2.三日月の徒
「それではあなた方三人は「三日月の徒」の方たちではないんですか?」
不思議そうに聞いてくるサマリナは三人を見る。
今や、新世界を渡る第一世界リ・クァミスの使節団は、最近になって新世界各地から「三日月の徒」と呼ばれるようになっていた。
その名の由来は第一使節たちの掲げる団旗にあった。
この新世界をまたにかける第一使節団の掲げる団旗はリ・クァミス最高学府学会院の掲げる校旗そのものであり、またその校旗は等しく国旗をも意味している。
そしてその国旗の柄は何を隠そう青い無地に白い三日月の紋章を模っていた。
その国旗の役割を兼ねた団旗を今朝章子たちが乗船していた帆船も当然掲揚している。
三日月の徒はいまやこの新世界では知らない者がいないほどの、新世界をまたぐ一大派遣外交使節機関の呼称となっていた。
サマリナはその第一の使節外交員が着ている衣と同じような服を身に纏っている章子たちを見て、章子たちも三日月の徒の一員ではないかと思ったようだった。
「同じようで、少しちがうのかもしれませんね」
丁寧な口調でそう言ったのはオリルだった。
「私たち三人は他の使節団とはその目的を異なるものとしています。本隊であるあちらは他世界との友好を主な目的としていますが、私たちはこの世界の姿を明確にするために行動しています。
ですから本日は、この第五世界で同年代の代表であるあなたから、この時代のことを少しづつ教えてもらいたくて、私たちはこの世界にはるばる渡ってきたんです」
「それは本国からも命を受けているのでいいのですが……」
助手席に座るサマリナはオリルの両隣に座る少年少女に目を向ける。
今の四人がいるのは車の中だ。
後部座席の一番端を昇が座り、真ん中にオリル、その隣に章子が座っている。
「そちらがアキコ・サキガワさんに、ノボル・ハンノキさんでいいんですよね?」
「お願いですから、その呼び方はやめてください!」
章子がこの世の終わりだとでも叫びたいような顔でサマリナに詰め寄る。
「え? ……でも……」
サマリナはすごく混乱したような顔をした。
その反応を見て、それも無理はないと昇は思う。
なぜなら現在の地球にある七番目の文明世界、章子たちの住んでいた現代社会が、この世界へ連れ去られたとされる行方不明者、咲川章子の名を例によって日本特有の外国語用に置き換えてこの謎の新惑星上へ大々的に電波に乗せて発信し続けている為である。
「アキコ・サキガワの名前はこの世界では一番有名ですよ?」
「ぐっ!」
その一言は章子にとって心に刺さる痛烈な一撃だったようだ。
その様子を章子と昇に挟まれて見ていたオリルもしみじみと言う。
「章子には申し訳ないと思うけど、相変わらずおかしな呼び方よね。その呼び方」
まごうことなく死人に塩を塗りたくるトドメの一言だった。
「の、昇くん……」
章子が助けを求めるように昇を見る。
「まあ、しょうがないよね。それが僕たちの国、日本独特の伝統文化だし」
章子にとっては、不幸なことに昇たちの世界が発信する行方不明者の欄に半野木昇の氏名はまだ出ていない。
これはおそらく事情を知っている昇の兄が我が子がいなくなったことで発狂しているだろう両親、特に母親を落ち着かせていることに成功しているからに違いないないなかった。
だから今のこの世界では、アキコ・サキガワの氏名だけが独り歩きをしている状態だった。
「こんなの公開処刑じゃない……。ひどい、ひどずぎる」
「わざわざ自分の氏名をひっくり返してそれを外交用に使う理屈は前に昇から聞いたから、私は一応納得はしたけど……」
その言い方からして、オリルもまだ完全には納得していないのだろう。
これをまた一から説明しなくてはならないかと思うと昇は頭が痛くなる。
「サマリナさん、咲川さんの本名は咲川章子の方で合ってますよ。
僕たちの国が外国用に名前をひっくり返して使うのは、周りの諸外国の人の名前が名を前にしてるからなんです。僕たちの国は昔、諸外国、特に名を前にしている西欧諸国に倣っていろんな文化技術を発展させてきたからこれはその名残なんだと思うんですけど……
ただ……僕自身は特にそういう周りに合わせて自分の何かを変えるのって、あまり不思議にはおもわなかったんですが……」
「じゃあこれから昇くんも私と一緒にノボル・ハンノキくんで通してみるっ?」
「別にいいけど、それだと今度はオリルがややこしくなるんじゃない?」
昇がオリルを見た。
「私は別にかまわないわ……と言いたいところだけど、たしかに絶対口語上ややこしいことになるからやっぱり本名でいきましょう」
昇はサマリナを見る。
「と、いうわけです」
(分かってもらえたかなあ……)
一抹の不安が頭をよぎるがサマリナは怪訝な表情一つすることなく快く頷いてくれた。
「……なにか複雑な事情があるんですね。でもそれはどこの国も一緒ですから、これからはきちんとサキガワ・アキコさんとお呼びします」
発音がどうにもぎこちないが、分かってもらえただけでも大きな前進と言えた。
「私のこともマリナと呼んでくださって結構です。みなさん私のことをそう呼びますので」
この発言で一番肩の荷を下ろしたのはオリルだった。
「よかった。こんなバカ丁寧な会話繰り返してたら息が詰まっちゃうもの」
サマリナもその様子を見てふふと微笑む。
どうやらサマリナも似たような思いだったようだ。
「それではマリナ、この世界の案内をよろしくお願いします」
「ええ、承りました。オリル。オワシマス・オリル」




