「マスク・ザ・クリス」
「それで? これからどうするんだよ、レオナルド」
「とりあえず黙って付いて来い。それと、俺のことはレオと呼べ」
太陽が顔を覗かせて間もない時間帯。俺たちは戦いの疲労から体を引きずるようにしながらレオナルドの案内で移動を続けていた。
「実を言うとヴォイドの居場所はすでに掴んでいてな」
「へー……って、え!? マジか!?」
「ああ、マジだ。ヴォイドは今とある廃村に王国近衛兵を連れて潜伏している。第二陣の準備を整えてるってところなんだろうな。奴らが動き出す前に何としてでも強襲したい。今俺たちはその為の兵を募っているところだ」
先日のヴォイド達の侵攻により、帝国軍は甚大な被害を受けた。そのせいで現在帝国軍は兵力不足に陥っていると言う。
「だからお前みたいな強い奴は大歓迎ってわけだ」
「そういうことなら俺も力を貸すのはやぶさかじゃないけどよ……大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「勝てるのかってことだよ。悔しいが、ヴォイド達は強いぞ」
単純な戦力比の話。
前にイザークと話したことがあったが、その時には帝国側有利だろうと思っていた。それなのに蓋を開けてみればこの結果だ。あれから更に兵が減った状況となれば自然と戦力比は怪しくなる。
「まあ、な。それは確かにあるけどよ、絶対に勝てる戦争なんてねえんだ。死ぬ覚悟なら皆出来てるだろうよ。それに、このまま黙って敗北を受け入れるなんざ死んでも御免だ」
逃避を魂の敗北と捕らえるレオナルドにとって、この状況は絶対に退くことが出来ない場面なのだろう。彼の語った師匠の信念と同じように。
「そろそろ着くぞ」
歩くこと半刻ほど、レオナルドが俺を連れてきたのは俺にとっても馴染み深い場所だった。
「……グレンフォード」
かつて俺が活動拠点としていた場所。
その真っ白な建物は、記憶の中のものとは大きく変わっていた。
白く聳え立っていた外壁は穴が開いていたり、真っ赤な染みが華を咲かせていたりと、戦争の爪痕を感じさせた。馴染みある場所の変わり果てた姿に、思わず呆然としていると、
「どうした? 中に入るぞ?」
俺の態度に首をかしげるレオナルドが急かしにきた。
「入るって……グレンフォードにか?」
「それ以外何があるってんだよ」
「いや……実はさ」
俺はレオナルドに俺が元々軍人だったことを話した。それからヴォイドを追うと決めた際に、その部隊から何も言わず離れたことも。軍務違反を犯した俺はすでにただの犯罪者として手配されていることだろう。
中に入るとき、門番に顔を見られるだけでまずいことになるのは確実だった。
「ふむ……そうか」
「ああ、だから俺は中には入れない」
俺がそう言って同行を断ると、レオナルドは顎に手を当てて何事か考え出した後、「よし、だったら」と手を打って俺ににやりと笑いかけた。
「ちょっと待ってろ」
レオナルドはそう言って、止める暇もなくグレンフォードの中に入っていった。それから少しして、レオナルドはグレンフォードの正門から、とあるブツを手にして戻ってきた。
「……なんだよ、それ」
「仮面だが、何か?」
「それで一体どうしろと?」
「付けろ」
ただ一言、それだけ言ってレオナルドは俺にその仮面を手渡してくる。
真っ白な表面に、右目部分にだけ穴が開いているその仮面は、三日月型に薄く裂けた口元が笑っているように見える不気味なものだった。正直言って、趣味が悪い。
「本当にコレを被るのか? 付けると呪われそうなんだけど」
昔見た映画でそんな話があったのを思い出しながら、俺はその仮面をいやいや受け取る。
「仕方ねえだろ。顔が見せられねえんだから」
というかそもそもこんな不気味な仮面を付けた奴が通れる訳がない。
……と、思っていたのだが。
「……何か普通に通れたな」
「だから言ったろ、大丈夫だって」
レオナルドに唆され、恐る恐る面をしたまま門番のところへレオナルドに付いて行ったのだが、特に何を言われるでもなく通ることが出来た。
「これでも俺、結構偉いからな。つーかクリス、軍にいたのに俺のこと知らなかったのかよ」
「実質一ヶ月程度しかいなかったようなもんだからな。隊のメンバー以外になると顔も名前も分からねえよ」
流石にグレン元帥の顔までは間違えないが。その他となるとさっぱりだ。
「なあ……それならお前の顔を知っている奴もほとんどいないってことだよな? 顔隠す意味、あったか?」
「…………あ」
言われてみればそうだった。
「お前、意外と馬鹿なのな」
「い、いや万が一にもバレる訳にはいかねえんだから顔隠す意味はあるって」
「ふーん。ま、そういうことにしとくか」
くそ……こんな明らかに頭悪そうな奴にそんなこと言われるなんて……。
「そろそろ着くぞ」
レオナルドが案内した先、そこは一つの大部屋だった。
『第五大隊・作戦室』
そうプレートの張られた部屋に、悠々と進んでいくレオナルド。両開きの扉を開いた先に待っていたのは……数百以上の軍人たちだった。
余りの人数に、思わずたじろぐ。中に居た全員が入ってきた俺たちに注目しており、その中の一人の男がレオナルドを発見するや否や駆け寄ってきた。
「遅刻ですよ、大隊長」
「悪ぃ、ちっと野暮用があってな」
「僕は構いませんけど……そちらの方は?」
「ああ、コイツな。今日から俺の副官にすっから。手配よろしく」
「なっ!?」
驚いた様子の男。
しかし、安心して欲しい。俺も初耳だ。
「ちょっと、いくらなんでも突然過ぎませんか? こんな時期に突然副官だなんて……」
「『こんな時』だからだろうが」
男の言葉をぴしゃりと跳ね除けるレオナルド。
「お前ら全員よく聞いとけ! 今最も必要なのは格式高い軍人ではなく、戦力となる戦士だ! 生きるか死ぬかの瀬戸際に細かいことを気にしてんじゃねえぞ!」
レオナルドの言葉に、男も、それ以外の者も反対の声を上げることが出来なくなった。たった数秒でその場を完全に支配するその存在感。まさに大隊長に相応しい貫禄だった。
……というかコイツ、大隊長だったのかよ。そりゃ強い訳だ。
帝国にたった五人しかいない大隊長。その一人がコイツというのなら、路地で見せたあの戦闘力も頷ける。
「しかし大隊長、その仮面の者は信用に足る人物なのですか? それに、突然やってきた者を隊に入れるのはチームワークの面でも不安が残ります」
「それなら安心しろ、コイツは俺の右腕として使う。お前らに迷惑はかけねえよ」
「しかし……」
「ああもう黙れ、エスター。俺は良いと言っている」
「……分かりました」
エスターと言うらしい男の忠言を一声で黙らせるレオナルド。
つーか黙れって……ヒドイな、おい。もう少し丁寧に接してやれよ。
隊長は隊長でも、人によって違うということがよく分かる一幕だった。
「それと先に言っておくが……こいつは俺より強いぞ」
俺を指差してそう言ったレオナルドの言葉に、にわかにざわめき始める室内。
というか、
「おいレオ。あんまり目立つようなことはやめてくれ」
正体がばれるのもそうだし、そもそも俺は注目されることに慣れていないのだ。
「別にいいだろうが。そんな面つけてたら嫌でも目立つ」
「そりゃそうだけどよ……」
何だかんだで言い含められている気がする。
いつの間にかレオナルドの副官になることも決定しているようだし。
……どうして人生ってのは思うようにならないのか。それとも俺がそういう星の元に生まれてきているというのか、もしそうなら恨むぞ、神よ。
こうして俺は川の流れに身を任せる大木のように、レオナルドに言われるがままレオナルドの副官として活動することとなった。




