「参戦する転生者」
シャリーアの街中を俺達は疾走していた。
先行するアダムを追いかけるように俺とカナリアが屋根から屋根へと飛び移りながら移動を続ける。
魔力で身体能力を強化して、何とかついていけてはいるが……アダムの奴、いくらなんでも動きが良すぎる。ただの神父じゃねえのかよ。
「クリス、魔術で牽制してくれ、我が距離をつめる」
目まぐるしく移り変わる視界の中で、俺と並走するカナリアが指示を出す。
「分かった。やってみる」
「ただ、街中に被害は出すなよ」
微妙に難しい指示を俺に出したカナリアは速度を上げてアダムに迫る。刀を持ってる分、俺より体重は重いはずなのによくあそこまで動けるもんだ。
さて、街中に被害を出さない魔術、ねえ。
「となると雷撃や火炎系はなしか……難しい注文だな」
俺の得意なその二つの系列が使えないとなると……使うのは、
「物質、生成、強化、変成──《デア・シュラム》」
土系統の変成魔術。
唱えた呪文により、アダムの足元が隆起し始める。
土系統は物質に直接作用するものが多い。コントロールもしやすく、足止めに使うなら最適だ。
隆起した地面はアダムの行く先を阻む壁となり、その足を止める。
「よくやった、クリス!」
その隙にアダムに肉薄したカナリアが抜刀。
二刀流に構え、アダムに切りかかる。
「これは……面倒なことになりましたね」
いつもの柔和な笑みを引きつらせたアダムが素手のまま対応するが……いくらなんでも近接戦では分が悪い。更に壁に逃げ道を防がれている。これは、詰みだろう。
「ハッ!」
気合一閃!
カナリアの放った斬撃がアダムの胸元を浅く切り裂いた。
ポタポタと地面に血の雫が零れ落ちる。
「この空を止めろ、アダム」
アダムに刀を突き出したカナリアが告げる。
「……それが貴方達の要求ですか。いえ、そうくるであろうことは分かっていたのですけどね。敗北した以上、私がそれに従うのはやぶさかではないのですが……その前に、一つ聞きたい」
アダムは目の前の刃に目もくれず、カナリアを指差した。
「なぜ、貴方は私の権能を否定する?」
「……何が言いたい?」
「いえ、単純な疑問ですよ。私の権能ならば平等な世界が作れます。誰もが等しく祝福を受けられる世界。素晴らしいとは思いませんか?」
アダムはカナリアに問う。
それは、カナリアの行動原理に迫る問いだった。
「ですからここで私を見逃すのも一つの手だと思うのです。どうでしょう。共に新世界を見に行きませんか?」
ともすれば想いを寄せる相手に贈る愛の言葉とも取れるその台詞。アダムは本気でこの現状を望んでいた。権能が本人の望みから生じる以上、それは分かっていたことだが……それでもこうして本人の口から聞かされると、気が滅入る。
「言いたいことはそれだけか?」
カナリアも俺と同じ気持ちだったのか、まるで取り合わないままに刃を僅かに押し上げる。アダムの喉元に触れるほど近寄った白刃にも、アダムは全く関心を示さない。ただ、カナリアの答えに羨望と失望の入り混じった視線を向けるだけだ。
「……本当に貴方はブレませんね。だからこそ、多くの人間が貴方を慕って集まるのでしょう。それはとても……羨ましいことです」
理解者は大切ですから。
最後にそう付け加えたアダムは観念したかのように両手を挙げた。
俺はカナリアの隣に追いつきながら、アダムに声をかける。
「諦めたのか?」
「ええ。この空を維持するのに権能を使っている以上、今の私に貴方達に抵抗する術はありません」
「だったら今すぐこの空を止めろ。命を賭けてまで維持するものでもないだろうが」
「……貴方なら、分かってくれるかもと思っていたのですがね。残念です」
肩をすくめ、そう言ったアダムは寂しそうな表情を浮かべた。
……どうやらこの空を止めるつもりはないらしい。
何がコイツをそこまで駆り立てるのか、俺には全く理解できなかった。
「なら……仕方がないな」
カナリアが諦めた口調でゆっくりと刀を振りかぶる。
その刃がアダムの首を跳ね飛ばす、その寸前……
──キィィィン!
甲高い音がして、刃が停止した。
「むっ!?」
まるで硬い壁に阻まれたかのように、カナリアの刃はその侵攻を止められる。アダムに何かした様子はない。
「……カナリア」
背後から聞こえた声に俺達は揃って振り返る。
そして、そこにいたのは予想外の人物だった。
「……アネモネ?」
風に靡く銀髪を揺らし、アネモネがそこに立っていた。
「なんでお前がここに……」
カナリアが戸惑いを口にする。
アネモネはいつもの無表情で、何を考えているのか分からない。
いや……アネモネが何のためにここに来たのかは分かっている。彼女は……ヴォイド側の人間なのだから。
「……アネモネ」
思わず声が漏れる。
しかし、そんなことは最初から分かっていた。
彼女がツヴィーヴェルンで俺に話してくれた数々の言葉。俺が優柔不断だったから、認めたくなかっただけだ。
だから、分かっていた。
分かっていた……はずだった。
──俺達がこうして対峙する日が来るかもしれないことなんて。
「アネモネ! 答えてくれ!」
カナリアの懇願。
それに対してアネモネは、
「……私にも、譲れないものがある。だから、カナリア……ここは退いて頂戴」
はっきりと、カナリアを拒絶したのだ。
「……ッ!」
親友に告げられたその言葉に、カナリアはショックを受けているようだった。カナリアは何も知らなかったのだろう。アネモネがヴォイドについているということを。
「……恨むなら恨んでくれてかまわない。私はこんなやり方しか知らないから」
アネモネは一瞬だけ、本当に一瞬だけ寂しげな表情を作り、
「私は──刀だから」
俺達の敵として、立ち塞がるのだった。
《誰も彼にも分からない。何を望み、求めるべきか──》
アネモネが祈るのは孤立無援の悠久。
他者を排除し、己を殺し続けた彼女にとって、自分の色というものは存在しない。
《──生れ落ちたそのときから、問いは今にも続いている──》
故に無色。
どこまでも透明な色合いこそが、彼女の本質。
彼女は自分という存在に意義を見出すことが出来ないのだ。
《──故に朽ちろ、滅べ。私達はその為にこそ生まれたのだから──》
そうして残った祈りはどこまでも純粋で、冷たい。
誰も私に触れるな、近寄るな。
ただそれだけを祈り続けた少女の望みはこの異世界にて完遂される。
《──卑欲連理・絶対領域》




