「クリスとレオナルド」
向かい合う俺とレオナルド。
その最初の一歩を先に踏み出したのは……レオナルドだった。
まるで爆発したかのような勢いでレオナルドが地面を蹴り、こちらに肉薄してくる。素手のレオナルドを刀の間合いの内に入れるわけにはいかない。
俺は振りかぶり、横殴りに刀を振りぬいた。
ヒュッ……キィン!
「なっ!?」
しかし、その斬撃はどういう訳か金属にでも殴りかかったかのような衝撃を俺の手に反射していた。
「オラ、行くぜ」
俺の斬撃を『生身』で弾いたレオナルドが迫る。
振りかぶるのは右の拳。
刀を弾かれたことで動揺していた俺の腹に、まるでハンマーか何かのような衝撃が襲い掛かった。
「────ッ!」
視界が回転する。
俺は余りの衝撃に吹き飛ばされ、建物の外壁に激突した。
「が、は……ッ」
肺から空気が吐き出される。
それは人が単に殴った衝撃とはとても思えなかった。それこそトラックに轢かれた方がまだ軽傷で済むだろう。
「くっ……」
まだだ。
まだ終わっていない。
視界にはこちらに迫るレオナルドの姿が写っている。
楽しげに笑みを浮かべ、拳を固めているレオナルド。
あんなものをもう一度でも受けてみろ。今度こそ粉々にされちまう。
集中しろ。殺さず捕らえるだなんて、一旦忘れるんだ。
「……燃え盛れ──《デア・フレア》!」
俺は息を整え、その呪文を発した。
手から再び紅蓮の炎が巻き起こり、その全てが放射状にレオナルドに迫る。
「それはさっき見たぜ!」
レオナルドは目の前に炎の壁が迫っていると言うのに、一切の躊躇なくその炎の中に飛び込んだ。
「なっ!?」
その余りにも無謀な突撃に、思わず声が漏れる。
しかし、驚くのはそれだけではなかった。
炎の壁を突っ切り、姿を現したレオナルドは……無傷だったのだ。
「オラッ!」
声を張り上げ、拳を振るうレオナルド。
防御することなんて最初から頭になかった俺は必死にその一撃を回避。
俺の背にあった壁に殴りかかったレオナルド。それで手が割れてくれれば話は早いのだが、そんなこともない。
ただ殴りかかっただけだと言うのに、壁はひび割れ大穴を外気に晒していた。
正直言って信じられなかった。
ここまでのレオナルドの戦い方が。
はっきり言ってレオナルドの戦い方に洗練された武術のそれを感じ取ることが出来ない。我武者羅。ただ、それだけ。
似ていると言えばイザークの戦い方に似ているかもしれない。しかしアイツと違ってレオナルドは防御や回避と言った選択を取らないのだ。
刃も通らず、魔術も効かない。
そして、その拳の一撃はとてつもなく強烈だ。
強い。
間違いなく、俺が出会ってきた敵の中でもトップクラスに。
「ははっ! 逃げてばっかじゃ勝てねえぞ」
まるで獲物を狩るハンターのように、俺に迫り来るレオナルド。
こんな狭い路地では不利。
そう判断した俺は近くの建物内に逃げ込むことにした。
ここら辺の建物はその治安の悪さから放置されたものばかり。多少踏み荒らしたところで問題はないだろう。
「追いかけっこか……そういうのも嫌いじゃないぜ!」
──ドゴン!
轟音が響いて、レオナルドが俺を追って建物に侵入してきた。壁をぶち破って。
扉があるんだからそっから入ってくればいいものを。
俺はレオナルドから逃げるため、二階への階段を駆け上る。
「ほらほら、逃げろ逃げろ!」
気分は完全に狐を追う猟人なのだろう。高らかに笑うレオナルドの声が階下から聞こえてくる。
くそ……完全に俺を格下に見てやがる。
(とは言っても、攻撃が決まらないんじゃそれも当然か)
レオナルドの不思議な防御力の高さ。
あの謎を解かない限り勝機はない。
俺がもっと広い場所に出ようと、屋外に出るため窓に近寄った時だ。
「オラ! 近道だ!」
レオナルドが勢いよく、床をぶち抜いて飛び上がってきた。
「ちっ」
逃げ遅れたが……これはチャンスだ。
レオナルドの体勢が整っていないうちに一撃いれてやろうと、刀を握り締めて再び切りかかるが……
「無駄だぜ」
今度は片手で刀身を握られる形で止められてしまう。
全力の速度で振りぬいた刀を生身の手で受け止めて、出血すらしないというのはどう考えても普通ではない。
「ほら、お返しだ」
空いたもう片方の手を握り締めたレオナルドは、その豪腕を持って俺の体を再び吹き飛ばす。
ガラスの割れる音と共に、背後の窓から弾き出される様に外に吹き飛ばされる。
体勢の整っていない一撃でこれか……出鱈目すぎんだろう、おい。
「がはっ!」
そのまま地面にしこたま体をぶつけ、激痛に呻く。
駄目だ。このままじゃ……負ける。
(…………負ける?)
余りのダメージに薄れかける視界の中、俺はそんな未来を感じていた。
(……また……俺は負けるのか?)
負ける。
敗北。
それが何を意味するのか、忘れたわけではない。
(そうだ……俺は……)
痛む体を押さえ、立ち上がる。
「二度と……負けるわけにはいかねえんだよ……っ!」
あんな思いはもう二度としたくないから。
今度こそ……大切な人を傷つけさせないために。
敵は──排除する。
「おお、中々頑丈な奴だな。二発も食らってまだ立てるのかよ」
二階から飛び降りてきたレオナルドが俺の様子を見て、嬉しそうな声を上げている。
認めよう。こいつは俺よりも強い。
でも……負けるわけにはいかないから。
俺は俺の日常を壊してでも、守らなければいけない人がいるから。
あのクソッタレの神に祈るのだ。
力を寄越せと。
「……なんだ?」
俺の雰囲気が変わったのを察したのか、レオナルドが不審の目を俺に向ける。
だが……もう遅い。
《星は永久に輝き、刹那に流れ堕ちる。人の命も同じなら。決して忘れはしないだろう──》
俺が望むのは永遠の平穏。
そんなものなんて無いと分かってはいても、願わずにはいられないのだ。
それはかつて、俺が手に入れられなかったものだから。
《──愛しい人よ、どうか貴方の為に死なせて欲しい──》
無理だとしても、不可能だとしても、諦められないから。
だから……どうかせめて、俺の愛する人達だけでも平穏の中で幸せになって欲しいから。
神格には至らないと言われた奇跡を、此処に顕現しよう。
《卑欲連理──永久に続く物語》
もう二度と……大切な人を失わないために。
もう一度、生まれ変わってみせよう。
「再生!」
白銀の光が俺を包むように辺りを照らし、傷を癒していく。
その様子を見て、レオナルドが神妙な顔で声を漏らす。
「そいつは……魔術か?」
「……似たようなもんだ」
すっ、と俺は再び刀をかざす。
さあ……第二ラウンドと行こうか。
今度は俺の番とばかりに、先んじて一歩を踏み出す。
再びの、激突。
闘争の宴はまだ、終わらない。




