「とある妖刀の話」
あるところに一本の刀があった。
それはそれは美しい刀で、誰もがその刀を持って褒め称えた。
あらゆる人間が手に取り、刀はその役割を果たした。つまり、何人もの人間を殺した妖刀へとその存在を変質させていった。
当時、その国ではまだそれら化生を『九十九』と呼んでいた時代。九十九、転じて付喪神。つまりは喪が憑いた存在。それはそう言う存在だった。
行灯の油を舐めた猫が化け猫へ変化するように、その刀も数多の怨念を集め、化生へと変化した。その際に、刀は名前を得た。漢字で書くと恐ろしく、読みだけ見れば可愛らしい。そんな、名前。
心を持った刀は、自身に触れる持ち主の心が分かるようになっていた。
それはどこまでもドロドロとした怨念の塊。
金、女、地位、名誉、快感。
それらを求めて、人々は刀を振るった。
刀はそれら持ち主の言うがまま、刃を振るった。
そこに選択肢なんて存在しなかった。刀は刀。ただ持ち主の言うとおりに動くことしか出来ない操り人形だ。木偶というのならまさにそれ。刀は次第に他者を疎ましく思うようになっていった。
それこそが、拒絶の始まりだったのだ。
どいつもこいつも気持ちの悪い泥のようなものだった。
止めろ、そんな汚い心で私に触れるな。
──お前ら皆、キモチワルインダヨ。
結局、『彼女』はそんな拒絶の心を持ったまま、その刀身を折った。
刀にとっての絶命。
嗚呼、これでやっとこの地獄から開放される。
今際の際に思ったのは、そんな安堵だったという。
そして──その刀は転生者として、この世界に生れ落ちた。
「何人もの人間を殺した妖刀、それが私」
「…………」
想像に絶するアネモネの前世、俺はその話を聞いて何も言えなくなってしまっていた。
元々刀だったものが、神変を得て化生となる。そんな付喪の話は日本でも聞いたことがある。物に心が宿る。そんな有り得ない話を、俺は一笑に付すことがどうしても出来なかった。
「だから私は一本の刀。人間ではない」
断言するアネモネ。
物に心があるのか。
人に心があるのか。
俺にはそれらの問いは同じことのように思えた。だから……
「お前は人間だよ、アネモネ」
何度でも、その言葉を告げてやる。
「……私の話を聞いていた?」
「ああ、聞いてたさ。その上で言ってやる。お前は馬鹿だ」
一体アネモネが何を悩んで、何を悔やんでいるのか、俺はアネモネではないから分からない。人は人を理解できない。だからそれは当然のことなのだ。
「お前はカナリアのことを想って行動していた。それに、嬉しい話だが俺のことも少しは気にかけてくれてたみたいだしさ」
「少しじゃない」
「お、おう。そうか……」
何かそこで断言されると滅茶苦茶恥ずかしいのだが……まあ、いい。
「その誰かを想うってことはさ、ただの刀には出来ないことだと俺は思う。そういう感情ってのは人間しか持ち得ないものだ」
「……私だって元々はただの刀だった。感情は後から憑いてきたに過ぎないモノ」
「それは人間だって同じだ。知ってるか? 狼に育てられた人間は、まるで狼のように成長してしまうんだってよ。それなら人間の感情だって、元々は備わっていなかったってことになる。誰だってそうなんだよ、アネモネ。悩んで、苦しんで、そんで最後に笑うんだ。そうして始めて人間は感情を得る」
「……感情を、得る」
「俺はそう思っている。お前は元々刀だったからそう言う風に思うのかもしれないけどさ、過去の陰にいつまでも追われるのは馬鹿のすることだ。前世は終わって、今は現世を生きているんだからよ」
「……そこまで割り切れるのはクリスくらいのもの」
「かもな。だからこそ、俺は転生者としては異色なんだろうぜ。けど俺はそれで良いと思っている。人類の多様性……皆が皆同じ人間だったらこの世界はつまんねえだろ?」
だから、と。俺はアネモネに言い聞かせるように告げてやる。
……刀はとっくの昔に、下ろしていた。
「俺はお前みたいな『人間』がいても、良いと思うぜ」
「…………クリス」
じわりと、その瞳に涙を浮かばせるアネモネ。隠す素振りもなく、涙の川を作るアネモネを前に、俺は何だか嬉しい気分だった。やっとアネモネと、分かり合えたような気がして。
「お前が今まで我慢してきた分、俺も頑張るからさ。お前が抱えられないってんなら、お前も、カナリアも、皆も、俺が守ってやる」
「……二本しか腕が無いのに?」
「ああ。俺は男だからな。力持ちなんだ」
俺がそう言うと、アネモネが声を出して笑った。
その可愛らしい笑い声に、アネモネはこんな風に笑うんだな。なんて、そんな風に思った。
「……クリスはたまに嬉しいことを言ってくれるから……困る」
「何で困るんだよ。そこは素直に喜んどけ」
「……うん。今度から、そうする」
最後はなあなあな感じになってしまったが、こうして俺達の戦いは決着した。終わり方はグダグダでも、結果は最上。そればどんな勝利よりも得がたいものだろう。
刀を鞘に納めた俺を前に、アネモネがすっ、と膝を折りその場に座り込んだ。いや、座り込むというよりはひざまずくといったほうが近い。一体何をしているのかと思うと、
「……私はこれよりヴォイドの指揮を離れ、クリスに付き従います。貴方を我が主と定め、剣を振るいます。どうか、存分にお使いください」
「いや、お使いくださいって……」
何の冗談だと思いたくなるような文言を言い放ったアネモネ。しかし本人はいたって真面目な表情で、その所作も様になっているのだから文句も言いにくい。
ただ……
「アネモネ。自分のことを物のように言うのは止めろ。お前は人間なんだから」
その点だけは譲れなかった。
人間を、使うだなんて普通は言わない。
「分かりました」
「あと、敬語止めて。気持ち悪い」
「……分かった」
よし、これで元のアネモネだ。
「……これからどうする? クリス」
「レオのところへ戻る。ヴォイドはびっくりするだろうな二対二が気付けば三対一になってんだからよ」
しかし、これで戦況的には五分以上……恐らくひっくり返っていることだろう。勝てる。この戦争は勝てる。そんな確信が、俺にはあった。
それから急いで俺とアネモネは元いた場所に戻った。ヴォイドとレオナルドを探してのことだ。元の場所から少し移動した路地、その路上に二人はいた。
……そして、丁度決着がついたところのようだった。
到着した俺達をヴォイドが振り返って、確かめる。
その右手には……
──首だけとなった、レオナルドの頭部が握られていた。




