「グレン帝国の危機」
最初に気付いたのはグレンフォード頂上にある監視櫓に常駐する軍人だった。
「おい……何か空の様子がおかしくないか?」
近くにいた同僚に声をかけ、揃って見上げた空は……
「……なんだ、ありゃあ」
──『群青』に染まっていた。
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グレン帝国の中枢に位置するグレンフォード。その門番を務めていた軍人は接近してくる少女に気がついた。銀髪を揺らす少女は真っ直ぐにこちらに歩いてくる。どう見ても軍人には見えない少女に、彼は職務を全うするため、声をかける。
「君、ここから先は関係者以外立ち入り禁止になっている。悪いがすぐに立ち去るようにしてくれ」
「…………」
「……参ったな……おい、コナー。迷子みたいだ。悪いがこの子を案内している間、警備を頼む」
「えー、役割逆にしましょうよ、隊長」
「お前に任せたら少女誘拐で犯罪になりかねんだろうが」
隊長と呼ばれた軍人は部下の愚痴を軽くあしらって、その少女に歩み寄る。
「えーと、お嬢ちゃん。お父さんかお母さんは近くにいないのかい? もし良かったら私が近くまで案内してあげるが……」
「……その必要はない」
「……え?」
思わず漏れたその言葉。
それは少女に同行を拒否されたからではない。
自身の視界が、斜めにズレたことに対する疑問だった。
そして、次の瞬間に飛沫を上げる血袋が一つ。
それは首から上を切断された隊長の死体だった。
「た、隊長ッ!?」
コナーと呼ばれた部下が悲鳴のような声を上げる。
「お前! 何しやがっ 」
「…………」
途中で掻き消えたその声に、アネモネは瞳を閉じる。
二つに増えた死体を前に、瞑目しているのだ。
「さて……」
これ以上時間を使うわけにもいかないアネモネは、自分の役割を果たすため、グレンフォードの外壁に手をつける。
そして、二つの死体を作った時と同じように呆気なく、グレンフォードの外壁は細切れにされた。
人の身長ほどの厚さがある壁を難なく切り抜いたアネモネは涼しい顔でグレンフォード内に進入する。
最後にもう一度だけ、地面に倒れる二つの死体に視線を移して。
「…………」
結局何も言わぬままアネモネは視線を正面に戻す。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
死体はまだまだこれからも増え続けるだろうから。
「……私は刀だから」
言われたことをただやるだけ。
呪文のようにその言葉を繰り返すアネモネ。
今、グレンフォードの内部に最も危険な人物が入り込んでいた。
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「急げ! 正門付近に侵入者だ!」
「増援もっと寄越せ!」
「相手はたった一人だと!? バカを言うな!」
「おい! こっちでまた人が倒れている! 凄い熱なんだ! 治療院への輸送手配してくれ!」
バタバタと慌しく動き回る軍人たちを尻目に、ヴォイドは移動を続けていた。
さっき丁度良く転がっていた軍人の服を借りてからは人目も気にせず動けるようになった。これだけ人が居れば怪しまれることもない。
さきほどアネモネが作ってくれた穴からこっそりと進入し、アネモネが軍人の注意を引いている間に建物内に侵入したヴォイド。目指すは司令室、そこにいるであろうグレン元帥だった。
(数で劣るなら敵の大将狙いで一気に攻める。ま、戦の基本じゃね)
自身の計画が上手く運んでいることにヴォイドは笑みを浮かべる。
アダム、アネモネ、ヴォイド。
今、たった三人の襲撃者の手によって、グレンフォードは落とされようとしていた。




