3.精命のラボ
「ここがあなた方の知りたい事の中枢となっていた場所です」
そう言ったサマリナは羽織っていた白衣を翻して、白い巨大な研究施設の建物の奥へと案内した。
この第五世界に辿り着いた初日に、もうこんな肝心な場所にいるのは第五世界の手際の良さを感じさせる。もちろん第一の力によるところも大きいのかもしれない。
オリルたち四人が白い車に乗せられて辿り着いた場所はいかにもこの時代の最先端を象徴するような広大な敷地の中にある研究施設だった。
にも関わらずほとんど顔パスの状態で最先端技術の詰まっているだろう施設の内部に案内されたのには意外だった。
「こういうのって最重要機密扱いとして厳重に守られてるものじゃないの?」
そう言ったのは昇だった。
それを聞いて先頭を歩くサマリナは言った。
「別にこれは秘密にしておくことでもありませんから。私たちの世界では当然のことでもありますし」
「当然?」
サマリナは頷く。
「私たちの世界ではみんな知っていました。もう地球と月のバランスが限界に来ていることを。私たちは早急に手を打たなくてはいけなかったんです」
サマリナが後ろについてくるオリルを見た。
「オリルさんは私たちの世界の得意分野をご存知ですか?」
「また戻ってる。普通にオリルでいいのに」
「すみません……」
しかしそれをやんわりと微笑みで受け流しサマリナはただ先を促す。
オリルもまた、それ以上何も言わずに先を続けた。
「たしか自然界に存在する風や炎、雷や川の流れといった流動的なものに命を吹き込むことを可能とする科学技術、だったと思う」
仕方なくオリルが言うとサマリナも肯く。
「そうです。私たちの世界は神羅万象、すべての気象現象および流動的に動く物に命を吹き込むことを可能とする精神精霊学の文明です」
「精霊……」
だからこの世界の風はあんなにまるで鳥のように囀り空を謳歌していたのか。
「私たちは風や炎に命を与え、それとともにこの世界を生きてきました。でも……さすがにこの大地、地球自体にまで命を吹き込むことはありせんでした」
「どうして?」
その答えは簡単だった。
「私たちの手が地球の中心内部まで届かなかったからです。私たちの科学技術では地球の内部まではとてもたどり着けませんから」
「辿り着けられたら命を与えられていた?」
その問いにサマリナも首を振る。
「無理でしょうね。だいいち私たちはあの地球に命を与える事を恐れていました」
それは章子や昇にもなんとなく理由が分かる。
「命を与えられた地球が何をするかわからないから?」
「そうです」
サマリナは頷く。
「それでもあの時ばかりはそうも言ってられなかったようです。今から十年前……あっ、この世界に現われる前の時系列で十年前の事だそうです。
その当時の地球の火山活動が突然弱まり始め、地磁気も自転周期も弱まりだし地球は瀕死の状態にありました」
ぽつぽつと語るサマリナの顔は非常に物悲し気だった。
「何か地球内部の活動に刺激となるようなことをしなければいけない。そんな時です、今はない極北の氷山地帯の海域でものすごく古びた細長い箱が発見されました」
「箱?」
「そう箱です。発見者はその海域を漁場とする漁師さんでした。漁師さんがその箱を開けると中は箱一杯に満たされた真水だけが入っていました。
その水はひっくり返しても何をしてもそのケースの中から一滴も零れ落ちようとしません。
不思議に思った漁師さんがその水の中に手を入れると何か棒状のものに触りました。その棒状のものを水から引き抜こうとしたとき、頭にこう声が響いたそうです。
〝願いを言え〟と」
「願い?」
「その願いを言わないと棒は引き抜けないらしいのです。漁師さんは願いを言いました。
この世界を救ってくれと。
しかしその願いを口にして目の前に現われたのは漁師さんにはまったく理解のできない数式の嵐でした。
漁師さんは慌ててこの意味不明な怪しげなものを町の学者さんのところに持っていきました。
その学者さんも触った中身から声を聞いたといいます。〝願いを言え〟と。
やはり漁師さんと同じ願いを言った学者さんの回りにも数えきれないほどの数式が表れました。
学者さんがその数式をみて悩むこと数時間、出した結論は驚くべきものでした。
その箱は数式で語っていたのです。
この世界を何から救い、救われた形とはどういう状態をさすのか?と。
学者さんはこれを中央の政府に持っていきました。学者さん一人の考えではとても収まるものではなかったからです。
そして……」
サマリナはそこで立ち止まった。
まるでそこが終焉の地であるかのように。
「その国の政府はその箱の中身に触れる前にあらゆる方面からその箱の解析をはじめました」
サマリナの前で大きな扉が開かれる。
「結論から言います。解析の結果、箱の中にあったものは槍でした。それも純粋な水だけでできた槍です。
それは液体のまま槍の形状を象った不思議な存在でした。
その存在がこの現実世界で成立する理屈を今の私たちの科学技術では説明することができません」
サマリナは後ろで待つ三人を目で問うように見た。
「箱の内側にはその槍の名前と思われる銘が打たれていました。槍の銘はペンティスラ」
「水槍ペンティスラといったそうです」




