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神の創りし新世界より A  作者: ゴウベン
第一部 神のつくりし
2/42

《当日》 金曜 夕暮れ 黄昏の男

 咲川章子はいつもの帰り道をいつもとは違う時間に下校していた。いつもと違う時間で下校している理由は明白だった。

 それはあの例の惑星だ。突然現れた巨大な惑星。 

 あれは誰が最初に気付いたのだろうか。誰かの声で教室の窓から空を見上げると あの巨大な惑星が目に入ってきたのだ。

 そして章子が我に返った時にはすでに回りのクラスメートも教師も次の授業どころの状態ではなかった。

 自分も含めた皆が皆、あの惑星のことばかりを注目し関心を寄せて騒然となるだけだった。

 しかし肝心の惑星は日没と同時にその巨大な姿を幻のように消してそのかわりに宵の明星よりも一際明るく輝く大きな青い星を西の空に残しただけだった。どうやらあれがあの青い惑星の本当の姿のようだった。

 章子は何のために現われたのか判然としない謎に満ちた青い一番星を見上げる。

 あの惑星が現われて以来、教師たちは生徒たちを守るためだといい職員室のテレビにかじりついたまま離れなかった。生徒は生徒で止める教師たちがいないのをいいことに自分たちの携帯を持ち寄り惑星にかざして思い思いにあの惑星を記録に残していた。

 それはまるで映画のようなワンシーンだった。ただの青空だったそこに謎の青い巨大な惑星が現われている。いまでこそ言えるが誰があれを幻のようなものだと思うだろう。あの時見えた謎の巨大惑星は確かに大気を帯び、まるでこの地球と同じようにその動く雲でさえ肉眼で確認できたというのに。

 だが今はそれも鞄の中の携帯でしか証明できない。

 誰が何のためにあの惑星を出現させたのか。明日とあさっては土日で学校が休みなために明々後日である月曜日がそうなるだろう。その時には学校中がこの話題で盛り上がっているはずだ。

 いや、もしかしたらもう自分の知らない所では大騒ぎになっているのかもしれない。実際いまこの下校中の最中でさえ、すれ違う人々があの謎の青い星を見上げては指を差している。職員室の前から見えたテレビの中でもどうやらその話題一色のようだった。

 これからこの世界はどうなっていくのだろう。

 章子がそんなことを考えていた時だった。

「君をペアであの惑星にご招待しよう」

 背後から突然、声をかけられた。

 言われた章子が振り向くと驚いてあわてて一歩飛び退いた。章子の目の前には全身を黒く包まれた背の高い男が立っていた。男は章子の様子を見て軽く笑っている。

「もう一度言おうか。君をペアであの惑星にご招待しよう」

 再度、話しかけてくる男に章子は身構えたまま自分からも問いかける。

「誰ですか? あなたは?」

「あの惑星を創った者だよ」

 躊躇いなく言う男の伸ばした手があの青い一番星を指し示す。

「あの星を……あなたが?」

 男は頷く。

「昼間はお騒がせして申し訳なかったね。そのお詫びと言ってはなんだが、君を向こうの惑星に招待しようと思うのだけどどうかな?」

 男は軽くお辞儀をしながら手を胸に当て章子にお伺いを立てる。

 それは明らかに急な展開だった。

 当然、章子は当惑した。

 あの惑星をどうやって作ったのか。いやそもそもどうやって、何のために出現させたのか? 何から問いかければいいのか順番が分からない。あまりに突然のことに、思わず反射的に出た言葉はそれはありきたりなものだった。

「そんな……、わ、わたしを連れていく為にあの惑星をつくったんですか?」

 男は頷く。

「その通りだよ。しかし、招待するのは君だけじゃない」

「どういうことですか?」

「言っただろう? ペアであの惑星に招待すると」

「ペア? ペアってことは、わたしの他にもう一人?」

「そうだよ。ただしそのもう一人はすでにもう決まっている。その子と私と君の三人でまずはあの世界へ行くことになるだろうね。そういうわけだけど、どうかな?」

 突然現れた怪しい男に突然現れた巨大な惑星への招待を突然に提案される。咲川章子の頭はここにきて極度に混乱していた。え、あ、う、などと、しどろもどろになりながら視線を上下させている。

「まずは落ち着いてみようか。別に今すぐってわけではないんだ」

 章子にやさしく話しかける男からはまったく悪意を感じとれない。章子にとってそれが救いなのか身に迫って感じていた見えない強迫観念や切迫感が徐々に和らいでいくのがわかる。

「……新手の誘拐犯にしてはいやに親切ですよね」

 落ち着きを取り戻しつつある章子は思い付きで憎まれ口を叩いてみた。

「それだけユーモアがあれば、そこそこまともな返答が期待できそうだね」

 男はやはり笑っている。

「もう一人って誰ですか? それは私の知っている人ですか? 大人ですか? それとも子供? 男子? 女子? ひょっとして外国人?」

 章子は平静さを取り戻した思考回路で一番多く情報を得られるだろう質問を男に問いかけると、向こうもそれをすぐさま返してきた。

「君とは面識のない男の子だよ。それも君と同い年で日本人だ。もちろん君と同じこの街に住んでいる」

「この街って……、この同じ名古屋でってことですか?」

「そうだよ」

 男は頷く。

「その子と二人であの惑星に?」

 さらに男は頷く。その頷きを見て章子はなぜか自分のこの先の道が明るくなったような気がした。

「その子に会えますか?」

 その言葉を待っていたかのように男は首を振り章子に即答する。

「それはできない」

「なんでですか」

 男の即座の拒否に章子は自分でも意外なほど苛立ちを覚えていた。

「彼には君のことは何一つ伝えてないからだよ。彼には連れていくのは彼一人だけだとしか伝えてない」

「そんな。なんで……、なんでそんなこと……」

「でないと彼は絶対にこの話を断るからね」

「そんな、まさか……」

 男は笑って答える。

「彼はね。自分よりも優秀な人間が行くなら自分は必要ないと考える、そういうちょっとへの曲がった少年なんだよ。あの子は」

「それなら私が会って説得して……」

「それは私がさせないよ。言っただろう? 彼は自分よりも優秀な人間を率先して優先させると。もし君が会いにでも行ったらそれこそ彼は二度と向こうへは行こうとしないだろう」

「そんなの、会ってみなければわからないでしょう?」

「わかるよ」

「なぜ?」

 その次に出てきた言葉は章子を愕然とさせた。

「すでにそれを一万回ほど試したからさ。一万回ほど試してみて、やはり君は一度も彼を説得することはできなかった」

 目の前の男が何を言っているのか章子にはすぐに理解できなかった。

「試してみたんだよ。そういう状況を何回も。君は必ずそう言うだろうからね。でも君はことごとく失敗した」

 男が自分の手の平を章子に向けて言う。

「私の今のこの手の平では常に無数の世界が同時に回っている。あの惑星もその中の一つだ。そして、その世界の中の空き容量の一つでこの世界の今の状況を何度も何度も試しに走らせてみた。しかし結果は常に一緒だったよ。君は何度も彼の家を訪れ、その度に彼は自分の部屋に引きこもっていった」

「今回は違うかも知れないじゃないですか」

 男は首を振る。

「同じだよ。なら初対面の彼からいきなり「何のために君はあの惑星に行くのか?」と聞かれたら君はなんて答えるんだい?」

「え……? それは……」

「ほら、すぐに答えられないようじゃ、私の予測と同じ繰り返しになる。ちなみに私が自ら彼を説得しても結果は同じだ。あの惑星を出現させた私にでもできないことを、ただの君にはできるのかい?」

「あなたでもできない? なのに、その子は本当にあの惑星へ行く気になるんですか?」

「きっと来るよ」

 男は確信をもって断言する。

「君が何もせず、私がそっとしておけば彼はきっと自ずから向こうに行く決意をするだろう。いや行かざるを得ないだろうね。彼には、彼だけにしか分からない何かを感じ取っているだろうから」

 男の口ぶりからその少年がどこにでもいる普通の少年などではないようなことが伺える。章子にとってそれはやはり興味をそそる一つの要因になりえた。

「どうしても会えないんですか?」

 どうしても食い下がる章子に男は苦笑しながら言う。

「あの惑星に行くその日になれば嫌でも会えるよ。それまでの辛抱だ。クラスの学級委員長である君ならそれぐらいできるだろう?」

「その日っていつですか?」

「一週間後だよ」

 男は言う。

「一週間後のその日がそれだ。その日にどこへ行けばいいのかを教えてあげよう。そこできっと君が興味を惹かれているその彼にも会うことができる」

 男が消えかかる自分の体から伸ばした手で章子を指差す。

「それと同時にそれが期限だ。君が向こうに行くか行かないかを決めるね。それまでによく考えておくといい。これから君はいろいろなことを知るだろう。自分のこと、あの惑星のこと、自分の回りのこと、そして自分の心が決める自分にとって一番大切なものが何かを。そのなかで向こうの惑星に行くか行かないのかを決めて欲しい」

 男の影がもう見るも難しいほどに消えかかっている。

「待って……! 待ってください! まだわたしはなにも……!」

「大丈夫。また会う機会はある。君が真に願えばその日この時この場所で。私は常に待っていよう」

 それが章子にとってこの男との唯一の邂逅の手段となることは明白だった。

「お願いです! 待ってください!」

 しかし少女の願いもむなしく、男の姿は跡形もなく消えていった。

 それはまるで夢であったかのような星々の瞬きだす秋の黄昏時の出来事だった。



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