8.精霊が導く海路
「昇って、ああいう子が好みなんだ……」
第五世界から次の時代世界へ旅立つことになったその日の午後。
離れていく第五世界の陸地を遠目にしながらオリルは言った。
「なんのこと?」
「マリナの事」
二週間という短い滞在期間が過ぎて第五世界の海港から次の新天地に発った三人の少年少女たちは今もまだ後にする大地を眺めている。
「マリナのこと、意識してたでしょ。見え見えなんだから」
「ね、章子」とオリルは章子にも話を振った。
章子もそれには「うん」と返す。
「咲川さんまで……」
「っていうか、昇くんて、他の女の子じろじろ見過ぎ」
「は?」
「道ですれ違う時とか、ちょっと可愛い女の子が通ると何気に見てたでしょ?」
「はああ?」
「ね? そう思うでしょ! 昇だけよ。それをバレてないと思ってるの」
章子とオリルは二人して深いため息を吐いた。
「こんなに可愛い女の子が二人も目の前にいるのに」
昇は自分の事を可愛いと表現する女子の言葉は絶対に信用しないことにしている。
だから、その二人の呆れ具合を見た時にも、それだけ自分の事もじろじろ見てたんじゃないのかと突っ込みたかったが、次のオリルの行動でその言葉も吹き飛んでしまった。
「ね? あなたもそう思わない?」
オリルが片手を空に広げて魔法で起こした風をその手に纏わせている。
その風は風の色に着色されたまるで巣立ったばかりの雛鳥のようにオリルの身の回りを飛び交いはじめた。
「ふふふ、あはは」
その風の鳥とじゃれ合うように踊りだす楽しそうなオリルを見て昇と章子は唖然としていた。
「どうしたの? それ……」
茫然としたように見る章子と昇にオリルは笑ったまま返した。
「どうしたのって、教わったのよ。第五のマリナに」
「教わったって」
「風や海流に命を宿らせるってこういう感じなのね。楽しい。すっごく楽しい」
魔法で続々と発生させた炎や風や水に次々と命を吹き込んでいくオリル。
「精霊だ……」
昇はそう言った。
いつかサマリナが言っていた。
「流動する力には常に個性があって、その方向性を変えたものをさらに高次の生命という存在へ昇華させるのが私たちの技術」という言葉。
昇にはサマリナたち第五世界の自然現象に命を与える力というのは、ある意味では真理の一部を感じさせる力のように見える。
しかしそんな昇の深慮も憚ることなく、際限なく噴出する風や炎や水、雷はそれぞれ鳥や犬や魚や猫を象り、オリルの周りを縦横無尽に駆け回る。
それはまるで飼い主に懐く愛玩動物そのものの姿だった。
「なに……?」
そう言ったのは章子だった。
章子は、オリルが起こした魔法の風や炎が次々と命を与えられまるでペットのようにじゃれあう精霊となった姿を見て、何かが閃きかけたのを心のどこかで感じたのだった。
その閃きが何なのかを探すようにオリルの姿をもう一度確認する。
第一の少女は第五の技術を学びとりそれを第一の科学と融合させている。
章子は思う。
(いま……何かが……)
その姿はまだ明瞭ではない不確定な形で章子の心に芽生えだす。
今はまだその見えない何かがなんであるかさえ言葉にもできない少女の心に。
その第一の少女の精霊たちとはしゃぐ姿は。
この果てしない新世界でのまだ先の見えぬ大海原の航路で、ただ一つの道しるべになるのかもしれなかった。
第三部「覇都の遺産」 これにて終了です。
次回、第四部「赤い剣と鳥」 お楽しみに。




