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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アイデア短編

パンドラ

作者: せおはやみ

 何時の頃からだろうか、ハンスが人を殺める事に全く忌避感を無くしたのは。最初はそう、戦争に追われ、村が焼かれて恋人が死に、兵士を殺した時だったか。狩で獣を殺すのとは違う何かを自ら壊したと気が付いた。


 襲い掛かる兵士を殺しながらハンスはそのまま森へと逃れた。村にはもう戻る必要も無く、そしてどちらにせよ蹂躙された村が再建される事はなかったのだ。ハンスは故郷を失い親と妹、そして最愛の恋人を無くした。

 それから暫くは復讐の為に生き永らえた、時折巡回に来る兵士を殺す。最初は襲ってきたアルタイル国の兵士だけだったが、怒りはエルタニア国の兵士にも向けられていく。国なんて無ければ……どうせ守ってくれない国なのだ、何のために税を取り徴兵までしていたんだと。


 そしてハンスは隠れ住むには適さない森を捨てて行動範囲を広げていく。


 ボロボロに為るまで闘っていた彼はある日義賊を名乗る盗賊集団に合流する事になる。集団を統率するケインはハンスと同じように戦いで妻と()を亡くしていた。ハンスは同じ志を持つ同士として迎え入れられた。

 以前に一人で活動してきた頃に比べ格段と効率も良くなる。狙う相手も荷駄隊や小部隊を相手にできる程の集団となっていく。ハンスはその集団でも常に一番槍を取るほどに腕前をあげていった。剣だけでなく魔法の才能まであったのか、魔術師から簡易な魔術も教わった事で身体能力を上げる事が可能となり合流してから2年も経つと副頭目と言われながらも常に前線に立って闘った。



 だがある時の小競り合いの最中に義賊を率いていた頭目が死亡する。原因は不明だと云われたのだ、前線で戦っていたハンスには解らない。だが後方の全員が口を揃えて気が付いてみると頭目は死んでいたと云うのだ。勝利はしたものの頭目を失った事で即座に引き上げる事となり、ハンスは自分の認めた男が死んだ事を悔やみながら隠れ家へと引き上げたのだった。


 だがその日の夜、ハンスは突然寝込みを襲われる。そして犯人を知る事になる。


 そいつロレンゾと云う名で半年前に加わった男で、元々北の地で盗賊を率いていたのだという。それなりの腕もあったが知恵の回る男だった。そして何よりも金持ちの商人の率いるキャラバンを襲うべきだと何度も進言していた奴だ。

 先程開いた生き残りによる集会で次の頭目を決めるかどうかでロレンゾは選ばれて笑っていたはずなのにどうしてハンスを狙うのか混乱の中にいたハンスだが冷静に分析するだけの余裕を徐々に取り戻していく。

 さっきの会議でハンスは選ばれなかった事を笑いながらそのまま会議に参加した、その後の方針の席ではやはり義賊を名乗るからには先代の意向を引き続き方針にすべきだとハンスが主張したので殺しにきたのだろうか?、だがこの流れは不自然だ。実際に決まったのはこれからは力を蓄える為にも隊商の積荷も襲うと決まったのだ。となると何故?と疑問のみが残る。如何して自分は狙われなければならないのか。


 その疑問に答えたのはロレンゾだった。自分が頭目になった上で邪魔だと。その瞬間に気が付いた。頭目を殺した男が誰なのか。


 ハンスは誰何するのも惜しいと考え素早く反撃の一撃を叩き込み、ロレンゾの包囲を逃れる事に注力し逃げ出した。

 それからは常に一番槍を取り続けたハンスの恐ろしさが際立ったと言っていい。盗賊団50人、通常に闘えば死ぬだろう。そこを一点突破を仕掛けて包囲を抜けると同時に振り返ったハンスが隠し球にしていた魔法を放つ。先代と師である魔法使い以外は知らない。身体能力の向上と魔法が使える事だけはハンスの取っておきだったのだ。


 知らない間にロレンゾは仲間を懐柔していたのだろう、殆ど全ての仲間がハンスを殺しに来た。この時だろうハンスの心が壊れた。あの村で全てを失い、また奪われたこの瞬間に彼は本当の意味で復讐鬼とかした。

 その高い戦闘能力はまさしく人外の物になっていく。通常の身体能力の強化の枠をはみ出す威力の肉体強化に髪が赤く染まった。一度完全に白髪とかしたかと思うと血が通ったのかと思われる程の色へと変化した。

 魔力(ウィスクラフ)が体内を駆け巡り肉体の構成から全て変えてしまったのだ。それは所謂いわゆる本来は魔素(エーテル)によって引き起こされる魔獣化の現象。それを人の身のままでありながら自らの意志でハンスは遂げている。

 肌の色が褐色に変わり目は充血したまま瞳が金と銀の混じった色へと変化する。

 一人の魔人が誕生した瞬間だった。そしてその瞬間は虐殺の始まりを告げていた。


 変化したばかりの存在とはいえ魔獣、魔物を超える存在。そんなものを幾ら戦闘に少し慣れているからと言って専門家でない野盗で倒せる筈がないのだが、ロレンゾ達は最初気が付いていなかった、いや、もし気が付いていても結果は変わらなかっただろう。


 人の目では捉えきれない動き、剣が振るわれる度に一人二人と血飛沫を上げながら一撃で死んでいく。それも尋常では無い速度で、さらには魔法が振るわれ4人程が纏めて吹き飛ばされる。残りの仲間が20名になった時に漸くロレンゾ達は手を出してはいけない相手を殺そうとしてしまった事に気がついた。

 いや、殺しきれなかった時点で失敗してしまったのだ。


 奇襲を仕掛けた事が仇になってロレンゾ達は逃げるにも逃げれない状況に追い込まれている。


 隠れ家にしている洞穴の奥で寝ていたハンスを取り囲んだのだが今度は逆に逃げ道が無い。逃げるにはハンスを倒すしかない。個々で向かっても無駄だと覚悟を決めた全員が一斉に出口へと走りぬけようとする、だがハンスの行動は絶望を齎すに十分な行動だった。左右を走り抜け一瞬の安堵が出来た瞬間に剣で斬りつけ始め魔法により作り出した槍をもって串刺しにして殲滅するための狩をはじめたのだ。

 一瞬で5人が死亡。洞窟の出口にたどり着いた時点で残りは10人。後ろからはハンスの足音が迫って来る。

 全員が馬にのって逃げ出そうとするが隠れ家から森を抜けるまで馬本来の力が発揮されない。獣道以外に存在しないのだから当然だ。先代が敢えてそう云う場所に隠れ家を設けていたのだ。

 森を必死になって進み悲鳴を聞きながらもロレンゾはなんとか森を抜けた。

 だが後ろを振り返った時、付いてきている部下は一人もいなかった。


 生存していたのはロレンゾだけ、しかしそれは逃げれたのではない。

 何故なら彼の目の前にハンスがいた事が教えていた。


 ロレンゾが何かを喚きたてているがハンスには聞こえない、蟲が喋っても言葉が理解出来ないようなそんな態度だった。剣を振りかぶるロレンゾ、斬った! 


 そう確信した瞬間に吹き飛んだのは彼の左手首だった。

 絶叫しながら斬りかかるロレンゾは次に右足の膝から下を失った。

 これだけで致命傷であり数分もすれば手当ても無いままで死亡する。

 地面を転げながら手首を失った左手と左足で後退しながら右手で剣を振り回しながら逃げるロレンゾを無言で追い詰めていくハンスは感情を失った表情で剣を弾き飛ばす。

 だが彼の以前の表情を知っている者がいればそれは嗤っているように見えたであろう。


 剣を弾き飛ばされたロレンゾは勢いでひっくり返され、這い蹲りながら逃げ出そうとした。


 止めを刺すように背中から剣を突き刺し、まるで昆虫の標本を作るかの如く地面にロレンゾを縫いつけたハンスはその場から姿をけしたのだった。




 それがハンスの最初で最後の出現だった。ロレンゾに靡かないでいた一人の盗賊が偵察の任務から戻り絶命する前の仲間からハンスを襲い逆襲にあった事、恐ろしく強くこの世の者とは思えないハンスについて語った事だったのだ。当然彼はハンスを責める気にはなれなかった。それどころか本来はハンスの側にいたのだ。彼は一人仲間だったもの達の遺体処理し、その後姿を消した。


 とある場所で活躍した義賊の集団の消滅は原因が不明のまま処理される。

 そして月日は流れる。人々の記憶からその出来事が忘れ去られていくように。




 5年の歳月が過ぎ、世界は混沌に包まれ始めていた。

 王国同士の戦争が激化していた事など今では誰一人気にしていない。なぜなら魔物の王が出現していたからである。


 突如として現れた魔物を率いる軍勢は王国を蹂躙した。次々に宣戦布告もなしに襲い掛かる軍勢は王国を消滅させていった。


 かろうじて数カ国が滅ぼされた所で魔物の進行は止まったが、じわじわとその支配地域を押し広げている。

 世界は混沌へと突き落とされていたのだ。


 教会の神父たちは祈り神の救いを求めたが勇者は現れない。

 人々は絶望の中で日々を過ごす事しか出来なかった。いつ自分たちが殺されるのかただ待つだけ。だが救いが無いからといって人々は諦めたりはしていなかった。


 冒険者達はパーティーを組み魔物を討伐する事で報奨金を得ながら生き抜く。そんな者達が出現し始める。

 自警団を作り村を守り生き抜こうと足掻く人々。


 魔物の国になった地域からは時折強い固体が出てくるが直に世界が滅ぶわけではなかった。


 その魔物の国から少し離れた山間の村、どこかハンスの故郷を思わせる長閑だった村でも時折襲ってくる魔獣を退治する自警団や冒険者が活躍する事でなんとか生活を続けていた。


 そこにふらっと旅人が一人やってくる。別に旅人など珍しくは無い。冒険者も多くなり商人の行き交いさえあるのだ。


 各村には冒険者の組合(ギルド)が設置されていて彼も冒険者の一人なのか単独なのは珍しいが建物の中へと入っていく。


 大量の魔獣の牙や皮、魔物から取れる魔石を持ち込んだ男は余程優秀なのだろう。認定された冒険者カードには討伐ランクで金の文字が記されていた。


 単独冒険者で金のランクなど考えられない事なのだが、仲間が死亡でもしたのだろう。無口な男である事からも受付は深くを問わず素材と討伐代金の支払いをする。


 だれもがそんな暮らしをしているのだ。特別同情などするべきではない。


 男は金を受け取ると討伐依頼の内容をひとしきり眺め建物から去って行った。


 宿を探すその冒険者に声を掛けたのは一人の娘だった。


「ねえ、冒険者さんでしょ、そんな剣も持っているんだし。組合(ギルド)から出てくるのも見たんだけど宿がきまってないならまだ空きがあるけどどうする」

「……幾らだ」

「一泊150ローよ、それで晩御飯に朝ごはん、お風呂もセット」

「そうか案内してくれ」


 嬉しそうに喋りかけてくる娘に対して物凄く無愛想な男だった。まだ15歳だが彼女は村でも評判の器量をもっている。本人に自覚がないがこの地域で一番の美人といえばルーシーだと、若い男性なら全員が声を揃えて叫ぶに違いない。それが全くといっていい程会話にならない。「何処から来たのか」と問えば「東」、「何歳ですか?」と尋ねても「知らん」と一言の返答しかなく会話として成立しないのだ。


 ルーシーも別段媚を売るために話している訳でも無いし、無自覚天然の世話焼きなだけなのだが、こうまで会話が成り立たないと意地になってくる。

 いっそ自分の事を喋らないのならこちらから自分の話題を喋り続けてやると意気込み始める。そんな事をされても普通ならDON引きである。しかし天然物とは恐ろしい。マシンガンのように村の事から両親の事、小さな時の思い出からと宿にたどり着くまでに彼女の一通りの事を男は大よそ理解出来るほどに話されていた。そして不思議と怒るでもなく彼女の話をただ聞き続けていたのだ。

 とは言え空気の読めなさではこの男も負けていなかった。

 常に相槌は「そうか」「ふむ」「なるほど」の三つのみで会話を交わす。

 やっと喋ったかと思えば「ここが宿屋か」という一言だった。

 付いて直に一泊分の宿泊代を前払いして部屋に向かった男を眺めながら、ルーシーは憮然としていた。

 なんだか納得がいかないのだ。最初に感じた印象はちょっと怖かったが優しい目をした人だと思ったのに、態度はそっけなく、喋る言葉は「そうか」「ふむ」「なるほど」だけ。それで会話が続いたのだから大した物だと言えなくもないが、馬鹿にされたような気もする。


 身形は悪く無い、これでも宿屋の娘で客を見る目はあるつもりだ。

 だが何か普通の冒険者と違うのだ。それが何かまではわからないが着ている物は恐らく特注品だろうし、武器もかなりの物じゃないかと見抜いている。相当に高いレベルの冒険者だろう。我が家の宿代は其れなりの値段だ。ちょっと風呂と料理に凝った親父の性分で村のほかの宿屋に比べると高めの設定にせざるを得ないのにあっさりと宿泊した事、前払いで支払う歳にみせた皮袋は魔法の高級品だった。


 旅の汚れを落とし食事に向かった男を待ち受けていたのはまたしてもルーシーの口撃だった。

 うっとおしいと感じれば拒否すればよいのに、男はただずっと「そうか」「ふむ」「なるほど」と相槌をしながら聞続ける。それも何故か適当ではなく真剣に。


 そうか、だから不思議なんだとルーシーは気がついた。適当な相槌にも関わらずなぜか真剣に話を聞くのだ。一言も漏らさないように、全てを重要な話であるかのようにそれこそ他愛も無い話、近くの川で遊んだだとか親の拘りの一品だとか、真剣に聞くに値しない話を逃さないように聞くのだ。


 その態度は真摯であった。


 だからルーシーも喋り続けてしまう。そんな不思議な会話が続いたのだ。だが時間も遅くなると流石に喋り続ける訳にもいかない。ルーシーは片付けの手伝いをし、男は部屋へと戻った。


 翌日の朝、男は纏めて10日分の料金を支払うと荷物を残して狩へと出かけた。


 ルーシーはまたしても不思議に思う事になる。と同時に彼が長く滞在する事を少し嬉しく思った。それがどんな感情なのか天然物は気がつかない。


 朝早くに出かけ周辺の魔物や魔獣を狩って素材などを手に入れ日々の糧とするのが冒険者だ。男も同じように出かけては一流のパーティーがこなす様な量の素材を手に入れて帰ってくる。そして夜にはルーシーが話しかけるのを真剣に聞きながら夜遅くまで過ごす日々が続いた、まるでそれが以前からも当たり前のように続いていたかのように、そして次の日も必ず同じように続くかのように。



 素材の収集などを男は引き受ける事は無かった。常に魔物や魔獣を殺し素材を手に入れる。自分に必要な薬草などは摘むが冒険者組合(ギルド)の依頼書には手をつけない。

 それが男のルールであるかのようだった。


 組合(ギルド)としては出来れば採取依頼もこなして欲しいが、男の倒してくる魔物や魔獣の数は凄まじく、それこそ一人軍隊《one-man-army》だ。お蔭で周辺の魔物が減り続ける事で採取の依頼も恙無く済ませてくる冒険者が増える。なので感謝こそすれど不満はない。それよりも一人でこれだけの討伐をする男の噂が真実だった事を思い出していた。


 ふらっと現れてその地に魔物が狩りつくされると消えていくたった一人の冒険者の噂。組合(ギルド)でも眉唾物の噂だとされていたのだが、目の前にいるとなれば信じるしかない。と云う事はこの周辺の魔物や魔獣が狩りつくされれば彼は居なくなるのだろう。



 それなりの大きさの村ではあるが、娯楽のない世界でそういった一種の英雄譚の如き内容の噂が広まるのは早かった。ルーシーがその話を聞くのにそれ程の時間は必要としなかったも当然だろう。


 その話を聞いた時、何故だか解らないが彼女の足は震えて動かなくなった。


 今夜帰ってきたら聞いてみよう、出て行くのかと、それは馬鹿げた話でしかない事を彼女も理解はしている。冒険者が出て行く事など当たり前なのだ。ましてや噂が真実であればある程にその可能性が高い事も解っている。だが彼女は口に出す事が出来なかった。聞きたくないと心が拒否したのだ。


 これまでに比べて口数が減った彼女を少々不思議に思った男だが、だからと言って自らを語る事など無かった。だが心配するような眼差しを向けられたルーシーは心臓が飛び跳ねると同時に流石の天然物も自分が恋をしているのだとやっとのことで気がついた。


 自分は去っていく冒険者に恋してしまった。そう考えると不思議で仕方が無い。どうしてそんな相手を態々好きになるのだろうかと自分に問い詰めたかったが、無駄な事だった。なにせ天然物だけにその手の事には疎かった。容姿似合わずに本当に残念な部分としか言いようの無いところだが仕方が無かった。


 そもそも恋をする理由を考える方が無粋な事だなんて彼女には理解さえ出来ない。だから気がついた彼女は顔を紅くするのが精一杯だった。かなり年の離れた相手に引かれるものだと父も母も若干呆れたが、失恋に終わる可能性の高い彼女の初恋を応援してやりたいと思っていたので口に出さず見守る事にした。


 それでより孤軍奮闘に追い込まれていたのだが、ルーシーは天然である。いっそ自分の恋が破れるかも知れないならば当たって砕ければいいんじゃないかと開き直った。


 恋の一つもしたことが無いのは自覚はしていたが、相手がいないのだから仕方ないじゃないかと友人達にも開き直っていた事からも開き直る才能があったと見られる。


 そこで重大な事に気がつくのだ。なんとルーシーは初恋の相手の名前さえ知らなかった。知っているのは噂になっている通り名だけだ。


 買い物に行く途中でそれに気が付いたルーシーは余りに内容に愕然としてしまった。自分でも抜けた所は自覚していたがまさか初恋の相手の名前もしらず恋焦がれていたなんて、恥ずかしくて今更どうしろというのだと悶えた。


 天然とは恐ろしい生き物であり、そして開き直る才能が加味された事は恐ろしい程の逞しさを少女に与える事になる。



 その日の夜、ルーシーは決断する、名前を知らずとも恋したっていいじゃないと。


 昨日の態度が嘘のように話しかけてくるルーシーに男は何の疑問も持たずいつもの様に「そうか」「ふむ」「なるほど」と相槌を打つがルーシーもこの数日でその違いに気付いている。


 一言一言の抑揚に違いがある事に普通は気がつかないだろう素っ気無い言葉に違いを見出すのは、やはり恋のなした奇跡だろうか。


 彼女が一大決心をして告白をしようとした瞬間、村の鐘楼が打ち鳴らされたのだ。


 半鐘が打ち鳴らされる、それは緊急事態の発生を意味する。火事などに利用されるのだが打ち方でその内容がわかる仕組みで統一規格が用意されている。


 その音はカーン、カンカンカンと繰り返される、悪夢の響きだった。



「隠れてろ、これから逃げても間に合わん」


 初めて男から喋りかけてきた言葉は素っ気無くそして真実を含む強い言葉だった。先程の半鐘が知らせるのは魔物による襲撃。それは逃げるしか無い絶望だった。


「でも」

「もう鳴り止んでるだろ、逃げ出したんだ、このタイミングで襲われたら逃げ切れん、地下室はあるな」

「ああ、用意してる」

「なら全員で避難しろ」

「アンタは」

「俺は……出る」

「そんな」


 幾らなんでも無茶だ、どれ程優秀な冒険者だといえど魔物の集団に襲われれば命を落とす。なので半鐘がなれば隠れ潜むか逃げ出すしかないのが常識だ、ルーシーが驚くのは無理も無いし、父親がどうするかと聞いたのも一緒に来るかという意味だったのだ。


 それを一言で断ると逃げるのではなく闘う意志でもって出ると男は言ったのだ。


 まるで死に場所を探すかのようにしか思えない行為だ。


「駄目だよ、死んじゃ嫌」

「誰が死ぬんだ」

「え?」

「だから、誰が死ぬと言ったんだ」

「でも闘うんでしょ」

「ああ、(お前がいる)ここは気に入っているからな」


 脳内変換などお手の物である天然物だがあながち間違いでもない。男はこの数日で安らぎにもにた思いを彼女から受け取っていたのだ。


 そして戦い帰ってくると告げているのだ。その意志の込められた瞳は不思議な色だった。


「聞かなかったが、俺の目を見て怖くないのか」

「綺麗な色」

「そうか」


 それは過去に最愛の恋人からかけられた言葉だった、まだ彼の瞳が漆黒のダイヤのような頃に、最愛の相手から褒められた瞳への言葉。もう二度と言われることが無いと思っていた銀と金の混ざったような瞳の色。


 それを彼女は綺麗だと言ってくれた。彼にはそれだけで十分だった。


 赤髪に赤銅の肌、そして金銀の瞳、「赤髪の魔眼」と呼ばれる二つ名で呼ばれる流浪の冒険者になっていたのは嘗て全てを失い地獄を彷徨っていたハンスだった。


 今でも一人で冒険者をしているのは嘗て仲間に裏切られたからで、あの時から今までこれほどまで人と接した事は無かった。そして大事だと思えるようになったこの村を無くすなんてハンスには耐えられない。だからここれまで封印し発揮してこなかったその人外の力を解き放つと決めた。


「安心してくれ、俺は死なないさ」


 そう近所に散策にでも行くかのごとく気軽な言葉を残したハンスは獲物を持って宿から飛び出していった。





 数年後大陸全土の魔物が討ち果たされた後で一人の男性と女性の結婚式が行われた。

 誰が魔物を打ち滅ぼしたのか、全ては謎に包まれていたが少なくとも国や教会ではないと人々は知っていた。なぜなら幾多の村を救った英雄は只の冒険者と名乗り、大切な物を守るついでだと人々に告げていたからだ。

 魔物を滅ぼした国があった山奥に彼は住んでいるという噂が流れたり、他の大陸に渡ったなどとも噂された。だがどれもが噂にしか過ぎなかった。国が獲得に動いても消息は掴めなかった。


 ただ彼は本当に大事な物を二度と失わない為に闘った後に帰る場所が在っただけだ、名誉の為でもなく金の為でもない戦いの理由は単純だった。

 そこには彼を待つ女性が居たのだから。それだけの理由があれば彼は闘う事ができた。

 全てを失い。本当に何も信じられなかった彼に眠っていた優しさを取り出したのは少女の想い。

 そんな話を知る者は少ない。

 ただ彼と彼女を知る誰もが二人の幸せを願い祝福を願い続けた。

ファンタジーバトル書いてなかったら禁断症状がでたので書いてみました。

ハードボイルドに行きたかったのにキャラクターが勝手に動くんだから恋愛小説でハッピーエンドになったけど、気にしない!

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[良い点] 魔人化したのにハピエンとはバンザイですな! 天然娘サイキョー! [気になる点] 魔王はどうなった?
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