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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第一幕 そして童子は決意する
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プロローグ 「情けは人の為ならず」

 俺の名前は栗栖(くりす)(れん)

 引きこもり高校生やってます。いや、やってましたが正確だな。

 なんていっても俺の家……倒壊しちまっているんだから。引きこもりも何もない。


「しかし、綺麗に潰れてんな」


 俺はぺしゃんこになった自宅の前で、しみじみと呟く。

 いや、こんなのんきなこと言っている場合じゃないのは分かっている。だが、脳の認識に感情が追いついていないのだ。


 今より二時間ほど前。俺の地元、三春市を襲った地震の猛威は視覚的に理解できる。

 倒壊した建物は何も俺の家だけではない。俺の家の隣の隣の隣の……と、どこまでも続くドミノ倒しにでもあったかのような建物の群れ。視線を落とせばひび割れたアスファルトに、細かな瓦礫の破片。これが慣れ親しんだ土地の風景だとはどうしても思えなかった。


 ……冗談だろ?


 非現実的な光景に思わず軽薄な笑みが浮かぶが、胸の奥では心臓が早鐘のごとく鼓動を刻んでいる。端的に言って、俺は目の前の現状を素直に受け止めることが出来ていなかったのだ。

 その時……じゃり、と砂粒を踏みしめる音がして背後に振り返ると、


「父さん……」


 そこには俺の父、栗栖大吾が立っていた。

 五十歳に迫る父の表情には、歳のせいだけではない皺が刻まれ、一層の緊迫感を感じ取ることが出来る。


 正面切って話すのはいつ振りだろう。

 そんなことを考えていると、父は口を開きこう言った。


「蓮、今から救助活動を手伝ってくれるか? 今は一人でも多くの男手が欲しい。こんな時だ、協力してくれ」


 その口調は頼む、という形式の言葉を取ってはいたが、父の醸し出す雰囲気はNOと言わせないものだった。

 首を縦に振った俺は、そのまま父の案内で特に被害の酷い山の麓付近へと向かう。慣れ親しんだ土地の変わり果てた姿に目を疑いながら、父の背中を追う。

 災害というのは、ここまで爪痕を残すものなのか。

 俺の家族が全員無事だったのはまさに奇跡だな。


「これを持っていけ」


 振り向いた父がそう言って手渡してきたのは軍手とマスクにスコップ。

 それと……ビニール袋?


「これは?」


 俺は最後の一品の使い道が分からず父に聞いてみた。すると……


「持っていったほうがいい」


 と、父は含みを持たせる口調で答えた。

 時間がないのは確かなので、俺達は早速救助活動へと参加した。生存者がいないかどうか細心の注意を払いながら父と二人で進んでいく。

 思ったより足場が悪いな。動き回るだけで体力を奪われるぞ。これは。


 それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。

 次第に重くなる足を動かして、大声で生存者に呼びかけていると……微かに、だが確かに人の声が聞こえた。


「父さん! 近くで声がする!」

「埋まっているのかもしれん。声を頼りに掘ってみるぞ」


 俺は微かな声に向かい、地面を掘っていく。

 そして、十数分の格闘の末……


「う、うあああああん!」

「もう大丈夫だからな」


 俺は二人の子供を救助することに成功していた。

 良かった……何とか間に合ったぞ。


「私はこの二人を避難所まで送ってくる。蓮はどうする。一緒に避難所に戻るか?」

「……いや、俺はこのまま救助を続けるよ。どこかにまだ助けを待っている人がいるだろうし」

「分かった。だが、無理はするなよ。足場も悪いし怪我だけはしないようにな」

 

 父はそう言って振り向き、子供たちへと話しかけた。

 それから二人の手を取り、避難所へと向かう父の姿を見送る。


「…………」


 一人になった俺はふと自分の手に視線を落とす。じんわりと汗の滲んでいる手を、湧き上がる感情のまま硬く握り締める。

 俺の心に満ちる感情。それは確かな達成感だった。誰かを助けることができたというその事実に俺は舞い上がっていたのだ。


 ──しかし、そんな浮ついた感情も長くは続かなかった。


「う、えぇぇ……ッ!」


 本当に酷い有様だ。

 テレビなんかで見る救助活動では何人助かっただの、奇跡的に生還しただのと、プラスなニュースばかりを耳にする。

 だが、実際は違う。奇跡的に生還するのなんてごく一部だ。大抵は……普通に死ぬ。俺が見つけたのは、その普通の一片だ。俺は父が渡した、ビニール袋の使い方をそのとき知った。


 すぐにでも逃げてしまいたい。

 数時間前まで暢気にネトゲに興じていた自分と現状の差に苦笑いを浮かべながらも、俺は歩みを止めなかった。

 どこかで、先ほどの子供たちのように、救助を待っている人がいるかもしれない。


「助けに、行かないと」


 高揚感など、欠片も残ってはいない。しかし、そのとき感じた『熱』は俺の心に確かに残っていた。俺はただ、その熱を支えに救助を続けていく……




 二日が経った。

 俺はまだ救助を続けている。この二日間で救った人間も多いが、見てきた地獄もそれに比例して多い。俺は心を磨耗させながら歩み続けていた。


 なんでだろう。こんな時だというのに、昔のことばかり思い起こされる。


 ……中学までは良かった。

 それなりに成績の良かった俺は勉強なんて簡単だと、自分より下の連中を見下した。


 ──俺はお前らとは違う。


 そんな『傲慢』な気持ちで過ごしていた俺は勉強なんかよりもっと楽しいことを探し始めた。ネットの世界に入り浸り始めたのもちょうどその頃。少しずつ成績が落ち始めても俺は全く気にしていなかった。

 なぜなら、俺はやれば出来る男なのだから。

 俺の勘違いのツケが回り、本格的に表面化し始めたのは高校生になってから。高校デビューに躓いた俺は段々と孤立していってしまい、ネトゲに傾倒し始めた。


 俺には俺のやり方がある。

 自分には他にもっと向いていることがあるはずだ。

 そんな耳当たりの良い言葉で自分を騙す毎日。高校をサボることが増え、ネトゲに入り浸る。

 一度逃げてしまえば後は坂を転げ落ちるようなものだった。楽な方へ、楽な方へと俺は堕ちていったのだ。

 そんな俺を両親が良い目で見るはずもない。

 両親と不仲になりながらも、俺には仲間がいる。友達がいると自分に言い訳し続けた。俺が悪いんじゃない、退屈な日常が悪いのだと、誰にでもなくのたまった。

 逃げて、逃げて、逃げて。逃げ続けた。世間から見れば堕落以外のなにものでもないのだろう。


 だが誤解しないで欲しい。

 俺は自分のやってきたことを……何一つ後悔なんてしていない。

 逃げ? ああ、だからなんだよ。それは悪いことなのか?

 俺には分からねえんだよ。

 空気を読んで皆に合わせるとか、将来のことを考えて真摯に生きようだとか、そんな不確かな『未来』ってやつはそんなに大切なのか? 自分を殺してまで守らなくちゃいけないものなのか?

 俺には……分からねえんだよ。


 ──結局のところ。俺は生きる目的を見つけることが出来ずにいたのだ。


「……もう、大丈夫だよ」


 これで一体何人目だろう?

 俺は一人の少女を救助し、なるべく不安を取り除けるように優しげな声で語りかけていた。


「…………ッ」


 長い間泣き叫んでいたのだろう。少女は声も枯れたようで、その言葉は俺に届かなかった。

 少女を抱き上げようとしたとき、少女が胸に抱くようにしているそれに気付く。

 それは、すでに息絶えた猫だった。


「助けてあげたのか」


 俺の声に、少女は首を縦に振ろうとして……横に振りなおした。その後、一筋の涙をこぼす。

 ああ、助けられなかったことを悔やんでいるのか。

 死んでしまった猫を抱き、涙を流す少女に……


「あ、れ……?」 

 

 気付けば俺も涙を流していた。

 

「はは、おかしいな。なんでだ?」


 渇いた言葉が口から漏れる。そして同時に気付く。

 胸の中にあった『熱』の正体。今更ながらに気付いたソレは達成感なんて上等なものではなく……ただの逃避だったのだ。辛い現実から目を逸らせるもっともらしい理由が、『誰かを救えたという事実』だったのだ。


 誰かを助けられたのだと言い訳をして、助けられなかった人たちから目をそらし続けていた自分。それは、過去の自分と重なって見えた。

 俺には……助けられなかった人たち(げんじつ)を見つめることが出来なかった。倒壊した自宅の前で佇んでいた時と同じだ。俺はただ……現実から逃げていただけだったんだ。

 少女のように、失ったものに向き合い、涙を流すこともないままに。

 今までの自分と同じように。


 そして、現実から逃げていた自分に涙を流した人は……確かにいたのだ。


 父の背中を思い出して静かに涙を流す俺に、少女が震える手を差し伸べる。温かいその手は俺の涙に濡れる頬に触れ、心を伝える。声の枯れた少女の口が動き……






 『あ・り・が・と・う』






 たった五文字のその言葉。

 しかし、その言葉を受け取った時、俺は確かに生きてきた意味をもらったのだ。存在価値を与えられたのだ。なんとなくだけど分かる……

 俺は救われたのだ。この少女に。


「……ありがとう」


 俺は少女に言葉を返して、立ち上がる。立ち上がる気力が沸いていた。

 さあ、避難所に向かおう。

 俺は少女を抱いて、歩き始める。

 その時だ……


「え……?」


 ……ドドドドッドドドドドドッドドッッッ!!


 揺れる足元、聞こえる轟音。

 ……ヤバイ、まさか……来る!?

 

 ぬかるんだ地面、不安定な大地。それらは迫りくる土砂となって、俺たちに降り注ぐ。

 俺はせめて少女だけはと華奢な体を固く抱きしめる。しかし、そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように大地の奔流が俺たちを飲み込み……俺と少女は絶命した。




 










 ……

 …………

 ………………

 あれ? 俺……どうなったんだっけ?

 酷く曖昧な意識の中で、俺は自我を獲得した。

 それと合わせて、次第に『声』が聞こえ始める。


『百八の魂を救った英雄よ、あなたの最後は多くの人に悲しみを与えました』


 視界もなく、触覚もなく、ただ中性的な声だけが記憶に残る。


『あなたは本来であれば神格に届き得る人材でした』


 誰が言っているのか、何を言っているのか全く分からなかった。


『運命に殺されたあなたには、この力を手にする権利があります』


 運命。なんて陳腐な響きだろう。ただ、この声の放つ言葉には妙な重さを感じた。


『運命を改変する神通力、名を「メテオラ」と呼びます』


 少しずつ、どこかへ引っ張られるような感触が俺を支配し始める。


『人の身で扱うならば、「卑欲連理(メテオラ)」とでもするべきでしょうか。常世で使うにはあまりにも大きすぎる力です。ですので……』


 暖かい鼓動を感じ、その瞬間に爆発的な光が俺の視神経を刺激する。


『あなたの魂を異世界へと転生させます……あなたの歩む道に幸多からん事を』


 こうして気付いたときには……

 俺、栗栖蓮はクリストフ・ロス・ヴェールとして、異世界で新たな生を受けたのだ。


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