「結束」
俺とレオナルドの激突から、どれだけの時間が経っただろうか。
月が燦然と輝く真夜中から数刻。朝日が顔を覗かせる時間になってようやく俺たちの戦いは終わりを迎えていた。
「……参った。俺の負けだ」
敗北を認めたのは……レオナルドだ。
息を若干荒げている他には特に傷を負った様子もない彼だが、あっさりとした態度で己の負けを宣言した。両手を挙げて降参のポーズを示すレオナルドに、俺も刀を鞘に返して休戦の意思を示す。
先に負けを認めたのはレオナルドだが……正直、勝ったという実感がこれっぽっちも沸いてこない。向こうは無傷だが、こちらは何度も傷を負ってしまったからな。それも権能で治したとはいえ、そんな反則じみた力で勝っても勝利の余韻なんて味わえるわけがない。良いところ引き分けだろう。
「ははっ、楽しかったな!」
さきほどまで殺し合いをしていたというのに、笑みを浮かべるレオナルド。
ふぅ、とため息をついてその場に腰を下ろしたレオナルドはちょいちょいと片手で俺を呼ぶ。
「少し、話をしようぜ」
「……分かった」
俺も、聞きたいことはあるからな。
俺はレオナルドの近寄って、向き合うように腰を下ろす。
「負けを認めた以上、質問の権利はお前にある。だけどその前に一つだけ……名前を教えちゃあくれねえか?」
そういえばレオナルドの名乗りを無視したんだったな。
教えて何か問題があるように思えなかったので、答えてやる。
「クリスだ」
「クリス、ね。俺はレオナルドだ。よろしくな」
「それで、お前の聞きたいことってのは何だったんだよ」
レオナルドが二人の男をけしかけたのも、俺に聞きたいことがあったからだ。その話の内容がずっと気になっていた俺はレオナルドに問いかけたのだが、
「おいおい、俺の質問なんてどうだっていいだろう。俺は敗者だ。もうお前に問う資格なんてもっちゃいねえよ」
「敗者って言われてもな……俺だって自分が勝ったなんて思っちゃいねえんだよ」
俺の胸に渦巻くこの感情は無力感だ。
俺の権能は『生まれ直す』ことを主軸に置いて体を元の状態に復元できる。
自分には出来ないことを、俺は次の自分に丸投げして生を掴み取っている。それは今まで散々言われてきた俺の逃避癖の象徴でもある。俺のこの醜い習性は、魂にまで刻まれてしまっているのだ。
だから……これは勝利などではない。
この戦いで幾度となく殺されていった『俺』の果てに、今の俺が立っているだけだ。
だと、言うのに……
「それは違うだろ」
目の前の男、レオナルドは俺の言葉を真っ向から否定した。
「違う、だと?」
「何を卑屈に考えてんだか知らねえけどよ、お前は俺の勝った。確かにな」
「…………」
「348回」
「……は?」
「だーかーらー! 348回、お前が立ち上がった数だよ」
やれやれと言いたげな態度で、レオナルドは言葉を続ける。
「確かにお前の攻撃は一撃も俺に入らなかった。それは事実だ。だが、お前はそれでも立ち上がったじゃねえか」
「それは……俺にはそれしか出来ないから……」
「それが出来るって時点で、お前は強いよ。クリス」
予想もしていなかった言葉。
俺は自分が強いだなんて思ったことは一度もなかったから、そのレオナルドの言葉は不思議な感覚を俺の心中に与えていた。
「その鋼の信念を胸に、魂を燃やせ……俺の師匠が最期に残した言葉だ。今時笑っちまうような熱血漢でよ、『魂が敗北せぬ限り、肉体の敗北など思慮にもかけぬ』なーんて言ってよ、格好つけてやがったんだ」
最期……つまりはすでに故人なのであろう、しかし、その声に一切の悲嘆を滲ませることなく、その師匠とやらを実に楽しげな様子で語るレオナルド。
「結局師匠は誰にも理解されねえ内に死んじまった……けどよ、俺は師匠の言った言葉に、嘘なんてねえって信じてる」
魂が敗北せぬ限り、肉体の敗北など思慮にもかけぬ。
その言葉は……余りにも綺麗ごとに過ぎるだろう。
魂なんて目には見えない不確かなモノを尊び、今ある現実を受け入れない『逃避』の考え方だ。
「……分かるよ、お前の言いたいことも。師匠は態度ばっかりでかくて余り強いほうじゃなかったからな。そうでも言ってなきゃやってられなかったのかもしれない」
けれど、それでもと、レオナルドは己の右胸、心臓の位置に拳を押し付け、語るのだ。
「魂は在る。それを覚悟と呼ぶか、信念と呼ぶかは人の自由だけどよ。想いってのは必ずソイツの力になると俺は信じている」
それはどこまでも根性論な理屈だった。いや、理屈とも呼べないただの妄言だ。けれど……俺はレオナルドの言葉を否定することが出来なかった。
「お前は立ち上がった。それは魂が敗北を、逃避を許さなかったからだ。俺はお前の強さに敬意を払おう。クリス、お前は強い」
言い聞かせるように、レオナルドは俺に言う。
「お前にも引けない事情ってのはあるんだろうよ。目を見れば分かる。そういう目をしている奴を俺は何人も見てきたからな」
「何を……」
「復讐。お前の目的はそれだろう?」
レオナルドに指摘され、俺は言葉に詰まる。
「俺もヴォイドには恨み……というか遺恨があってな。どうしても倒さなくちゃいけねえんだ。だからクリス、力を貸しちゃあくれねえか?」
すっ、とヴォイドは俺に向けて手を伸ばす。
先ほどまで殺し合いを演じていた相手に向けて、だ。
「何で俺なんだよ」
「お前が気に入ったからだよ。それ以外に理由なんてねえ」
「…………」
それこそ意味が分からない理由だった。
出会ったばかりでろくに会話も交わしていない相手をこいつは仲間に加えようとしているのだ。素性も知れず、妙な力を使う俺なんかを……。
「……分かった」
悩んだのは、一瞬だった。
俺は右手を出し、レオナルドの手を掴み返した。
「よろしくな、クリス」
「……あ、ああ」
なぜその手を掴んだのか、俺自身よく分かっていなかった。
ヴォイドを追うために、全てを捨ててきたと言うのに。俺はレオナルドの手を掴んでしまったのだ。誰かと親しくなることは傷を増やす行為だと、分かっていたのに。
笑みを浮かべるレオナルド。
その繋がれた手を、朝日だけが照らしていた。




