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神の創りし新世界より A  作者: ゴウベン
第四部 赤い剣と鳥
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4.憧れの魔法少女

 それはラティンの首都ヴァッハの都内見物が終わった黄昏時の事だった。

 都心から外れた停留所で郊外行きのバスに乗り換えようとした時刻。

 ほとんど今日のガイド役の体をなさなかったサマンサが次のバスを待つ三人に頭を下げた。

「今日は本当にお見苦しいところをお見せしました」

 詫びるサマンサだが別段章子もオリルも気にしている素振りはなかった。

 むしろ気にしているものがあるとすれば手や膝に乗せている今日の収穫にあるだろう。

 章子はぶんぶんと首を振った。

「とんでもないです。すごく楽しかったですから」

「はい。私も同じく」

 オリルも同意するようにコクコクと頷く。

 どちらも同じようにホクホク顔だ。

 その顔を昇は多少げっそりとした表情で見ていた。

 章子たちの上機嫌な理由は至極単純だった。

 ラティンの首都ヴァッハの観光で立ち寄った魔套ショップで購入した衣料、装飾品がその理由だ。

 それらはもちろんただの装飾品ではない。

 それは布地やボタン、金属部分に軽い魔術機能を付帯させた魔套マリフおよび魔装サリフとよばれるものだ。

 特に今章子の髪に止められている髪飾りなどは視覚的に限定されたものではあるが淡い桃色の炎の明かりを灯している。

 他にも魔套を販売する大型店では霧や炎に包まれた法衣や常に雷光を放つピアスなど魔術装飾品もあった。

 その品ぞろえには同じラティンに住んでるであろうサマンサでさえ我を忘れるほどのものだった。

「本当に申し訳ありません。同じラティン人である私でもあそこまで品ぞろえのあるところに行くことは滅多にないもので」

「行くことがない?」

「ヴァッハは魔導都市中の魔導都市です。ここでは常に最先端の魔術サリー魔導ウィザードリーが編み出されあらゆる生活必需品に魔導ドリスされます。

 そしてその魔導処理のおわった魔術媒体品が各地に渡り流通するのです。

 特に高名な魔導師級の重要人物もこだわりの逸品を探すためにこの都市を頻繁に訪れるといいますから、魔術的に見てもかなり上級者向けの都市なんですよ」

 サマンサの得意げな解説に章子もオリルも瞳を輝かせて頷く。

 その顔を見て、女の子は本当にショッピングが好きなんだと昇は思い知った。

 あのオリルでさえ目の色が違っているのだから間違いない。

 何より驚いたのが章子についてだ。

 街角の一角にある小さい魔套ショップを覗いていた時にそれは起こった。

 魔術装飾や魔術衣料、果ては魔術雑貨といった魔術尽くしの陳列品を見て回る少女たちを遠目にしていた昇は一人、どこか書店でもないかと周りを見回していた時のことだ。

 同じ棚を物色する二人からそそくさと距離を置いて、品を四つ五つ抱えた章子が試着室のカーテンを閉めたのを目撃したのだ。

 昇は遭遇した女子のデリケートな場面に反射的に目を逸らしたが、なにぶん他のメンバー全員が女子の為その場を離れることもできない。

 仕方なしにそっぽを向いたままつっ立っていると、カーテンを開ける音が聴こえたので、昇はホッとした眼差しでその場所に目を戻した。

 すると、試着したそよ風の漂う服を元の場所に戻し、次の瀑布立ち上る美しい法衣に手を伸ばしている章子の姿があった。

 昇は首を傾げた。

 どうやらその手には他にも雷なら雷、火なら火と同じ属性の服とアクセサリーを揃えているらしい。

 さらに目を凝らすとなにやら同属性のものと思われる可愛らしく施されたステッキまで抱えてた。

 昇はまさかと思った。

 思ったが試着室に近づこうとは思わなかった。

 努めて冷静にその場に立っていよう。それだけを考えた。

 しかしそれも章子がカーテンの隙間から周りを見回して隣の大鏡の前に躍り出た時に、完全に無駄な徒労となった。

 昇は絶句した。

 章子は変身していた。

 上から下までを火の魔術衣、アクセサリー品で揃え着飾っていたのだ。

 さらに例の魔術杖だと思われる火のステッキを片手にポーズまで決めて、何やら口をパクパクさせている。

 昇は悟った。

(あれは……決め台詞を言ってるのか……?)

 何を言ったのかまでは聞き取れなかったが想像することはできる。

 正直この日ほどその言葉が聞こえなくて本当によかったと思ったことはない。

 そして何を思ったのか、

 本人には絶対にトラウマとなるだろうことを覚悟して昇はその人、咲川章子に近づいていった。

「咲川さん……」

「いっ?」

 声をかけられた本人は時間を止めた。

 その恰好、そのポーズで。

「ごめん、……全部見てた」

 章子の顔は完全に蒼白だった。

 そうなることは分かっていたが、昇自身にもこの光景を一人の男子の胸にそっとしまっておく器量などどこにもなかったのだ。

 だから、その顔見て気まずいながらもポリポリと頬を掻くことしか昇はできない。

「うん。でも魔法少女の咲川さんも全然いいよね!」

 親指をグッと突き立てたがそれは逆効果だろうことを昇も自覚している。

「魔法少女?」

 そしてなんという間の悪いことだろう。

 更に昇の後ろから見物人のように覗くオリルとサマンサが何それ?といった顔で見つめてくる。

 本家本元の魔法少女たちには自分たちがすでにソレだからなのか、章子がそういう服装をしているそれが一体どういう意味を為すのかもわからないのだろう。

「あ……あ……」

 章子は本当に顔面蒼白だった。

「だって、だってっ……」

 章子はすごい言い訳をしたそうな顔だ。

 まさか章子が魔法少女に興味があるとは昇も夢に思わなかった。

 だから言ってはいけないことを言ってしまった。

「魔法少女に憧れるの……すごくよく分かるよ。だって咲川さんもまだ中学生の女の子だもんねっ」

 その一言は章子の顔を真っ赤にさせた。

「の、」

「の?」

「昇くんのバカぁ!」

 平手を食らった。思いっきりくらった。

 章子がまた試着室に消えていく。

 オリルもサマンサも章子のその反応にはピンと来なかったらしいが、昇を軽蔑する眼差しだけは一致した共通見解のようだった。



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