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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「二人の前世」

 アドルフとクリスタに連れて来られたのは立派な佇まいの屋敷だった。そこらの一軒家とは比べ物にならない規模の屋敷に、俺はおずおずと付いていく。

 昔はこれ以上の屋敷で暮らしていたのにな。

 この三年間ですっかり貧乏性になってしまったようだ。


「……これ、家賃とか大丈夫なのか?」

「これも任務報酬の内だ。と言っても、任務中に借りるだけだがな」


 司祭様絡みの物件だったのか。

 ならばこれほどの規模なのも頷ける。


「今日はクリストフがお客さんだからね、ゆっくりしていってよ」


 にこにこと俺の隣に引っ付いてくるクリスタ。

 そういえば彼女の家に遊びに行ったことがないから、こういうクリスタに招かれる形は初めてのことかもしれない。

 絶やさない笑みを浮かべる彼女について歩いていると……


「クリスくぅぅぅぅんっ!!」

「えっ……のわっ!?」


 突然背後から叫び声が聞こえて、背中に衝撃が走った。

 俺の背中に、誰かが抱きついてきたのだ。慌てて振り返るとそこには、


「え、ちょっと!?」

「クリス君久しぶりだねっ! 私のこと覚えてるかな?」

「いや、忘れるわけもないけど……」


 たとえ初対面であってもこんなテンションの人間はそうそう忘れられないだろう。

 それが……実の母親ならなおさらだ。


「……サラ」


 俺に抱き付いてくるサラにアドルフが感慨深げな声を漏らした。きっと、昔を思い出しているのだろう。懐かしい、あの日々を。


「あれ? クリス君その腕どうしたの?」


 俺の右腕に気付いたサラが、疑問の声を上げたのでアドルフにやられたのだと正直に話してやった。

 すると、


「ちょっとアドルフ! 貴方クリス君になにしてるのよ!」

「す、すまない」


 案の定激怒したサラに、アドルフが狼狽しながら頭を下げる。

 サラに頭の上がらない様子のアドルフに、クリスタがくすくすと笑みを浮かべている。


 変わらない。

 本当に……変わらないな。この人達は。

 アドルフ達が準備したこの席は、かつて俺の愛した日常そのものだった。

 サラがいて、アドルフがいて、クリスタがいる。


 一度は失ってしまったけれど……失くした訳ではなかったのだ。




---




「…………」


 太陽の光が差し込む窓際で、テーブルに肘を着いて思案に暮れる人影が一つ。

 赤髪の少年、イザークだった。


 突然の休暇ということで、暇を持て余した結果こうしてやることもなく思案に暮れていたのだ。

 考えるのはこれまでのこと。そして、これからのこと。

 代理戦争に巻き込まれた人間は七人。だというのに大きな激突もなくここまで事が進んできた。進んできて、しまった。


 これではあの最悪の未来に繋がってしまうのではないか。

 そんな不安がイザークの心に暗い影をもたらしていた。


(……多少強引にでも動くべき、か)


 なにせ時間がない。

 グレン帝国とフリーデン王国の戦争は、間違いなく一つのトリガーとなる。転生者達が戦うことを宿命付けられている以上、この絶好の機会に動かない訳がない。

 後手に回る前に自分から打って出るべきだと思いながらも、その方法がイザークには分からなかった。


 行動を起こさなければいけないのに、ここで足止めを食らっている現状に焦燥感を募らせる。暢気に休暇を楽しむ気分になんて到底なれなかった。


「お前は外へ行かないのか、イザーク」

 聞きなれた声に視線を窓から扉へ。すると思った通り、カナリアがそこに立っていた。


「……行ってもすることはねェからな」

「ユーリやヴィタは真っ先に遊びに行ったのだがな」

「はっ、あんな暢気な奴らと一緒にすんじゃねェ」


 実際、これから戦争が起こるというのに何故能天気に遊ぶことが出来るのか、イザークにはちっとも理解出来なかった。

 そんなことをする暇があるのなら研鑽を積めばいい。そのほうがよっぽど長生きできる可能性が上がるというものだ。


「まあ、そう言うな。彼らにとってもこれが最後の休暇になるかも知れないのだからな」

「……そう言うアンタは遊びに行かねェのかよ」

「我はいい。どうもそういう気分でもないのでな」


 後ろ髪を弄りながらそう言ったカナリアも、同じように悩んでいるのだろう。抱えている重責は自分なんかの比ではない。


「カナリアは……強ェよな」

「何だ、突然どうした?」


 ふと、思わないでもない。

 目の前の少女と一緒にいると、自分がいかに矮小な人間であるのか。

 そんなこと、言われずとも分かっているというのに。


「アンタの照らす光は綺麗だよ。掲げる理想と心中する覚悟が、アンタにはあるんだろう。けどよ……人はそこまで強くはなれねェ。自分をそこまで投げ出すことが出来ねェんだよ」


 人の為といいながら、自分を犠牲にするかのように活動を続けるカナリア。


 何が彼女をそうさせるのか。

 彼女の行動原理とは一体何なのか。


 イザークはその答えが欲しかった。


「何がアンタを駆り立てる」


 ともすれば狂気と写ってしまいかねないほどに、カナリアは正しい。

 完全に完全な、そんな魂の根底にある想いを。イザークは聞いてみたくなったのだ。


「……そうだな」


 それに対するカナリアの回答は至極単純だった。


「我がそうするべきだと思っているから、かな」


 答えになっていない答え。

 カナリアはゆっくりと瞳を閉じて、言葉を綴る。


「一人の裁判官が居たのだよ。昔にな。ソイツは子供の頃から間違ったことが嫌いだった。だから悪を罰し、正義に忠す裁判官を目指したのだ」


 それは昔々の話だった。

 誰にも理解されない少女が一人居た。

 彼女は自分が周りとは違う意識を持っていると自覚しながらも、それを悪いことだとは思わなかった。進化には多様性が必要だ。だからこそ、人間社会の進化にはあらゆる人種が必要となる。自分がその礎に成れればと思っていた。


 しかし……


「人と違うというのは、存外生きづらいものなのだな」


 他者との相違は偏見という名の視線に晒されることを意味している。

 少女にとって幸運だったのは、その視線に堪えられるだけの精神力を少女が有していたということ。


 ……或いは、それを不幸と呼ぶのかもしれない。

 その結果に、芯の通った人間が一人、形成された。


「人間というのは酷く愚かだとは思わないか? イザーク」

「……さあ、どうだろうな」

「我は人間が好きだ。堪らなく愛おしい。けれど……同時に不憫でもあるのだ」


 自身の全力を出さずして、何が人生か。

 そんなもの、生きながらに死んでいるのと変わらない。


「……一人の少女が裁判官となり、数年ほど社会に従事した頃だった」


 カナリアは少女の話へと、話題を戻した。

 カナリアにとって、真に語るべきはここからだったから。


「少女は何人もの悪人を処断した。法の下に罪を晒し、罰を与えた。その結果に何人もの人間が死んだ。悲しいことだ。人が死ぬというのはいつの世も悲しみに満ちている」


 だが、とカナリアは言葉を続ける。


「少女は憂いてなどいなかった。人を裁き、死を与える結果になったとしても、それが正しいことだと信じていたからだ」



 人を殺すことが悪だというのなら──



「少女は正義の代行者として、胸を張って生きていた」



 ──間違いなく、少女は『悪』だった。



「けれど世間はそんな少女を許容出来なかった。少女は何人もの人間を殺した殺戮者として、非難を浴びるようになってしまったのだ」


 大切な人を失うことは辛い。

 処刑された者を愛する人達は必ずどこかにいたのだろう。そんな者達に少女が足を引かれるに、そう時間はかからなかった。


「……それで、その少女ってのはどうなったンだよ」

「処刑されたよ」


 なんでもないように、ただの世間話でもするかのような口調でカナリアは答えた。

 そこには諦観も、後悔も、怒りも存在しなかった。


「お前は……その少女ってのは、抵抗しなかったのかよ」

「しないさ。それが社会の決めたことならば、黙って従うまで。それが少女の信条だったからな。そこを曲げてしまえば……その手を血で濡らした意味が無い」

「…………」


 それは、そうなのかもしれない。

 散々他人にしてきたことを、いざ自分の番になると逃げ出すというのは筋が通らない。しかし、それでもそんなことを許容できるだなんて、それはもう……


「狂っている。そう思うか?」

「…………」


 イザークは自身が端くれ者であることを強く自覚していた。

 そして、目の前の少女が王道を行く英雄であるということも。


 しかし……その認識は誤りだったのかもしれない。

 目の前の少女は断じて英雄なんかではない。自分と同じ……敗者なのだ。


 敗北を前に、心が折れたか折れなかったのか、ただそれだけの違い。


 カナリアは自身に下されたギロチンの刃を覚えている。

 その冷たさを、その重さを、その絶対性を。


 イザークは自身に下された運命の因果を覚えている。

 その冷たさを、その重さを、その絶対性を。


 イザークはカナリアの過去に触れて、全てを理解したような気分になっていた。何故、自分は彼女に惹かれてしまうのか。その答えが見つかったような気がして。


 そして、だからこそ。


 イザークは彼女を……カナリア・トロイを英雄になんてしてはいけないのだと強く意識した。

 その道は強く、明るい王者の道だ。

 彼女ならその道を歩いていけるだろう。

 誰に不平を言うでもなく、誰に不満をぶつけるでもなく、淡々と、与えられた役割に従って進み続けるのだろう。


 英雄は戦い続ける。

 永遠に。


「……カナリア」

「ん? 何だ?」


 そんな地獄に彼女を行かせる訳には行かなかった。

 だから、イザークは言葉を探す。

 目の前の少女に届くように。


「……オレはよ、何もいらねえって思ってたンだ。いつか失っちまうなら、最初から手になんてしなけりゃいい。そう、思ってたンだ」

「…………」


 カナリアはイザークの経歴を知っている。

 しかし、イザーク本人から本心を聞いたことはなかった。

 自分の過去を打ち明けたカナリアに、イザークも閉ざしていた本心をようやく語り始める。誰にも言えなかった、彼の過去を。


「オレは前世で家族を失った。妻と、娘と、息子と。次々に失っちまってよ。オレだけが残った」


 それは悲痛に満ちた声音だった。

 普段の彼には似つかわしくない感傷が、溢れていた。


「病気、事故。人が死ぬのに理由なんて無い。太陽が昇るように、月が輝くように、人は死んでいく。それを否定なんてしちゃいない。仕方の無いことだと理解はしている」


 始まりがあれば、終わりがある。

 永遠なんて、ありえないのだから。


 けれど……


「けどよ……納得なンて出来ねェんだよ。それが決まっている運命なんだとしても」


 失うことは辛い。

 愛する人を失うことは痛い。

 心が、張り裂けてしまいそうなほどに。

 何故壊れてしまう? 何故死んでしまう? 何故……大切な者はいつもこの手から零れ落ちてしまうのか。


「欲しかったンだよ。ぽっかり空いちまった心の穴を埋める何かがよ」


 決して癒えぬ傷を負ったイザークは、その治療薬を探した。

 彼にとって、それは何でも良かったのだ。

 ただ、この痛みを忘れさせてくれるなら。


 金でも、女でも、酒でも、薬でも……何でも良かった。

 だというのに。


「なくならねェ。なくならねェんだよ。一度空いちまった穴は何を持っても埋められねェ。そんな都合のいい代替品なんて存在しねェんだよ」


 そのことに気付いたイザークは……自らその生涯の幕を閉じた。

 愛する者を失ったイザークに、生きる価値なんて見出せなかったのだ。


「…………」


 黙ったままイザークの話を聞き続けるカナリア。

 彼女の人生は、見ず知らずの他者を裁き続けることでその幕を閉じた。

 それに対してイザークの人生は大切な人を失うことで終わりを迎えた。


 対照的な二人の人生に共通点があるとするならば、恐らく二人とも負けて終わったというただ一点だけだろう。それほどに、二人の歩んだ人生は違いすぎた。


「だからよ、カナリア。そうなっちまったら終わりなンだ。失ってからじゃ遅ェんだよ」


 言い聞かせるように、説得するように、イザークが言葉を送る。


「自分の命を軽く扱うのは別に止めやしねェ。てめえのモンだからな。それをどう扱おうとてめえの勝手だ。だけどよ……他人の命を軽く扱うのはもう止めろ」

「……どういう意味だ」

「人に人を殺す権利なんてねェって言ってンだ。そのことを知らねェまま進むと……待っているのは地獄だぞ」


 気付いたときにはもう遅い。

 足を引く亡者の手によって奈落の底へと引き摺り下ろされることだろう。


「……そんなことは百も承知だ。さきほどの我の話を聞いていなかったのか? 我は誰よりもそのことを知っている」

「いや、知ってねェ。それを許容しちまってンのがいい証拠だ」


 復讐の本質を知っているのなら、とても許せるはずなんてないだろうから。

 とても、許容できるはずがないだろうから。

 カナリアは分かっていないのだ。恨みという名の呪いの本領を。


「……結局、お前は何が言いたいのだ」

「オレが言いてェのは一つだけだ」


 前置きが長くなってしまったが、イザークは探し続けた言葉をようやく口にする。

 彼女に伝えるべき言葉は何なのか。

 それを口にするのは些か以上に気が重いが、彼女の心に届くとしたら、この言葉以外にはないだろう。


「好きだぜ、カナリア」

「………………は?」


 何でいきなりそんな話になるのかと、呆気に取られた表情のカナリアを見て、イザークは思わず笑みを漏らす。


「オレはアンタのことが好きだ。誰よりも愛している」

「なっ、ちょ、ちょっと待て! いきなり何を言うんだ!」


 まさかそんな言葉を言われるとは思っていもいなかったのか、顔を赤らめるカナリアが声を荒げる。

 イザーク自身、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい台詞だったが、一度言ってしまったことは引っ込められない。せめて何でもないように取り繕いながら言葉を続けるだけだ。


「オレはアンタを失いたくない。大切な人を失うのは……もう嫌なンだよ」


 そんなことになれば、きっとオレは堪えられない。

 前世と同じ道を辿ってしまうことだろう。


 だからこそ、ある意味カナリアの命は自分のモノより重いのだ。

 イザークはそのことをただ伝えたくて、らしくもない言葉を吐き出していく。


「約束してくれ、カナリア。絶対にオレより先に死なないと」

「イザーク、それは……以前に交わした『契約』はどうなるのだ? 我の命はお前にくれてやった。それなのに……」

「構わねェ。契約なんて破るためにあるようなモンだろうが。その代わりに、約束するンだよ。オレはアンタを守る。だから、アンタはアンタを守ってくれ。絶対に……死なないように」


 オレの目の届く範囲では。

 続く言葉を飲み込んだイザークの約束は、一方的なものだった。


「しかし……」


 言葉に詰まるカナリア。

 彼女にはイザークの約束が、奇異に見えて仕方が無かった。

 不特定多数の人間の為に行動し続けたカナリアにとって、ただ一人に対してそこまでの感情を向けることが理解出来なかったのだ。


 彼女は大義の為なら死ねる。

 しかし、愛の為には死ねないのだ。


 それが、イザークとカナリアの一番の違い。

 だからこの約束は誓いと言ったほうが良いのかもしれない。

 一方通行の約束をそう呼ぶのなら。


「今は分からなくても良い。いつか本当の意味で誰かを愛した時に、オレの言った意味を理解してくれれば、それだけで良い」


 きっとそのときには、少女は英雄ではなくただの人へと戻るだろうから。

 それこそが、オレの新たな願い。

 捧げる愛の対価としては、余りにも報われない話だった。


 しかし、イザークはそれでも満足だった。愛した人が幸せに暮らせるのならば、そんな幸せなことはない。


 他には何も、望まない。

 イザークは静かに決意を固める。


 目の前の少女だけは、絶対に死なせはしないと。

 固く握った自身の拳に、イザークはそう誓いを立てた。

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