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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「終わりの始まり」

 こんなに幸せでいいのだろうか。

 一度は死んでもいいとさえ思えた人生だったけど、俺は今、幸せだった。


 エマと和解して、エリーと旅をして、クリスタと再会して。

 こんな日常がいつまでも続けばいいと、心の底から望んでいた。


 終わりのない平穏を、俺は切望していた。

 それは手に入れることが出来なかった日常だから。


 けれど……運命は、この世界は──



 ──ただ優しいだけのものなどでは、ない。




---



「…………」

 

 月明かりが照らす中、俺は泊まることになったアドルフ達の屋敷のバルコニーで空を見上げていた。

 爛々と輝く星に、想いを巡らせる。

 彼らは様々な色で自己を主張している。


 一等星、二等星などと等級で呼ばれることもあるが、その本質は変わらない。どの星も、近づけば近づくほどのその光の色を増していく。結局光の強さなんて、距離の問題でしかないのだ。


 その関係は、人と人との関係に良く似ている。

 近しい人ほどに、その人の光の大きさがよく分かる。


 それを俺は……眩しいと感じるのだ。


「眠れないのか?」

「……父さんか」


 突然話しかけられたので少しびっくりしてしまった。

 アドルフは寝巻きの格好のままうろついていたようで、いつもの精悍な雰囲気も半減してしまっている。瞼が半分ほど下りているところを見るに、さきほどまで寝ていたのかもしれない。


「もう夜も遅いぞ、早く寝なさい」

「……俺はもう大人だ。自分の寝る時間ぐらい自分で決める」

「親にとってみれば、いつまでたっても子供だよ」


 アドルフはその場で少し髪を整えて、同じようにバルコニーに出てきた。

 俺の隣で手すりに体重を預けたアドルフは、


「少し、話でもするか」


 そう言って、大きく伸びをして眠気を飛ばす。

 肩を回して調子を取り戻したらしいアドルフは真面目な雰囲気で口を開いた。


「お前、これからどうするんだ」

「どうするって……何がだよ」

「帝国軍に所属しているということは戦争に巻き込まれるということだ。お前はそれでいいのか?」

「良いも悪いもそれが俺の選んだ道だからな」


 二つしか選択肢がなかったわけだから、それほど選んだという気分でもないけどな。

 けど、今となってはそれで良かったのだと思う。

 あいつ等に……出会えたからな。


「そうか……」


 アドルフは俺の答えにしばし虚空を見据え、やがて口を開いてある提案をしてきた。


「なあクリストフ……お前さえ良ければなんだが、騎士団に入らないか?」

「……え?」

「私は騎士団にも顔が利く。出生を隠したままで入団させることも不可能ではない。そうなれば何時でも私達に会うことが出来るし、何より戦争に巻き込まれることもない」

「…………」


 正直、アドルフの提案は非常に魅力的なものだった。

 俺は戦うことが好きではない。

 だから今回の戦争にもそれほど乗り気ではなかったし、何より彼らともう一度暮らすことが出来るというのなら……かつての日常を、再び手に入れることが出来るというのなら、それ以上のことはない。


 だけど……俺はエリーの前で誓ったのだ。

 それを曲げるつもりはない。


「……ごめん」


 ただ一言。

 それだけでアドルフも理解したのか、それ以上追及するようなことはしなかった。


「それは……残念だ」


 アドルフはアドルフで、過去を悔いているのかもしれない。

 取りこぼした日常を、もう一度手に入れたかったのかもしれない。


 けれど、俺達の道は一度完全に別たれてしまっている。それをもう一度結びつけるのは不可能ではないだろうが……難しい話だった。


「ところでお前、好きな子は出来たのか?」

「と、突然なんだよ」

「いいじゃないか、ほら、誰にも言わないから教えてくれ」


 真面目な雰囲気から一転、口調も砕けたアドルフに問い詰められる。

 好きな子は……昔はクリスタ一筋だったが、今はどうだろう。


 好きだという気持ちがない訳ではないが、これが愛や恋の類かと言われれば首をひねらざるを得ない。

 離れていた期間が長すぎて、未だ距離感に戸惑っている段階だ。


 では他に好きな子がいるのかと言われれば……それもまたどうなのだろう。

 身近にいる女の子と言えば真っ先にエマが思い浮かぶが、これもまた恋とは違う感情に思える。

 元々の出会いからして特殊だったし、俺とエマの関係は恋人同士というよりも父と子。兄と妹の関係に近い気がする。


 ではエリーは? 論外だろう。


 他の選択肢としてはカナリアも浮かぶところだが、彼女は高嶺の花過ぎる。俺とは釣り合わないだろうと言う思いが強くて、アタックする気分にもなれない。

 では、俺は誰が好きなのか。


「…………」


 ふと、腰に吊るした刀の重さを感じる。

 今ではもう慣れたバランスの悪さ。むしろ吊るしていないほうが据わりが悪いほどに俺の一部ともなったその刀。


(……って、俺は何でアイツのことを思い浮かべてんだよ)


 それこそ有り得ない。俺がアイツに恋しているなんて、天地がひっくり返っても有り得ないことだ。俺には幼女趣味なんてない。ないったらないのだ。


「…………」


 けれど、教会で彼女が言った言葉。


『私は……刀だから』


 あの言葉がどうにも心に引っかかっていた。


「どうやら気になる子はいるようだな」

「はっ!?」

「はは、その反応で充分だ。楽しませてもらったよ」


 アドルフは軽快に笑って、手を振りながらその場を後にした。

 言いたいだけ言っていきやがって……


「……もういい。寝よう」


 結局その日は、悶々とした気分のまま眠りに就く俺だった。






 次の日。


 俺はサラとクリスタに連れられて街に散策に出ていた。

 アドルフは騎士団の仕事が入ってしまっていたようで、付いて来ることが出来なかったが、女性陣からしてみればそれほど必要にも感じていなかったようだ。

 アドルフ、哀れ。


「クリス君、この服とかどうかなぁ、似合う?」

「似合う似合う」

「ちょっと! もっと本気で言ってよー!」


 適当にもなろうと言うものだ。何で実の母親とこんなデートまがいのことをしなければならんのか。


「く、クリストフ……こっちの服はどう、かな?」

「ん、可愛いと思うぞ。良く似合ってる」


 クリスタが選んだ服は淡い色のワンピースだった。彼女は髪色が目立つから、服は静かな方が彼女の魅力を引き立てるだろう。


「そ、そっか……これ買ってくるね」


 頬を染めて店員を探すクリスタ。

 仕草が一々可愛くて仕方が無い。


「クリスくん……私の時と反応が違う……やっぱり若い子のほうがいいのね……よよよ」

「…………」


 店の片隅で蹲るサラ。

 正直面倒くさかった。

 というかアンタは既婚者だろうが。何を言っているんだよ。




 女性の買い物というのは古今東西時間がかかると相場は決まっている。ここにいる女性陣もその例に漏れず、俺は体のいい荷物持ちとして彼女達のお買い物につき合わされていた。

 昔もよく荷物持ちとして駆り出されていたことを思い出して、懐かしい気分にさせられる。本当に、変わらないなこの人達は。


 今まで戦い続けたのが何だったのかと思いたくなるほどに、穏やかな一日が過ぎていく。誰も傷つかない、平和な世界が此処にはあった。


 しかし……



 




 ──そんな平穏の最中、崩壊の時は唐突に訪れた。



「……あれ、何?」


 空を見上げたクリスタが、呆然とした声を上げる。

 それに釣られるように視線を上げると、その光景が視界に飛び込んできた。


「……何だ?」


 夕暮れの空。

 普通なら夕焼けに染まる空を塗りつぶすかのように……


 『群青』が、空を覆いつくしていた。




---




「本当によろしいのですか?」


 シャリーアの外縁部近く。外から来る魔物を警戒するために立てられた監視等の天辺で、アダム・ヴァーダーが確認の為に声を上げた。


「構わん、やれ」


 それに対して答えるのは、彼の主であるヴォイド・イネインだ。

 シャリーアの街並みが一望できるその頂上で、感情の消えうせた視線を周囲に配っている。これから起こる事態に、僅かにも感情を動かされていないのだ。


「……クレハさんがいないと人が変わったようですね、貴方は」

「お前は黙って権能を使え、アダム」

「……畏まりました」


 慇懃な態度で一礼して謝罪の意を表したアダムは、ゆっくりと体を起こし、シャリーアの中央部へと向けて朗々と祝詞を歌い上げる。



《嗚呼、憧憬こそが人の性。求め、欲し、渇望せよ。それこそ我欲の究極なり──》



 ゆっくりと、アダムから放たれた群青が広がって行き、雲を覆い隠すかのように都市に広がり始める。それはあらゆるものを飲み込む群青の煌き。



《──人の業に是非はない、正否はない、美醜はない。誰しも輝ける明日を望んでいるのだから──》



 不平等なんて、あってはならない。

 彼の望んだ世界を創らんと、群青が駆ける。



《──卑欲連理(メテオラ)・神聖なる祝福(グライヒハイト)



 地獄の釜が開くとき──



「さあ……」



 ──一人の青年が、薄く笑った。



「……戦争を、始めようか」

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