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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「出会い」

 戦争の爪痕残る帝都の街中を、俺は一人歩いていた。

 ここまで来るのに随分かかってしまった。メテオラがもっと使えればいいのだが、残りの回数が少なくなってきた以上無駄打ちは出来ない。

 どうせ体の回復も待たなくてはいけなかったし、ちょうどいい休憩だと思うことにする。

 こうして一人の旅をするのも久しぶりのことだったから、何だか新鮮な気分だ。エリーと出会ってからは騒がしい連中がいつも傍にいたからな。


「…………」


 ふと、置いてきた連中の顔が次々に蘇る。

 約束を、同時にいくつも破ってしまった。

 けれどこれでいいのだ。彼女たちは俺の望んだ平穏の象徴なのだから。俺の勝手な闘争に巻き込むわけにはいかない。


(しっかし……随分派手に暴れたみたいだな)


 帝都陥落。

 そのニュースを見て、俺は直ぐに帝都へと旅立った。

 たった三人の侵入者によって甚大な被害を受けた帝都。そんなことが出来る奴なんて、アイツら以外に存在しない。


アダムに迫るための情報を俺は欲していた。

 転移のメテオラでアダムの元に行くことは出来るが、それは余りにも危険な選択肢だろう。


 悔しいが……あいつ等は強い。下手に姿を現せば今度こそ殺されてしまう。だから、俺に求められているのは極力気付かれないうちに始末すること。つまりは暗殺めいた手管が必要になってくる。

 その為にも、まずはあいつらの居場所を特定しなければ話にならない。そのための情報を俺はここ数日探し回っていた。


 帝都の街中、裏路地を抜け、更に奥へ奥へと潜って行き、やがて普通の人は寄り付かないような区画へと俺は足を踏み入れる。


 そこはまるで別世界だった。

 道の端に座り込む全員が新たに足を踏み入れた俺を、値踏みするかのような視線で見つめる。いや……値踏みというよりは物色といったほうが近いか。それくらい遠慮のない視線だった。


 こいつらは全員、俺のことを『獲物』としか見ていない。そして獲物の脅威度と獲物の価値を秤にかけて事を起こすかどうか判断している。

 俺はぱっと見楽な獲物に見えることだろう。子供が一人こんなところに居れば迷子と思われても仕方が無い。


 しかし、そんな勘違いする奴も初日で激減した。

 連日通いつめている俺に突っかかってくるものなんて、いまや居ない。

 少しすると連中の視線も俺から逸れていく。そうして初めて俺は止めていた足を踏み出すのだ。


 目指すのは裏の世界に精通した情報屋と呼ばれる連中を見つけ出すこと。奴らは何でも知っている。政治家のスキャンダルや、薬物の流通ルート、奴隷商人への仲介なんてのもある。

 そんな奴らなら、アダムの居場所を知っているかもしれない。


 そんな期待でここ数日探し回っているのだが……どうも空振り続きだ。

 会うことは出来ても、その情報を持っている奴がいない。もしかしたら、誰も知らないのかもしれない。ヴォイド達は転移を使うことが出来る。ヴォイドのメテオラはほぼ無尽蔵にあるからな。各地を転々としているのかもしれない。


 そうなると最早お手上げだ。

 しかし……今の俺にはこの道しか思いつかなかった。

 だから今日もこうしてせっせと地道な活動を続けていたのだが……


「…………はぁ」


 思わずため息をつく。

 俺の道を塞ぐように立ちふさがる二人の男に対して。


「有り金全部置いていけ。そうすれば命だけは助けてやろう」


 二人組みの片割れ、長身の男がそう言った後ろでもう一人の小太りの男が懐からナイフを手馴れた手つきで取り出した。

 こういう連中も随分減ってきたと思ったのに。

 俺は一瞬だけ瞳を閉じて、意識を深く潜らせる。感覚を研ぎ澄ませ、感情を凍らせる。そうして瞳を開いたときには俺は完成していた。


「さて……やるか」


 言うが早いか俺は瞬時に魔力を体に流し、長身の男に肉薄する。


「ちっ!」


 男はまさか俺が反抗してくるとは思わなかったのか、仰け反っている。

 甘い……甘すぎる。声をかけた時点でこうなることは予想していなければならないだろうに。そんな覚悟で戦場に立たれても……イラつくだけだ。


「死ね」


 俺の抜き放った刀が、長身の男の喉下に迫る。

 そして……


 ──キィン!


 長身の男の右腕によって、防がれる。


「ちっ……義手か」

「はっ!」


 男の放った左の掌底が俺の腹部に直撃する。カウンターがもろに決まってしまった形だ。内臓を転がされているような不快感に思わず腹を抱えて後ずさる。

 くそ……まずい。


「しっ!」


 まるでボクサーのように、軽快なステップとジャブの応酬で俺を攻め立てる男。後ろにいた小太りの男はこちらに迫ってくる様子はない。一人で十分だと判断しているのだろうか。


(舐めやがって……ッ)


 俺は腹部の痛みも無視して、左手をかざす。


「燃え盛れ──《デア・フレア》!」


 紅蓮の炎が辺りを焦がす。

 パチパチと燃え広がる炎を俺はコントロールして男へ向け、放つ。

 それはまるで蛇のように。不規則な軌道を伴って男の左腕を食い破った。


「グッ……アアアアァア!」

「兄貴っ!」


 長身の男は一瞬だけ耐えたが、すぐに堪え切れなくなって雄叫びを上げる。


「テメェ! ぶっ殺す!」


 相方の負傷に激怒した小太りの男がナイフを構えてこちらに突進してくる。

 武器を持てば勝てるとでも思っているのだろうか。その動きは先ほどの男に比べて余りにも拙く、隙が多すぎた。


 刀を抜くまでも無い。

 俺は男のナイフを持っているほうの手を取って、間接を極める。

 子供の頃に叩き込まれた護身術だ。よどみない手管で俺は男のナイフを奪い取り、逆に男の喉下に突きつけてやる。


「うっ……」

「動くなよ。下手に動くと刃が皮膚に食い込んじまう」


 長身の男もダメージが残っているようで、立ち上がる様子はない。

 さて……質問タイムといくか。


「それで? お前らは何の用があって俺に絡んできたんだ?」

「…………」


 黙りこくる男の喉下に、俺はナイフを押し付けて再び聞いてやる。


「答えろ」

「た、頼まれただけだ!」

「誰に? 何を?」

「誰かは知らねぇ! 俺たちは金で雇われただけだ! 最近この付近でとある情報を嗅ぎまわっている奴がいるから、捕らえて情報を聞き出せって!」

「…………」


 その情報とやらがヴォイド達に関する情報だと言うのなら……コイツらを雇ったのはヴォイド達なのかもしれない。自分たちを追うものを見つけ出し、始末するために。


「おい、その雇い主について聞きたい」

「か、勘弁してくれよぉ! 本当に俺たちは頼まれただけなんだ! 殺さないでくれ!」

「お前が正直者ならな。ほら、言え。お前らを雇ったのはどんな奴だ」


 俺は男から更なる情報を聞き出そうと首元を掴みなおした。

 その時だった、


「なあ、その辺にしといてやれよ。嬢ちゃん」


 上空から聞こえたその声。

 空を仰ぐとそこには太陽の光を背に、こちらに飛び降りてくる人物の姿が映った。

 スタンッ、と俺たちの傍に軽やかに着地した男を見るや否や、小太りの男が声を上げた。


「こ、こいつだ! 俺たちを雇ったのは!」

「おいおい、雇い主の情報をそう簡単に喋るなよな」


 やれやれと肩をすくめた男。軍服を着ていることから軍人だと推測できる。特徴的なのはその髪、金色に輝くその頭髪はとある人物を思い出させる。


 と言っても、その色合いが与える印象は全く違うのだが。

 彼女の色は周囲に安心を与えるような温かさを含む金色だ。

 対してこの男のそれは周囲を威嚇する、獰猛さを含んだ金色。


 危なそうな男だ。

 俺は直感的にそう思った。


「は、離せっ!」


 小太りの男が俺の腕を払って駆け出す。蹲る長身の男に手を貸して、二人で逃げていくのが分かったが、後は追わない。

 それよりも……


「なあ、お前さんだよな? ヴォイドの情報を集めている奴ってのは」


 俺が口を開く前に問いかけてきた男。


「だったら?」

「いや、少し話を聞かせてもらいたい。そう思っただけだ」


 ポキポキと指を鳴らす男が、単純な話し合いを求めているとは思えなかった。


「…………」

「あれ? いいのか? 逃げ出さなくて。なんなら十秒くらい待ってやってもいいぜ?」

「……結構だ」


 俺は腰に手をかけ、吊るしていた刀を一気に抜き放ち、構える。


「おお! やる気満々だな! いいね、いいね。やっぱりそうじゃなくちゃ」


 まるで子供のようにはしゃぐ男を前に、俺は油断なく構える。

 こういう手合いは経験上危険だ。

 刃物を向けられることに対して警戒心が薄い。それは自分の能力を信じきっているからだ。


 それが過信であるならば恐れることもないのだが……相手は軍人。そんな過信を持つ奴が今まで生き残れているはずが無い。

 つい先日にはヴォイド達がひと暴れしたところだしな。


(目的は捕獲。殺すわけにはいかない)


 俺は刀をくるりと反転させ、峰打ちに構える。

 殺さず勝つというのがどれほど難しいことだったのか、俺はこの数日で痛感していた。しかし、今回に限って言えばそれは相手にとっても同じこと。

 相手は俺のことを知りたがっているようだし、殺しまではしないだろう。


「そんじゃ、やりますか。俺はレオナルドってんだ。よろしくな」

「…………」


 笑みを浮かべるレオナルドに、無言で迎え撃つ俺。


 ──これが俺とレオナルドの出会いだった。

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