7.旅立ちの朝
新世界に着いてから初めての朝を迎えた。
オリルの母親と姉を手伝い章子も朝の支度をする。
夜に章子たちと別れたゴウベンは朝方になってまたこの家を訪れてきた。
何気に几帳面な神様だと思う。
最後に寝坊していた昇が慌てて起きてきて、朝の時間は賑やかになった。
朝餉の匂いに皆がそろい食卓を囲む。
「魔法で水が出せるのに、わざわざ井戸まで水汲みさせられるとは思わなかったよ」
寝グセそのままに昇が頭を掻いていた。
寝ボケたまま重労働に駆り出されたその目は疲れ切っている。
「魔法での水と井戸の水じゃ味の差は歴然だわ」
ごく自然に章子の隣に座ったオリルが言う。
「そういうのも含めて魔法でつくるんじゃないの?」
オリルが章子を挟んで昇をジト目で見る。
「わざわざ常温状態が固体分子のミネラル分を高温の気体液体から発生させて水に溶かせっていうの?」
「でも海水とかって塩分溶けてるよね? それも魔法で出せるんでしょ?」
「固体分子の溶けた粘度と硬度のある液体質をその場に発生させるだけでどれだけの集中力がいるか分かる?」
「僕が悪かったよ」
その他愛無い会話に章子はなぜか訝しみを覚える。
両隣にいる昇とオリルの顔を交互に見た。
章子は思う。
なぜか朝からオリルと昇の仲がいい。
昨日はろくに話もしなかったはずなのにこの距離感はあまりに唐突な近さを感じずにはいられない。
「二人とも、なんでそんなに仲がいいの?」
章子が二人に訊いてみた。
「密会したから」
オリルが即答した。
これには向かいの席で黙々と食事をしていた大人たちも咳き込む。
「オリル!」
姉に窘められオリルは反抗期のように顔をすくめる。
「冗談よ。昇が夜中、勝手に他人の家の外へ出たから念のため様子を見に行っただけ」
「半野木くん?」
今度は章子がジト目で昇を睨む番だった。
「いや、気持ちよさそうな秋の夜だったからつい」
言い訳するようにコップを口にする。
「でも実際、もっと魔法に頼って生活してると思ったんだけどな」
「意外?」
オリルが昇をのぞき込むように見る。
「意外すぎるよ。馬車に井戸に釜戸でしょ? 僕たちの世界でもとてもこんな暮らしはしちゃいない」
章子もそれには同感だった。
火種こそオリルの姉や母も魔法を使ったが、それ以外はほとんど初めて体験する旧世紀的な生活ぶりだった。
「昇でも意外に思うことがあるんだ」
「そりゃあるよ。僕を何だと思ってるの?」
オリルの関心ぶりに昇は呆れて言う。しかし、それで第一の興味が昇から逸れることはない。
「でも魔法に頼ってる部分もあるわ。昇にはそれが分かる?」
「空路や海路での移動の時じゃない?」
「そう。航空魔法に魔法航海術」
「つまり風と炎の複合魔法だ」
「そうよ。そして昇や章子にはすぐにでも私と一緒に旅立ってもらうわ」
オリルの突然の発言に章子は驚く。
「ちょっと待って。わたしそんなの聞いてない」
「ごめんなさい。でも旅の身支度はこちらで整えるから二人が用意することはあまりないわ。ただ、これから私と三人でこの新惑星「転星」の世界を旅して回るっていう心の準備だけはしておいてもらいたい」
「心構えは用意しろっていうことなんだ?」
昇の問いにオリルは頷く。
「詳しいことは学校に向かいながら話すけど、他世界への出発は今日中になると思います。たぶん午前中は簡単な検疫検査になるわね」
「急に話が進んだね」
「六つの時代が合併したこの新世界は今、急速に変化してる。そしてこの新世界を創った神・ゴウベンの出現でその変化はさらに加速しているわ。私たちはもう、ゆっくりとはしてられない。私たち三人でこの新世界を見極めていかないと」
「どういうこと?」
「私はこの第一世界「リ・クァミス」の最高学府首席オワシマス・オリル。あなた達二人の引率者にして指揮を担います。私たち三人は、現在この新世界中を飛び回っているリ・クァミス代表の先遣隊の一つとして、これから他五つの世界を見て回るの」