「交わる刃」
エマに俺の全てを語った次の日、俺は再びクリスタに会うために昨日再会した場所へと訪れていた。
エマとクリスタは相性が悪そうだったから、今日はエマにはお留守番をしてもらっている。また不機嫌になるかなー、と思っていたら鼻を鳴らして余裕の表情で俺を送り出したエマはかなり上機嫌の様子だった。
何でだろうな。誰にも話したことがなかった過去を打ち明けたことで信頼感が築けたのかも知れない。雰囲気からしたら信頼感というよりは優越感? みたいな感じだった気がしたけれど……。
「クリストフ!」
背後に聞こえた声に振り向けば、クリスタがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
昨日来ていた騎士団の制服とは違い、普通の私服を身にまとった彼女はやはり以前よりも大人びて見える。三年近くも会わなければそうなるだろうけど。
「……クリストフ。背、伸びたね」
「そうかな?」
「うん。前はそんなに違わなかったけど、今は結構差がついちゃったみたい」
どことなくぎこちない会話を繰り返す俺達。
クリスタも昨日の勢いはどこへやら。一度時間を置いて落ち着いたことで、気持ちの整理が出来たのかもしれない。
「クリストフ」
「ん?」
「……おかえり」
花の咲いたような笑顔でそう言ったクリスタに、俺は懐かしさを感じていた。
そう、俺はこの笑顔に……
「ただいま、クリスタ」
恋を、したのだった。
「なあ、勝手に入ってよかったのか?」
俺を先導するように進むクリスタに、俺は問いをぶつける。
現在俺達は街中を抜けて、クリスタの案内でとある建物に来ていた。
シャリーアの中でも有名な騎士団候補生の養成機関である訓練施設の一つ。そんなところに俺が勝手に入って良いものか分からなかったが、クリスタが自身満々に連れてきたのだから大丈夫だと思っていたのに、
「私は大丈夫だけど、クリスは見つかると面倒だから目立つことはしないでね」
やっぱり勝手に入るのはマズイのかよ。
というか何でそんなところに俺を連れてきたのか。
何度か目的を聞いてみてもはぐらかすだけのクリスタに、俺は段々と不安な気持ちが大きくなってきていた。
「ほら、ここで少し待っていて」
「ここで?」
案内されたのは訓練場の一つのようだった。
広々と広がる大地には綺麗に整備された砂が広がっている。
「そ、すぐに戻るから少し待っててね」
言うが早いか、その場を立ち去るクリスタに置き去りにされてしまう。
いきなり連れて来られた知らない場所で一人っきりになるとか正直心細いのだが。
「……相変わらず、強引だなぁ」
破天荒なクリスタに懐かしさと共に苦笑が漏れる。
クリスタのことだし、悪いようにはしないだろう。ここは大人しく待っていよう。
そう、思った時のことだった。
「──ッ!?」
唐突に走った寒気に、俺は反射的に回避行動に移っていた。
髪の毛を掠るように過ぎ去る風圧に背筋を凍らせながら、俺は上空から降り立ったその『襲撃者』へと視線を送る。
「……よくかわしたな」
くぐもった声が俺の鼓膜を震わせる。
低い声は明らかに男のもの。だが、男の顔を隠すように取り付けられた面のせいで、声が聞き取りにくかった。
真っ赤な鬼の面。
奇怪としか言いようがないその面を取り付けた男の手には一振りの剣が握られている。
「……何だ、お前は」
「俺はここの警備を任されている者だ。侵入者は排除しなければならない」
男はスッと半身に構え、剣を真横に引いて刺突の構えを見せる。
俺は俺で、突然の事態に混乱しながらも腰から花一華を抜き放ち、戦闘態勢へと切り替える。
(……クリスタが帰ってくるまで耐えるしかない、か)
全く、とんだ災難だ。
俺は連れてこられただけだと言うのに。
しかし、そんな愚痴を言っても仕方がない。
俺は眼前の敵を見据えて、刀をくるりと半回転させる。
「……なぜ刃を返す」
「間違って殺したらマズイだろうが」
「……そうか」
最初から峰打ち狙い。
不殺の姿勢を見せる俺に、男は変わらぬ殺気のまま口を開く。
「では……安心して殺させてもらおう」
──ダンッ!
こちらまで聞こえてくるほどの踏み込みで、男は俺に迫る。
(なッ!)
予想外の速度に、俺は咄嗟に魔力で身体能力を強化する。
そうでもしないと、付いていけないと判断してのことだ。
ギィィィンッッ!!
耳障りな金属音がして、俺の刀と男の剣が火花を散らす。
力強い一撃に、俺は体が流れるのを自覚する。
このままでは押し切られてしまう。一度体勢を立て直さなければ……
「遅いぞ!」
叱咤するかのような怒号を響かせて、男の掌底が俺の右肩に直撃する。
「……ッ!」
響く鈍痛に、歯を食いしばって耐える。
肩が外れたらしく、腕から力が抜けて刀を取りこぼしてしまう。
それだけでもまずいのに、男は追撃を仕掛けるように剣を大上段に構える。
この一撃で決めるつもりなのだ。
(……仕方ない)
俺は魔力を左手に集中させる。
流星光底。
それは俺が編み出した魔術体技の名称だ。
魔力によって強制的に体を動かすその技は体にかかる負担が大きい。そのため、なるべくなら使いたくない技だったが……そんなことも言っていられないようだ。
「流星光底」
使えない右腕のせいで、不安定な体勢のままの掌底を男に向けて放つ。
亜音速の領域に達した俺の掌底は男の剣を狙いに定め、その刀身を砕かんと迫る。見てからかわせるものではない。俺の狙い通りに、俺の放った掌底は男の剣を砕くことに成功する。
飛び散る刃の破片に頬を浅く切りながら、俺は勝利を確信していた。
「……気を抜くには、早すぎるだろう」
男はそう言うと、剣の柄を投げ捨てて右手を腰辺りで低く構えて見せる。
それは奇しくも俺の流星光底を放つモーションに非常によく似ていた。まるで、鏡でも見るかのように。
そして、右手が使えない俺にその技を防ぐことは出来なかった。
「発勁・鉄破!」
視界が揺れる。
余りの衝撃に吹き飛んだのだと気付くのに、少しの時間が必要だった。
「ぐ、が……」
地面との接触で体の至るところに擦過傷が出来ている。しかし、それ以上に腹部への衝撃が決定的だった。
「内臓ってのは鍛えようがないからな。誰だってそこを攻撃されたらお手上げさ」
男はそう言って、俺の落とした花一華を拾い上げる。
「……ほう、良い刀だな」
じろじろと花一華を品定めした男は、くるくると刀を振り回してその感触を確かめる。
「うむ。これなら俺の得物としては充分そうだな」
「……なに?」
「いや、俺の剣はお前が壊してしまっただろう? それなら代わりが必要だと思ってな。ついでだ、鞘も寄越せ」
男は花一華を手に持ったまま、俺の元へと近寄ってくる。
俺はその光景が……堪らなく、不愉快だった。
「離せ……」
「何だ?」
「そいつから手を離せって言ってんだよ!」
まるで、大切な人を寝取られたかのような不快感が俺の中にあった。
勿論、花一華に対する愛着というのもあったが、それ以上に……
(アイツから貰った物を、こんな訳の分からない相手に奪われて堪るか)
譲れない。
それだけは譲れないから。
「…………」
俺の豹変とも言える態度に、黙りこくる男。面のせいで何を考えているのか全く分からない。
それでも、刀だけは回収させてもらう。
俺は男に向けて、今まで以上の闘気を燃やす。
今度はこちらから仕掛けてやろうと、足元に力を入れた瞬間に……
「悪かった、コレは返すから許してくれよ──クリストフ」
ゆっくりと面を外した男は、その下にあった申し訳なさそうな顔を太陽の下に晒した。
「えっ!?」
その顔を見た瞬間に、俺は思わず驚きの声を上げていた。
そんな俺の反応が面白かったのか、悪戯成功と言わんばかりの態度でその男は笑みを浮かべている。
懐かしい、その笑みを。
「久しぶりだな、クリストフ」
アドルフ・ロス・ヴェール。
そこにいたのは、俺の父親だった。




