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創流は悩んでいた。
教会の事をクウェイルに話すかどうかを。
先祖の人は助けてくれないとハッキリ断言されたので、話した方が良いとは思う。
そうすればクウェイルなりの対策が出来るし、敵の襲来に備えられる。
一番良い対策は、先祖の人の様にどこかに隠れる事だろう。
東京の様な都会ではなく、過疎化が進んだド田舎に。
人が居なければ敵も味方も無くなる、と言う理屈再び、だ。
教会には独自のルールが有るらしいので、人間に敵対していない態度を示せば無茶はして来ない筈だ。
ただ、創流の存在も教会に知られているので、それをするとクウェイルとは二度と会えなくなるかも知れない。
創流の近くに居たら、それは隠れているとは言えないから。
クウェイルがどこかに行ってしまったら凄く寂しい。
学校もゲームも味気無い物になるだろう。
なら教会の言う事を聞き、クウェイルの髪を調べるか?
それはもっとダメだ。
教会がクウェイルを無傷で放置するのは考えられない。
エピオルニスの子孫が皆殺しにされた事が発端だから、子孫の生き残りを放置するのは不自然だと思う。
弱点がどう言う物でどう言う意味を持つかは分からないが、普通に考えれば簡単に魔物を倒す為の情報だろう。
それを調べるのはクウェイルへの裏切りだ。
彼女を危険に晒すのだから。
そんな事はしたくないし、出来ない。
なら教会を裏切る方を選択するしかないのだが、それをすると創流は魔物側の人間だと判断されてしまう様だ。
創流も危ない目に遭ってしまうのだろうか?
「ねぇ、創流。ねぇったら」
金髪美少女に肩を揺すられ、我に返る創流。
「ん?何?」
「私の声が聞こえないくらい悩んでるみたいだけど、どうしたの?」
「いや、大した事の無い考え事。何でも無いよ」
そう応えた笑顔が不自然だったのか、片眉を上げて訝しむクウェイル。
しかし深く追求せずに自分の話に入る。
「そう。あのさぁ、明日、喫茶店にもう一回行ってみようと思うんだけど、どうかな?」
「もう一週間経ったっけ?あ、割引券はどこにやったっけ。鞄に入れっ放しだったかな」
無駄に焦りながら自分の学生鞄を探る創流。
それを見ながら続けるクウェイル。
「ルリがあの喫茶店を気に入っちゃってさ。ルリから誘われたの。意外に早く空いて来たからって」
「そうなんだ。行列禁止で人払いしたから、本気で行きたい人以外はもう飽きちゃったのかな。ああ、有った有った」
質素な封筒を取り出す創流。
それを見たクウェイルが顔を近づけて来る。
「ん?それだっけ?」
「え?これだったと思うけど」
「封筒は同じだけど、Sealingwaxが違う」
「しー……、何?発音が良過ぎて聞き取れなかった」
「シーリングワックス。これ」
封筒の裏の封緘を指差すクウェイル。
「私のはカエルのシールだったけど、これはロウで封されてる」
確かに、赤いガムみたいな物で封がされている。
これを貼るのは手間が掛かりそうなので、大勢に配る封筒にする物じゃない。
「ふーん。何か意味が有るのかな」
考えなく封を開け、自然の流れのまま便箋に目を通した創流は、肩を落として脱力した。
「俺、封筒が嫌いになりそうだ」
「どうしたの?」
戸惑うクウェイルに封筒の中身を渡す創流。
それを見たクウェイルも何とも言えない表情になる。
「あの喫茶店って、そう言う事なんだ……」
便箋にはこう書かれていた。
『前略
この度、わたくしトードストールは怪盗を引退し、喫茶店を経営する事にしました。
ぜひとも彼女様と共にご来店ください。
お二人には特別に無料でご奉仕させて頂きます。
なお、わたくしの事を警察に通報したり、十日以内にご来店しなかった場合、
貴方様の家の物を全て盗んで捨てて差し上げます。
草々』
「しかも地味な嫌がらせ宣言してるし」
苦虫を噛み潰し、尚且つそれを味わっている様なしかめっ面をするクウェイル。
創流も似た様な表情をし返す。
「どうするかなぁ。二人で来いって事は、つまりクウェイルに聞きたい事が有るって事だろうし」
「私の家は魔法みたいな物で隠されているから、怪盗でも見付けられなかったんでしょうね。だから創流にこんな物を渡した」
放り投げる様に机に手紙を置くクウェイル。
「魔法?そんな事も出来るんだ」
「私は良く分からないけど、知らない相手からの郵便物が来ないから成功してるんだって。電話は通じるけど。通じてなきゃネトゲ出来ない」
「それって、俺が遊びに行く事は出来るの?」
「来たいの?」
「いや、そう言う事じゃなくて、例えば怪盗が俺を脅してクウェイルの家に連れて行けって事になったら」
「場所を知っていても見付けられない。でも、私と一緒なら入れる筈だよ。それで先祖が怒ったらどうなるか分からないけど」
「怒られるの?」
「うん。下手したら引っ越しだからね」
「徹底的に逃げの一手って訳か……」
「で、コラー、じゃなくて、呆れて見下される感じで怒られる。そのまま見捨てられるんじゃないかって目をされる」
クウェイルが日本に来たばかりの頃、何も知らずに人払いの結界に穴を開けかけた事が有る。
その時に怒られたんだそうだ。
「それは地味に嫌だね。で、これはどうしようか」
近くを通り過ぎて行くクラスメイトに読まれない様に手紙を畳む創流。
「ルリ達と一緒に行って変な事を知られたら困るから、私達だけで行ってみましょうか。音子に予め伝えておけば風紀委員の方も何とかなるでしょ」
「どこまで言うの?」
「怪盗が近くに来たってだけ。ルリの方には何も言えないけど、納得して貰う。黙って行って変に思われるのは嫌だし」
「そうか……」
クウェイルはそう言う考え方をするのか。
約束の外で黙って行っても、空緒さんは気を悪くしたりはしないだろう。
言い方は悪いが、クウェイルと空緒さんはそこまで仲が深くない。
それを理解した上で義理立てしている。
教会の事を隠しているのが変な形でバレたらヘソを曲げそうだな。
信じていた創流に裏切られたー、って感じで。
裏切りたくはないんだが、どう行動すれば正解なのかが全く分からない。
「で、いつ行く?明日ルリと行くつもりだったから、今日行くしかないんだけど」
灰色の瞳で顔を覗かれ、負い目を感じている気持ちを飲み込む創流。
「気が早いな。でも、いつ行っても同じだから、風紀委員に話を通せたら放課後に行こうか」
「うん。じゃ、私一人で音子の所に行って来る。創流には考え事が有るみたいだから、そのままで良いよ」
そう言い残し、パンを持って教室を出て行くクウェイル。
今は昼休みだったか。
悩み過ぎたせいで今日の授業が頭に入っていない。
他人の事で頭が一杯になり、午前中を無駄にしたのは初めての体験だ。
こりゃダメだ、これ以上悩んでも思考がループするだけだ。
一度頭を空っぽにするか。
無意識の内に入っていた肩の力を抜いた創流は、おもむろに弁当を広げた。
今日は唐揚げ満載弁当。
食費を抑えたい時は安い物を大量に買い込む為、おかずが単品になる事が多い。
ここ数日は鶏肉カーニバルを開催している。
揚げ物サイコー!
ってな感じで無理矢理気分を高揚させてみたが、やっぱり教会の事が頭から離れなかった。
怪盗の事も有るし。
渾身の出来の唐揚げは美味しく食べたいのに溜息が零れてしまう。
はぁ。




