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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「紅蓮の慟哭」

「ほう……」


 イザークを包む黒の権能を興味深そうに眺めるヴォイド。


「それがお前さんの色って訳か……はは、似合いすぎじゃろう」


 一瞬だけ笑みを浮かべたヴォイドはすぐに真剣な表情に戻り、


「では、小手調べといこうかのう」


 右手を、振り下ろした。


 イザークに迫るのは高速の斬撃。

 視認することすら困難なその攻撃に対してイザークは、


「邪魔だッ!」


 何の躊躇いもなく突っ込んで行く。

 普通ならズタズタに分断されてしまうところを、しかしイザークは何の痛痒も感じていないかのように突き進む。


 いや、実際に今の彼には何のダメージにもなってはいなかった。

 強奪の権能を展開している以上、彼に対して物理的な攻撃は最早意味をなさない。全て奪われ、逆用されるだけである。


「返すぜ、お前の斬撃」

「…………ッ!」


 イザークの手から黒色の斬撃が飛び出して、ヴォイドへと迫る。それはヴォイドが放ったものと全く同じ軌道、同じ威力の攻撃だった。


 自身の攻撃であるが故に、ヴォイドはその必殺性を誰よりも知っていた。

 ここで初めて焦った様子を見せたヴォイドが回避行動をとる。

 そして、一度奪った攻勢を逃すイザークではない。


「オラァアアアアッ」



 ──ドンッ!!



 渾身の一撃が、地面を穿つ。

 土煙が舞い、細かな石礫がヴォイドに微かな傷をつけていく。

 傷がつくということは殺せるということ。


 イザークは不敵に笑ってヴォイドに肉薄する。


 ──勝てる。


 そう、思ったときのことだった。


「……お前は強いのう」

「……あァ?」


 ヴォイドの雰囲気が、一変した。


「だがのう……神の力に頼ったのが間違いよ。権能(それ)さえ使わなければまだ勝機はあったというのに……」


 ぞわり。


 言い知れぬ悪寒が背筋を走る。

 天敵を前にした被捕食者のような感覚。

 この男の前では全てが無意味。そんな、言い知れぬ敗北感がイザークを支配していた。


「神の力に溺れて死ね」


 目の前の敵を確実に殺すため。

 運命という逃れられない宿命に抗うために、ヴォイドは矛盾に満ちた理を紡ぎだす。



《神を名乗りし者共よ、貴様を殺す槍を見ろ──》



 それは運命に殺された男の叫び。

 神を恨み、天に楯突くことを決めた者の号砲だ。



《紅蓮の業火よ、神の威光を焼き払え──》



 求めるのは全身全霊の抵抗を。

 ヴォイド・イネインは認めない。


 運命を、そして何より神を。

 もし、そんな存在が本当にいるのなら……



卑欲連理(メテオラ)神を殺す者(イグニス・コンシーダ)



 ──この世に、本当の意味で救いなどない。




「……ッ!」


 イザークは半ば直感に導かれ、その場を飛びぬいた。

 直後、イザークの居た場所を荒れ狂うのは鋼糸の群れ。しかし、本来ならば今のイザークにはどんな攻撃も無意味なはずだった。


「……ちっ」


 そう。本来ならば。

 イザークは自身の頬を流れる一筋の血の川に舌打ちをする。

 かわしそこねた一撃が薄皮を裂いていた。


 イザークの権能が機能していない。

 斬撃を吸収し、己のモノとすることが出来ていないのだ。

 それは一つの歴然とした事実を表していた。


「……それが、テメェの権能……」

「『神殺し』。わしはこの権能をそう呼んどる」


 神殺しの権能。

 その効果は単純だ。


 イザークのように万物に通用する類のものではない。

 アダムのように広範囲に効果を及ぼすような類のものではない。


 しかし、ただ一点。


 神を殺すことに関してだけ、ヴォイドの権能は特化している。

 つまり……


「権能の無効化……」

「それだけじゃない」


 イザークの忌々しげな声を否定したヴォイドが右腕を振るう。

 ヴォイドの鋼糸は彼を表す紅蓮の色合いを纏い、イザークへと迫る。

 権能で吸収出来ない以上かわすしかないのだが、鋼糸の技はそれが難しい。何とか致命傷は受けないように気をつけてはいるが、どうしても避け切れない攻撃は存在する。

 少しずつ、まるで詰め将棋のように逃げ場を追われていくイザーク。


(仕方ねェ、このままじゃジリ貧だ!)


 一か八か。

 決死の覚悟で、イザークは反撃に出る決意をした。


「ぐっ!」


 体を鋼糸が切り刻む。

 鋭い痛みが体中を苛むが、気にしない。

 ここで決めなければ、負ける。

 そんな焦燥感に突き動かされたイザークは鋼糸の包囲を抜け、何とかヴォイドの懐まで接近することに成功した。


 ヴォイドの放つ鋼糸の攻撃は攻撃範囲こそ広いが、懐に入ってしまえば十分に効果を発揮することが出来ないだろうと判断してのことだ。

 そもそも糸による攻撃は基本的にトラップ的な事前準備を必要とするものがほとんどだ。魔力によって鋼糸を操作するとしても、即興で出来る技には限りがある。

 つまり、その準備をする暇を与えないように接近戦を挑めば鋼糸による攻撃はほぼ完封することが出来る。


(……つっても、最初からオレにはこの戦い方しかねェんだけどな)


 遠距離から攻撃する手段なんて、最初からないのだ。だったらどの道こうするしかない。この状況はイザークの狭い選択肢の中でも、悪くない展開と言えた。

 イザークにとってヴォイドとは、それほど悪い相性の相手ではない。


「近距離で挑めば勝機はある、ねえ……」


 勢いを増すイザークに、笑みを浮かべるヴォイド。


「しかしそこは……鬼門だぞ?」

「──ッ」


 ヒュッ!


 短い風切り音と共に、さきほどまでイザークの首があった部分を短刀が通り過ぎる。腰に隠すように装備していた短刀を抜き放ったヴォイドはイザークが回避した一瞬の隙に、姿勢を落として右手を地面に当てた。


「それに、鋼糸の技は近距離でも使えんことはないんよ」


 地面から飛び出すように鋼糸が次々とイザークへと迫る。

 余りの数に全てを回避することは出来ないと判断したイザークは大きく跳躍してヴォイドから距離を取る。

 微かに食らった攻撃に裂けた皮膚を見て、イザークは苦々しい顔を浮かべていた。


(やっぱりコイツの攻撃……オレの権能でも食いきれねェ……)


 神殺しの権能。

 それは転生者に対して比類なき力を振るう。


 権能を無効化され、ヴォイドの紅蓮に一方的に攻撃されるのだから何の悪夢だとしか言いようがない。

 それに加えて、ヴォイド自身の戦闘能力も飛びぬけている。


(こんなの……どう攻略しろってンだよ)


 攻守共に隙がなさ過ぎる。

 しかし、嘆いていても仕方がない。


(そもそもオレの目的はコイツを倒すことじゃねェ)


 あくまで自分の役割は時間稼ぎ。

 ならばやりようはいくらでもある。

 イザークは攻撃から防御重視へと意識を切り替える。


(さて……泥仕合と行きますかねェ)


 イザークは最後の覚悟を決める。

 目の前の化け物にたった一人で立ち向かう。

 その、覚悟を。


(そっちは任せたぜ……カナリア)

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