「五人の転生者」
ヴォイドと出会ったときのことは今でも覚えている。
バザールで出店費をケチろうとしていたところに俺達が出くわしたのが始まりだ。
胡散臭い男だった。風変わりな服をだらしなく着こなして、いつも可笑しなことを言ってクレハに怒られていた。
俺はそれを笑って見ていた。
本当に、愉快な奴だと。
一緒に旅をして、俺達は分かり合えたと思っていた。
ヴォイドが俺のところに転がりこんで来たときも、頼りにされているようで、悪い気はしなかった。
前世では、そんな関係は築けなかったから……。
俺は、ヴォイドのことを──
──友達だと、思っていたのだ。
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「クリスッ!」
「……っ!」
誰かに呼ばれる声に、俺は意識を取り戻していた。
一瞬意識が飛んでいた。
危ない。こんな時に意識を失っていたらそれこそ、あの世行きになってしまう。地面に向けて加速し続ける俺。衝突の時はすぐそこまで迫っていた。
「止めろ──メテオラ!」
急いでメテオラを唱え、何とか衝撃を殺す。空中に不自然に静止した俺はゆっくりと地面に着地する。
「……はぁ」
ひとまずは何とか出来た。
しかし、命の危険はそれだけではない。
「うっ……」
見るだけで痛そうな状況の俺の右腕。正確には見ることも出来ないのだが……このままでは出血死してしまいそうだ。
俺は再びメテオラを唱えて、右腕を元に戻すことで出血を止める。
「はあ……はあ……」
メテオラを連発して何とか死を脱した俺。気持ち悪い汗が体中にへばりついていた。
下手をすれば……いや、普通なら死んでいた。
それだけヴォイドが本気で俺を殺そうとしていたということだ。
「クリスッ! 大丈夫か!?」
俺を呼ぶ声に視線を向ける。
「カナリア?」
そこにいたのは我らが隊長、カナリアだった。
こちらに駆け寄ってきたカナリアは俺の体に触って問題がないか確認し始める。正直、あちこち痛むから止めてもらいたい。
「ああ、良かった。お前が塔から落ちるのが見えたときには肝を冷やしたぞ」
「……カナリアが呼んでくれたおかげで、助かったよ」
あの声がなければ意識を取り戻していたか怪しい。本当に、ぎりぎりのところだった。
「でも、何でカナリアがここに?」
「イザークが教えてくれたんだ。この空はアダムが作り出していると」
「イザークが?」
「ああ。アイツは今、ヴォイドのところへ行っている。お前とはすれ違いになったようだ」
そうか……イザークが……。
認めたくはないが、イザークは強い。これで戦力面が補強されたのは間違いないだろう。認めたくはないが。
「我もすぐに向かうつもりだ。クリスはどうする」
カナリアの言葉に逡巡する。
さっき死にかけたばかりだ。今から俺が行っても結果は変わらないかもしれない。けれど……
「俺は……俺も行く」
このままでは終われない。
ヴォイドが何を思って今回の凶行に及んだのか……その答えを聞くまでは引けない。そして何より、今もサラがアダムの権能によって苦しめられている。少なくとも、この空を止めさせるのは絶対だ。
「よし、ならば……」
俺の答えに、カナリアがメテオラを唱えようとした、その時だ。
白い光が突然現れて、そこから傷を負ったイザークが飛び出してきた。
「イザーク!」
「カナリア……まずいぞ」
体中に裂傷を作ったイザークが、搾り出すように声を上げる。
それと同時に、もう一つの光が現れる。同じ転移のメテオラだ。そこから姿を現したのは……
「どいつもこいつもしぶといのう」
気だるげな様子のヴォイドだった。
「ちっ、追ってきやがったか」
「逃がす訳ないじゃろう。お前らは……ここで殺す」
「──ッ、伏せろッ!」
右腕を振るヴォイドに、叫びを上げるイザーク。
さきほど俺の腕を千切ったのと同じ技。音もなく、色もなく、気付けば周囲は裂傷に塗れていた。
「一体何が……」
「クリス! よく見ろ!」
イザークの声が聞こえる。
よく見ろ? 一体何を見ろというんだ?
言われたとおり周囲に目を送ってみると……一瞬、キラッ、と光るものが見えた気がした。
「あれは……」
俺は魔力を練り、視力を強化してみる。
すると……ようやく見えた。
ヴォイドが何をしていたのかを。
そして、見えると同時に驚愕した。
そんなことが出来るなんて、信じられなかったから。
「『糸』……だと……」
「……バレてしもうたか」
ヴォイドが右手を軽く振る。
今度ははっきりと見えた。ヴォイドの右手から伸びた糸がヴォイドの元に集まるように回収されていくのが。
「鋼の糸。見るのは初めてか?」
ヴォイドが再び右手を振る。
放射状に伸びた糸が地面を抉り、爪痕を残す。
ここが街の外延部でよかった。街中でこんなものを使われていたらとんでもないことになっていただろう。
「カナリア!」
イザークがカナリアを守るように前に出る。
「ここは俺が時間を稼ぐ! その間にアダムの所へ行け!」
「……ッ……分かった!」
危険なこの場を任せることに、カナリアは躊躇しているようだったが、議論している暇はないと判断したのだろう。言葉を飲み込んで、転移のメテオラで姿を消していった。
アダムの下にはカナリアが向かった。ならば俺はこっちに加勢するべきだろう。俺はイザークと共に戦おうと、彼の隣に立ち……
「おい、クリス。お前も向こうに行け」
強気な口調でそう言ったイザーク。
「……いいのかよ、お前」
イザークは明らかに無理をしている様子だった。それは彼の体に刻まれた傷から分かる。俺もイザークも、タイマンではヴォイドに適わない。それが分かっていて、イザークは俺の協力を拒んだのだ。
「時間を稼ぐだけだ。死にはしねェよ。それより、カナリアに何かあったら……許さねェからな」
「……分かった」
こいつがここまで言ったのだ。
この場は任せよう。
その代わり……
「こっちのことは心配すんな」
「はっ、無理言うな」
イザークはこんなときだと言うのに軽快に笑って手を振った。
さっさと行けと言う事だろう。
俺は若干の躊躇を挟んで……
「……死ぬなよ、イザーク」
転移のメテオラで、再びアダムの下へと向かったのだった。
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死ぬなよ、ねェ。
一体誰に言ってやがるンだよ。
「……随分素直に行かせてくれるンだな」
カナリアとクリスを無事に送り出したイザークは、目の前の強敵に向けて不信の目を向けていた。
「別に、アダムがやられる前にお前さんを殺せばいいだけよ」
「……なるほどねェ。だったら頑張るンだな」
余りにも舐めた発言に、イザークは静かに闘志を燃やす。
そう言われると……逆らいたくなっちまうじゃねェか。
「言っとくがオレはしつけぇぞ」
イザークは瞳を閉じ、拳に祈りを込める。
願うのは悪逆無道の強奪。
二度と奪わせてなるものかと、ゆっくりとイザークは祝詞を唱え始める。
《陽が昇り、月が煌き、人は死ぬ。人が真理に勝てねェなら、疾く去るがいい──》
求めるのは勝利。
求める物全てをこの手に掴めるように。
求める者全てをこの手から零さないように。
《──此処は殺戮の舞踏会、弱者は不要──》
強欲の派生である強奪の権能。
《──卑欲連理・汝に捧ぐ鎮魂歌》
彼を象徴する黒のメテオラが、顕現した。




