《一日目》 土曜 全日 少女の一日
「君をペアであの惑星にご招待しよう」
章子は自分の部屋のベッドに寝転びながら、昨日会ったまるで神様のようなあの人物から告げられた言葉を何度も思い出していた。
今となってはあれが本当に現実のことだったのか、章子としては確かめる術がない。つい昨日起こった出来事なのにあまりにも現実ばなりしていたそれらは自分自身でさえ本当は夢だったのではないかと何度も考えさせられるほどのものだった。しかしあの人物との出会いは証明できなくても、空に突然現れたあの惑星だけは現実のこととして章子の……いや全世界にとってもっとも大きな問題として目の前に立ちふさがっていた。
それはあの人物に出会う前の、真昼の正午に突然現れた謎の巨大惑星のことだ。
昨日の夕刊から今朝の朝刊に至るまで、ニュースからワイドショーなど全てのマスコミの話題はこれ一色だった。
もちろん章子の回りも例外ではない。クラスメートの友達はこの話題で何度もメールをやりとりしているようだったし、弟や両親でさえ、昨日の帰宅直後から今の今まで家族の話題と言ったらこの惑星のこと以外ありえないといっていいほどの盛り上がりぶりだった。
そんな光景を思い出して章子は否が応でも確信する。
(「本当にあの惑星は存在する……」)
ならば、あの人物も確実に存在するはずだ。なんといってもあの人物こそがあの惑星を創りあげた張本人なのだから。
章子は頬杖をつきながら思う。
何度思い返してみてもやはり現実離れした人物だった。あの人物に対して章子の印象は闇という印象しかない。それだけ顔の輪郭や背格好なども黒ずんだ記憶しか思い浮かばない。それでいてどこかやさしげな印象が章子の頭を支配しているのはあの人物独特の物思い深げな雰囲気ゆえなのかも知れなかった。
あの人物が章子にむけて放ったあの時の言葉。
「君の他にもう一人いる」
結局、名前も名乗らなかったあの人物の言葉は章子の頭の中をいっぱいにしていた。
自分の他にもう一人、あの惑星へ招待された子供がいる。しかもその子供は男の子で自分と同じ年でこの同じ名古屋という街に住んでいる。
まるでどこかの漫画のようなストーリー展開ではないか。突然世界を揺れ動かす出来事が起きて、その真相を共有できるのはその少年少女の二人しかいない。
そう考えると、中学二年生の章子はどうしてもその少年に会いたくてたまらなくなっていた。
とにかく一刻も早く二人で共有できる話がしたかった。
あの惑星のこと。あの人物のこと。そして今、少年はいったい何をして、何を感じて、何を考えているのかということを。
これから一週間後にはその見知らぬ少年と二人であの未知の惑星を旅して回ることになる。それだけでも思春期の女子中学生にとっては大事件だというのに、肝心のあの人物はその旅がいったいいつまで続くのかも何も言わなかった。その時にはいったい何が必要になるのかも、何もかもだ。
まったく章子はこの一週間のうちに、あの惑星に行くかどうか決断をしなければならないというのに。
章子はそう考えるとため息をついた。
これは結構あんまりな対応だ。今は十月の半ばを過ぎたあたり。昨日はそれどころではなかったが、もしあの惑星が出現しなかったら、いまや章子たち中学二年生は中間テストを目前にした追い込みの時期だ。それ以前に中学二年の二学期なんていうのはその生徒の親でさえ大騒ぎするほどの、高校受験にだって大きく影響する一番大事な時期でもある。下手をすればもうこの時期から志望校を絞っている生徒までいるぐらいだ。
にもかかわらず、あの神様のような人物は章子にその将来の進路を棒に振ってでもあの惑星に行かないかと誘ってきたのだ。
しかし、正直にいえば、将来の進路とあの惑星への切符を秤にかければ軍配が上がるのは言うまでもなくあの惑星への切符だった。それも当然だろう。まだ誰もなにも分かっていないあの惑星に旅立つことができれば、学校の内申点以上の評価が社会的につくのは明らかだ。本当に先のことを考えればこれ以上の好条件は考えられない。
章子は横になったまま一階のリビングから持ってきた朝刊の見出しを手に取る。
やはり世界は章子の計り知れないところで大きく動き始めているようだった。
朝刊の一面には大きくあの惑星の写った写真が取り上げられている。世界中のどの国もわれ先にとあの謎の惑星の情報を得ようとしているのをその新聞の見出しは大きく伝えていた。
きっとこの同じ街に住んでいるという名も知らぬ少年も間違いなくこの記事をみていることだろう。少年はこの記事を見ても何も感じないのだろうか? 本当にこれを見てもまだ行かないと思えるのだろうか?
(会えばきっと話も弾むと思うのに……)
章子はどうしてもそう考えずにはいられなかった。
今の章子があの惑星について知っていることといえばこの新聞に書いてあることで全てだった。
あの惑星は地球と同じ同一公転軌道上を地球の後を追うようにして回っているということ。位置は地球から見て太陽から左に直角の位置にあるということ。つまり地球が秋分点にいればあの惑星は地球でいう夏至点にいるということになること。あの惑星の直径は地球の約六倍、面積は約三十倍、体積に到っては約二百倍にもなるということ。
そして、ここで……章子の思っても見ない方向へ新聞の記事はきりだそうとしていた。
それはすなわち……、そこから考えられるあの惑星の質量はこの太陽系の引力バランスから考えてそれを大きく変動させてしまうかもしれないという内容である。
章子はその記事の結びを見て一瞬思考が止まってしまった。
もしかしたらこの世界の終りなのかもしれないとこの記事は締めくくっていた。
章子の新聞を握った手が次第に震えていく。章子はそんなこと微塵も考えていなかった。
しかし、結局そうはならなかった。それを知ったのは翌日の朝のことだった。