3.お伽の街
章子がホテルの窓を開けると気持ちいい風が入り込んだ。
あれからこの第二世界に来て一週間がたつ。
空を見ると箒や空飛ぶ絨毯がそこかしこで飛んでいた。
魔女の乗り物だ。
この第二世界の案内役、サマンサの言うところによると、あの箒や絨毯が魔術の力の根源である魔術媒体と呼ばれるものであるという。
魔力は必要ないのかと問えば、魔術媒体を操作する集中力、精神力が強いて言うなら魔力に相当するらしいという答えが返ってきた。
それはどうやら第一世界が使う魔法と同じような理屈だと章子は思う。
いや自分で出力計算もしなければならない魔法とは違い、出力調整が物に依存している分魔術の方がはるかに御しやすいという事はあるだろう。
ともすれば魔術媒体さえ手に入れば章子一人でも魔術は使用可能という事である。
「何を考えてるのか見え見えだから」
そう言ってドアを開けて部屋に入ってきたのはオリルだった。
「まだ不思議な気分。まるでお伽噺の国にいるみたい」
章子は両肘をついた手に顔を乗せて窓から景色を眺めている。
「そう思わない?」
「そうね」
この時代からすれば過去の住人であるオリルもこの世界の光景を半ば羨望的に見ている。
「こういう暮らしがあったんだと思うと少し羨ましい」
「私はすごく羨ましい」
「ここが気に入った?」
オリルの問いに章子は苦笑いをするしかない。
「だって私たちの世界と全然違うんだもの」
オリルもそれを聞いてふふと笑う。
「昇がまた見つからないんだけど」
「困った男の子だよね」
章子はため息を吐いた。
いい加減そろそろこの生活にも慣れてもらわなければ章子たちも困る。
てっきり男子は女子二人と一緒の部屋で寝泊まりできることを嬉々として喜ぶものだとばかり思っていた。
魔法の使えるオリルがいるから襲われる心配もないし、なによりオリルはそういう貞操面がしっかりしているから安心できる。
むしろ昇の方が襲われる側になるんじゃないのかと心配になるぐらいだ。
「そろそろサマンサが来るわ。早く支度を整えないと」
「昇くん、また本屋かも」
「書籍屋? 昇に完全文語を教えたのは間違いだったかしら」
「まだちゃんと読めれるわけじゃないみたいだけど?」
「でも章子の方は発音がだいぶ良くなってきたわよ」
「そう?」
章子の不信な顔にオリルは肯定してみせる。
「これじゃ昇も時間の問題かも」
「そんなに優秀だとは思えないけど」
泣きながら完全文語に取り組んでる姿を見た時にはさすがにやりきれない気持ちになったものだ。
「章子」
「なに?」
「昇を軽く考えてるといつか足元をすくわれると思うわ」
オリルがいつになく真剣な顔つきで言う。
「本当にそう思う?」
オリルは頷いた。
「じゃあ、わたしも気を付けることにする」
そう言って章子は自分の着替えの入ったカバンを閉じた。
サマンサとはあと三十分ほどで落ち合うことになっている。
今日はラティンの首都ヴァッハの街を見て回ることになっていた。