4.覇都・ギガリス
「真理学?」
「この世に存在している全ての学問が最後に行き着く全てを支配する学問だよ。おそらくゴウベンも手にしてる力だ」
昇は言う。
「その名の通り、真理学はまさにこの世の真理まで行き着きたどり着く真理論を根幹とした学問だ。その真理は固体の直接的な瞬間発生をも可能にする。もちろんこの目の前にいるゴウベン同様に新しい惑星を創ったりすることだって容易なはずだ。そしておそらく、地球と月との重力バランスを解消するための地球内部の足りない質量分を意図的に増大させることも可能でしょう」
「ならば君はその狭間の真理学などという我々の及ばない力を、遠い未来の第五か第六文明が使ったと考えているのかね?」
「それが一番妥当だと思っています」
根拠がない。それを第一の人々が言うのは簡単だった。しかしそれを言うのを横に座するゴウベンの存在がはばかられる。
「確かに、この文明と二番目の文明の間にその文明はあったよ」
神・ゴウベンが口を開いた。
「その文明の象徴である当時の都市の名はギガリス。今のこの第一時代の世界と都市の名を兼ねているリ・クァミスという名が長い年月を経て訛ったものだ。その都市は後に覇都・ギガリスと呼ばれるようになる」
ゴウベンは雄弁に語る。
「文字通り彼らは真理を知る者、宇宙の覇者として君臨できた。しかし、彼らは自分たちの未来を自らの意志で閉じた。なぜだと思う?」
その問いに一番近い答えを出したのはやはり昇だった。
「一気に頂点まで登り詰めてしまった科学技術では、他の多様性を想像できなかったからじゃないですか?」
それは真理にたどり着くまでに通る過程の行程のはずだった。それは時として現実に突き当たる高い壁であり、その壁を乗り越える閃きでもあっただろう。しかし、覇都はおそらくその進んだ科学技術力が仇となり、その行程を全てすっ飛ばして何の困難もなく真理に最も早く辿り着いた。
「その通りだ。彼らはその類い稀なる頭脳が逆に弊害となって、想像力を養う前に完成形にたどり着いてしまった。もはや他の道を模索する気などなくすほどにね。気づけば彼らにはその先も回りも全てが見えなくなっていた」
「だから一旦てっぺんに登り詰めた彼らは自分から一度リセットした?」
ゴウベンは頷く。
「そうだ。ただ一つの遺産を残してね」
「遺産……?」
「彼らは「恣意的に自分たちの時代世界を地球まるごと召喚する技術」をその時点で確立していた。そしてそれを鍵として後世に残した。俗に云う覇都・ギガリスの召喚だ。私は直接見たわけではないが、そのシミュレーションの光景たるや「反地球」の召喚だといってもいい。
だからわざわざ私がこの世界にそれを呼び寄せるまでもなかった。彼らは自ら進んで召喚される技術を残していたのだから」
「それがあなたが狭間の時代を呼ばなかった理由ですか?」
第一の問いにゴウベンはうなずく。
「彼らは鍵を残した。おそらく、これからの衰退し科学技術の劣っていく後世に自分たちでは気付けなかった多様性というものを期待したのだろう。そしてその期待は後の五つの時代文明で物の見事に叶えられることになる。しかし皮肉にもその後の文明がその鍵を、残し主が期待した目的とは違った意図で消費してしまった」
ゴウベンは観念したように一息つく。
「君たちに犯人を教えよう。彼らの遺産を見つけそれを使って地球の量増しに手を出したのは第五の時代だよ。第五の彼らは自分たち独自の発達した科学力を使って「鍵」本来の役割とは違う、副産物的な力に目をつけてそれを実行した」
「……それが固体の発生だっていうんですか?」
ゴウベンは頷く。
「彼ら第五にとっては覇都などとはどうでもよかったのだろうね。そんな古ぼけた過去よりも目下の自分たちに迫る地球的問題の方がはるかに重要だった。ようはそれさえ解決できればいいのだから。地球質量増大による月軌道までの地球圏の安定。第一から第五まで共通した目下の問題はこれで解消されることになる」
「なぜ狭間はその問題を自分たちの時代で解決しなかったのでしょう」
それは当然の質問だった。
「危機的問題があった方が多様性は富に富むとでもおもったのだろうね。実際、その危機的問題のお蔭か第一から第六までその多様性は高いレベルで保たれさらに広がりを見せた」
「そんなことで」
「力を持てば、今すぐに解決できるものはいつでも解決できると思ってしまうものさ」
ゴウベンは皆を見回して言う。
「これでお気づきだろう。狭間の真理学を呼び寄せる鍵は第五が消費したものを除いて今現在、この世界に合計三つ用意してある。私はきちんとそれも含めてこの世界を出現させた。第二、第三、第四がそれにあたる。ヒントはそこまでだ。それがどこにあるかは私は言わない。それを探すのもこの新世界の興というものだろう」
「結局、あなたはこの世界を創ってどうしたいんだ!」
我慢ならなくなった第一の若手が卓を叩いて言う。
しかし、ゴウベンは歯牙にもかけずただ一点を見つめている。
「君には前にも言ったよね? 半野木昇くん。私はこの世界で君がどうするのかが見てみたい、と。
それだけの為にただこの世界を用意した」
ゴウベンの視線の先には常に半野木昇の姿だけがあった。
「なら君はこの世界で何をする?」
第一の代表者たちが一斉に第七の少年に問いかける。
章子だけはその答えを前もって知っていた。
「この世界で会わなくちゃいけないヤツと会ってから考えます」
それは第一の人間にとっても意外な言葉だった。
「そのこの世界で会わなくてはいけない人間とは誰のことかな?」
昇は首を振る。
「まだわかりません」
「わからない?」
「でも会えばわかります。きっと」
それはこの対面している誰もが半野木昇にとって会うべき誰かではないということを意味している。
「おれはソイツに呼ばれてここに来たんですから」