「悪戯」
「やっぱりまだ私には勝てないようだな、クリストフ」
「そりゃ師匠に勝てる人なんてそうそういないですって」
「だとしてもだ。私の息子なら私を越えてもらわなければ困る」
「それなら大丈夫ですよ。クリストフは師匠くらいならすぐに追い越しますから」
「中々言うようになったな、クリスタ。お前も私を越えるようにならないと駄目だからな?」
「それは少しハードル高くないですか……」
目の前の二人、アドルフとクリスタの会話を俺は憮然とした表情で聞いていた。正直、再会した喜びと苛立ちが同じくらいあるんだが。このやるせない気持ちはどこへ持っていけばいい?
「どうしたクリストフ? だまし討ちした件ならもう謝ったではないか。そろそろ許せ」
「……はあ、父さんまでこんな悪ふざけに付き合うなよ」
「たまにはいいだろう。それに、お前がどれだけ強くなったのか知りたかったしな。結果は及第点と言ったところだが」
……息子の肩を外しておいてその台詞かよ。
せめて何か一言あるだろう、一言。
「それに発案はクリスタだ。責めるなら彼女にしてくれ」
「ちょ! 何言ってるんですか師匠! 可愛い弟子を売るつもりですか!?」
いい年して責任逃れするアドルフと、何とか責任を押し付けようとするクリスタ。美しい師弟愛がそこにはあった。というかどっちも同罪だ、バカども。
「だってクリストフがどれだけ強くなってるのか、気になったんだもん……」
「……はあ、分かったよ。もういい」
ある種のドッキリだったと思えば何とか飲み込める。
いつまでも辛気臭い雰囲気で居るのも悪いしな。
「それより話を聞かせてくれよ。いつの間に父さんがクリスタの師匠とやらになったんだ?」
「クリストフがヴェール領を出てすぐだな。どうやらお前に置いて行かれたのがよっぽどショックだったようで、私の元に頭を下げにきたのだ」
「ちょ、ちょっと師匠……」
やはり自分のことを話されるのは恥ずかしいのか、照れた様子でクリスタがアドルフの口封じにかかる。
確かに昔からクリスタは勉強熱心なところがあったからな。アドルフに剣の教えを乞うのも不自然ではない。けどまあ、アドルフもよく許可を出したもんだ。
俺でさえ、直接稽古を受けたのは数度しかないというのに。
「そうだクリストフ、クリスタとも手合わせしてみたらどうだ?」
「右肩包帯で吊るしてる相手に何言ってんだ。当分戦闘なんてしたくねえよ」
正直、アドルフがあそこまで強いとは思っていなかった。
俺だってそれなりの修羅場を潜ってきたつもりだったのに、それさえもぬるま湯だったのではないかと思えてくる。
「そういやいつの間に魔術なんて使えるようになったんだよ」
アドルフは魔術は使えない剣技一辺倒の人間だったはずだ。それなのにさっきの戦闘では魔力を纏った俺と同レベルの動きをして見せた。それはつまり、アドルフも魔力を操っていたからだと思ったのだが……
「ん? 私は魔術は使っていないぞ?」
「ん? いやいや、俺を吹き飛ばした掌底とか魔力なしじゃ無理だろう?」
あれは明らかに人間の身体能力の限界を超えていた。
「ああ、あれは魔術じゃなくて体技だよ。訓練すれば誰でも習得出来る」
「魔術じゃない?」
ってことは、純粋な肉体の運用だけであれだけの身体能力を実現したということか? しかし、それはいくらなんでも……
「お前は魔術の才があったからな。それ以外の可能性を模索しなかったんだろう。まあ、この技は私が独自に編み出したものだから早々真似されても困るのだがな」
「独自に編み出したって……だったら何で俺にも教えてくれなかったんだよ」
「何でもかんでも人に教えてもらっていたら成長しないだろうが」
……それもそうだけど。
せめてアドバイスくらいくれたらいいのに。
「とはいえ、お前も研鑽を積んでいないわけでもなさそうだし、安心したよ」
「まあ、それなりに大変だったからな」
この歳で一人旅なんて、悪い奴らにとっては格好の的だからな。
絡まれることも多かったし、殴って言うことを聞かせる機会も少なくない。段々と思考が暴力的になっていったのを覚えている。
「そういえば、お前、帝都でサラと会ったんだってな」
「え? あ、ああ……」
アドルフが突然話題を変えて、帝都での話をしだした。
「どうも心労も多かったみたいでお前のことを忘れてしまっているんだ。悪く思わないでやってくれ」
「…………」
メテオラで記憶を消した身としては、あまり触れて欲しくないところだな。
なんと言うか……罪悪感が凄い。
「そういえば父さん達は司祭様の護衛で帝都に行ってたんだって?」
俺は話題を変えたくて、ついでに気になっていたことをアドルフに聞くことにした。
「ああ、三国会議の為にな。結果はあんなことになってしまったが……」
「……帝国と王国は元から仲が悪いし、いつかはこうなってたと思うよ」
「だとしてもだ。司祭様もそのことで心を痛めておられたし」
「……そっか」
もしかしたら、その辺りのこともあって俺達に会おうとしないのかもしれない。単純に忙しいのかもしれないけれど。
「つい先日にも王国からの使者が来たのだが、追い返されていたよ」
「え?」
王国からの使者。俺はその単語にとある人物を思い浮かべていた。
「それって、ヴォイドのことか?」
「ん、クリストフも彼のことを知っているのか?」
「知っているっていうか……」
改めて聞かれると困るが……なんだろうな、友達、なのだろうか。
「ヴォイドは何て言って来たんだ?」
「詳しい内容までは知らないが、大方王国側に助力するように頼みに来たのだろう。三国の地形関係上、他二つと敵対することは大きなハンデになるからな。直接の協力ではなくても、兵を通す許可だけでも相当なアドバンテージにはなる」
「それで司祭様は……」
「協力なんてする訳がない。三国会議で司祭様が受けた仕打ちを考えれば当然だ」
アドルフははっきりと憤慨した様子でそう言った。
俺はその三国会議がどのような経過を辿ったのかを知らないから、何とも言えないのだが……何かしらの確執があったのだとは思う。
「グレンもヴォイドも身勝手に過ぎる。三国会議の為に司祭様がどれほど骨身を削ってきたか……」
アドルフの口ぶりでは、王国だけではなくて帝国も望みが薄いように見える。
……俺達の今回の任務は失敗かもな。
「それに先日は帝国からも使者がやってきたからな」
「え? それって……」
「同じように門前払いということだったらしいがな。全く、どの面下げて会いに来たというのか」
「…………」
目の前の面ですよー、何ていえる空気じゃない……よな。
というかこの二人……
(俺が帝国の人間として来た事を知らないのか?)
そういえば、言っていない気がする。昨日クリスタと会ったときも普段着だったから、俺が帝国軍に所属していることは知らないのだろう。
そのことを言うべきか、言わざるべきか。
俺が迷っていると、
「そういえばクリストフはどうしてシャリーアに来たんだ? 何か用事でも?」
と、ジャストタイミングでアドルフが俺に聞いてきた。
この際だ。別に隠すことでもないだろう。
俺がグレン帝国の軍人として従事していることを話すと、アドルフとクリスタは意外そうな声を上げた。
「お前が軍に入るとは思わなかったな」
「正直……似合わない」
「ほっとけ」
軍人に似合うも似合わないもないだろう。
「っと、もうこんな時間か。クリスタ、そろそろ」
「あ、そうですね」
「何かあるのか?」
時間を気にする二人に、何気なく聞いてみると……
「懐かしい面子での、昼食会だよ」
二人はにやりと笑って、そう答えるのだった。




