゃぐ彼らに、俺はいい加減我慢の限界だった。
「……アネモネ、行こう」
「いいの?」
「ああ」
もうここに俺の居場所はない。
元々レオナルドに誘われて入った第五大隊だ。彼女がいなくなった以上、ここに留まる理由はない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
俺が背を向けて立ち去ろうとすると、一人の男が引きとめた。
その男の顔には見覚えがあった。確かレオナルドからエスターと呼ばれた者だったはず。俺は若干苛立ちを含んだ声で尋ねた。
「何だよ」
「い、いや……アンタはどこかへ行っちまうのか?」
「…………」
「アンタほどの力を持っているならすぐにでも隊長格になれると思う。大隊長も死んじまったし、今は少しでも戦力が必要なんだ。もう少し、この隊にいてはくれないか?」
エスターの提案に、俺はほとほと呆れかえっていた。
俺がこの隊に入るとき、彼は猛烈に反対していた。それをレオナルドに説得される形で引き下がったというのに……レオナルドが死んだ途端にこれだ。結局こいつ、いやこいつ等は誰かに引っ張ってもらうことでしか前に進むことが出来ない人種なのだろう。
こんな奴らを任されていたレオナルドには同情を禁じえない。
「どうだろうか?」
仮面で表情が隠れているためか、そんな暢気なことを口にするエスター。もしも俺の顔を直に見ていたら今すぐに回れ右していたことだろう。
だから、
「失せろ」
俺はただそれだけ告げてやる。
「え?」
「失せろ、と言ったんだ。俺の視界に入るな、目障りなんだよ」
俺の罵倒に、ぽかんとした表情のエスター。
俺は今にも殴りかかってしまいそうな感情を殺して帝国兵に背を向ける。
歩き始めた俺達に、もう止めようとするものはいなかった。
止まることなく歩き続ける俺に、アネモネが再び「いいの?」と疑問の声を投げかけるが、俺はそれに答えることもなく歩き続ける。
俺には為さなければならないことがある。
そのためには立ち止まることなんて許されない。
「……止まらないんだ」
「え?」
「感情が抑えきれない。こんな気分になるのは……初めてだ」
高揚とも違う、達成感とも違う。
この胸中を占める感情が何なのか。その答えを俺は知らない。
だが、為すべきことなら見えている。
「アネモネが寝返ったことでヴォイドは強硬手段に出るかもしれない。そう考えるならゆっくりとは出来ないはずだ」
ヴォイドも手傷を負っているからすぐにどうこうという問題ではないだろうが、それはこちらも同じこと。休養を取り次第、次の目的に向けて動き出すべきだろう。
つまり……
「ヴォイドを……殺す」
口に出すことで覚悟をより一層深いものへと沈めていく。
次は躊躇わないために。
「アネモネ、付いてきてくれるか?」
ただ一人、俺と共に歩む少女に手を差し出す。
もしかしたらこの手を取ってはもらえないかもしれない。そんな不安も一瞬のこと。
「貴方が望むなら」
重ねられた手に、アネモネがはっとした表情を見せる。
しかし、前を向いていた俺はそのことに気付くことはなかった。
「さあ……そろそろこの戦いを終わらせよう」




