《六日目》 木曜 午前 少女の噂
光よりも速いものを探すことで、何とか自分を取り戻し始めた章子はしかし、今や章子にとって取り返しのつかない噂がクラス中に広まっていることに気づくのが遅れてしまっていた。
それに気づいたのはある仲のいいクラスメートの進言だった。
「いま、章子に変な噂が立ってるよ」
その一言で、今の自分のクラスでの立ち位置がどうなっているのかはなんとなく理解できた。
「それってどんな噂?」
「章子に好きな人がいるって」
そう言った章子の友人の智子は怪訝な顔をして続きを言いたそうにしている。
「それだけならまだいいんだけど……」
「まだ何かあるの?」
「章子はその男の人に夢中で、だから何も考えられないんだって」
智子の恐る恐る言うその内容は章子にとって当たらずとも遠からずなものだった。
「少し……当たってるかな」
「援交してるのっ?」
顔をのりだす智子に章子は吹き出した。
「なんでそうなるの?」
「だってみんな噂してるよ? 章子は名駅に入り浸って大人の人と付き合ってるって……」
さすがにその内容には章子も唖然となった。
「それ……、ホントに……?」
改めてクラス中を見ると章子から距離を置いているクラスメートが大半だった。
章子はその光景を見て「これはダメだ」と直感的に思った。おそらくもうこの噂は取り消すことはできない。長年の学校生活からどれが冗談で済んで、どれが決定打になるかはある程度章子にも分かるようになってきている。
「先生から呼び出しなかった?」
智子のその発言からおそらく教師たちもその線を少なからず疑っているんだろうと思い、章子は絶句していた。
当然、平日の昼間に授業もほっぽりだして学校を飛び出せばこういう代償が返ってくるのは当たり前といえば当たり前だ。今のこの状態は章子の今までの行動の結果なのだから甘んじて受けるしかないことも分かる。
(きっともう内申点は期待できないだろうな)
事実がどうあれ、教師たちに少しでもこういう印象を与えてしまったことは受験を前にした中学生には致命的だ。
(しかもその数日後には、本当に家出をしなくちゃいけない)
章子はそこで目を見開いた。
(そうだ。わたし、明日でいなくなるんだ)
今更ながら自分がこれからするだろう行動を自覚した。
(これはほんとうに致命的だ)
ゴウベンからは期間も何もかも聞きそびれている。しかし、にもかかわらず章子の選択肢にこの世界に留まるというものは存在しなかった。
自分でも少しどうかしていると思う。しかしそれ以上に章子はもう、もう一人来るというその少年に会うつもりでいる。
そう考えると、こういう噂がこのタイミングで出るのはちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれない。
(黙っていなくなるには好都合なシチュエーションかな)
章子は頬杖を突きながら、心配そうに覗きこんでいる学友をよそに迫る明日の期日を今か今かと待ち遠しそうに感じていた。