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そんなつもりではなかったのに、クウェイルの先祖の人と会う事になった。
クウェイルに感付かれない様に接触するなら放課後である今の時間だと思っていたが、何も起こらないままボロアパートが有る街まで帰って来た。
もうすぐボロアパートが見えて来る、と言う所で外国人旅行者風な格好をした金髪女性が小道から現れた。
二十代前半くらいで、美人だ。
ここは観光スポットとは完全に無縁な場所なので、あの人が先祖の人か。
緊張で一瞬だけ呼吸が止まり、生唾を飲み込んでしまう。
創流が気付いたのを察したのか、真っ直ぐ近付いて来る女性。
その表情は造り物の様で、全く感情が籠っていない。
「合い言葉を用意していた様ですが、私はそう言うおフザケには興味有りません。訊きたい事が有るのは貴方で間違いありませんか?」
「え?あ、はい。そうです」
答えを用意していた創流は拍子抜けしながら頷く。
今日一日、そのキーワードが頭から離れなかったのに。
「貴女がクウェイルの先祖の人ですか?」
「私は今、敵の感知魔法を受け流す為、思考を停止しています。詳しい話は邪魔が入らない場所に移動してからにしましょう。こちらに来てください」
「はい」
女性に連れられ、小道に入る創流。
すると、テレビ台くらいの大きさの岩を積み上げた石壁の前に出た。
戦国時代の城の周りに有る様な、そんな感じの壁。
「え?」
アパートの周辺には城壁みたいな物は無かった筈だ。
そもそも都会の住宅密集地なので、こんな物が有る筈が無い。
戸惑いながら振り向くと、頑丈そうな鉄格子が有った。
「えええええ?何だコレ?」
旅行者風の金髪女性と創流の二人は、何故か牢屋みたいな部屋に閉じ込められていた。
一瞬前までは細い小道に居たのに。
「この様な所ですみません。他に良い場所が無かった物で」
無表情から一転、申し訳なさそうな顔になる金髪女性。
「良い場所?ここが、ですか?」
「ここは、ゲーム的に言えば、魔界です。人間の貴方は食糧的な存在なので、安全を考慮するとここしかなかったのです」
「魔界?どう言う事ですか?どうしてこんな所に?」
混乱し、挙動不審になる創流。
「貴方は尾行されていました。恐らく教会と思われますが、どの種類の教会か分からなかったので、彼等が絶対に入れない場所に逃げたのです」
「な、なるほど。教会は魔界にまでは来れないと言う訳ですね」
「申し遅れました。私はコロス四姉妹の長女、テスピスと申します。クウェイルの先祖の使い魔と認識してください」
腰を折り、深く頭を下げるテスピス。
こう言う態度に出られると、ただ突っ立っているだけでも偉そうにしている感じになる。
なので、創流も頭を下げ返して名乗った。
「あ、幾間創流です。宜しくお願いします」
「宜しくお願いします。で……。御用向きは……?」
「はい。ええと」
学生鞄から封筒を取り出す創流。
それを見せながら言う。
「これは教会の人から貰った物です。クウェイルの先祖の人の名前は、エピオルニス、で間違いありませんか?」
頷くテスピス。
「間違いありません」
「では、これを読んでみてください」
封筒を開き、便箋をテスピスに渡す創流。
手紙にはこう書いてあった。
『貴方の友人であるクウェイル・ローレルは凶悪なヴァンパイヤの末裔である可能性が有ります。
にわかには信じられない話だと思いますが、彼女が魔物だと言う証拠は有ります。
彼女がエピオルニス・P・ケツァールと名乗るヴァンパイヤの子孫だった場合、
両耳の後ろに人間では有り得ない固さの髪の束が有ります。
それはエピオルニス一族特有の弱点なので、我々が穏便に確認する事は不可能なのです。
女性の髪に触るのは難しい事だと思いますが、確認をお願いします。
もしも確認しなかった、もしくは我々に反抗した場合、ヴァンパイヤの味方をする危険人物として扱います』
「敵の正体を把握しました」
手紙を丁寧に畳んだテスピスは、それを創流に返した。
「彼等が教会とだけ名乗る理由はご存じですか?それはハンターがどの組織から来たのかを知られない様にです」
事務的な口調で話すテスピス。
「どの組織の手の者かが分からなければ、魔物側からの復讐を受け難くなるからです。教会に属する非戦闘員を護る為の防御策ですね」
「なるほど」
「ですが、その手紙には敵の正体が隠されています。エピオルニスの弱点を知っているので、間違いなく彼女を仇と思っている相手です」
創流の顔を見詰めたテスピスは、言葉を選ぶ様にゆっくりと喋る。
通常、教会は人類に害をなす魔物しか退治しない。
魔物は悪だと言って皆殺しにしていると、魔界全体から恨まれるからだ。
だから、中立の立場に居るエピオルニスは教会に狙われる事は無い。
人間界に居る魔物の一人として教会に情報を管理されているだろうから、弱点自体は知られている可能性が有る。
しかしその情報は外には漏らさない。
魔物を倒す事を生業にしている人間には血の気の多い者も居るので、そんな人間が勝手に退治しない様に。
だが、エピオルニスはそんな人間に子孫を殺された。
そして殺し返した。
その場合、一族郎党皆殺しが原則なんだそうだ。
魔界に拠点が有り、時々人間界に顔を出す魔物ならそんな事はしなくて良い。
しかしエピオルニスの様に人間界に居続けるのなら、絶対にそうしなければならない。
そうしないとお互いの子子孫孫まで恨みの連鎖が起こるからだ。
なので、その場合のみ、教会も大量殺人を見て見ぬふりをする。
「エピオルニスは、その原則を守れませんでした。ハンターの子供を殺せなかったのです」
溜息を吐くテスピス。
「その子孫が今回の敵です。原因のハンターが遺書か何かで弱点の情報を遺していたのでしょう。だから手紙の主が弱点を知っている、と言う訳です」
「恨みの連鎖、ですか……」
何とも言えない気分になる創流。
今までは子孫を殺された先祖の人に同情していた。
何も悪い事をしていないのに皆殺しにされたと言う話だったから。
しかし、ハンターの立場になってみると、ハンターの方の気持ちも分からなくはない。
誰かが犠牲になる前に魔物を排除するのは、別に不自然な行動ではない。
むしろ、時と場合によっては、そうした方が良い事も有るだろう。
人間の味方と言う思想の元に正義を貫き、魔物を退治したのだ、と言われたら反論出来ない。
「平和な日本に暮らしている幾間創流さんには実感が有りませんか?」
深刻な顔で考え込んでいる創流に向け、柔らかな声で言うテスピス。
「まぁそうですね。身近な話題ではありませんね」
「そんな貴方には申し訳有りませんが、今回はエピオルニスが姿を現わす事は絶対にありません。貴方達のみで問題を片付けて貰う事になります」
「え?どう言う事ですか?」
「敵の目的はエピオルニスをおびき出す事です。過去に何度も有りましたから分かります。ですので、もう同じ過ちは犯しません」
天井を見るテスピス。
石で出来た天井には冷たい圧迫感が有る。
「貴方は勿論、クウェイルが瀕死になっても絶対に助けが入らないと覚悟してください」
「どうしてですか?エピオルニスは子供を殺されて怒ったんでしょう?俺はともかく、クウェイルもって……」
「今までなら敢えて誘いに乗り、敵を倒して子孫を助けていたでしょう」
厳しめの強い視線を創流に向けるテスピス。
良く見ると、彼女の瞳孔は十字の星の形をしている。
爬虫類の目が変形している感じ。
明らかに人間の造りと違う。
「その結果がこれなのです。子孫皆殺しはエピオルニスのせいでもあるんです」
「どうして?」
「ハンターに狙われた数人だけを見捨てていれば、ハンターはそれで満足していた筈。いちいち子孫全員を護っていたから、相手も本気になったのです」
「何度もハンターに狙われていたんですか?俺が先祖の人から聞いた話では、気付かない内に全員が殺された、みたいな印象を受けましたが」
「さて。エピオルニスが貴方にどう伝えたかは、私には分かり兼ねますが……」
少し考えた後、頷くテスピス。
「恐らく、血生臭い部分を省略したのでしょう。貴方とクウェイルはまだ幼い子供なので詳しく話す必要は無い、との判断でしょう」
「なるほど。でも、数人で済んでいた保証は無いと思いますけど?」
「勿論、これは結果論です。だからエピオルニスは自分の行動を後悔していない。しかし、この日本には他にも子孫の生き残りが居る」
「あ、だから今回はハンターに狙われているクウェイルを見捨てる、という訳ですか?他の子孫が狙われない様に」
「その通りです」
「でも、……だけど……」
言葉を続けられなくなった創流から視線を外し、鉄格子を見るテスピス。
「他にも理由は有ります。エピオルニスがダンピールの力を使うと吸血衝動に襲われます。その場合、何人もの人間を襲わなければなりません」
「ダンピールも吸血しなければならないんですか?」
「戦わなければ必要ではありません。つまり、貴方達を助けなければ、吸血は要らないのです」
「……」
「貴方達二人の命と、それ以外の人間数人の命を天秤に掛ける事になります。それをエピオルニスは嫌っています」
「それ以外の道は無いのですか?」
「貴方に良いアイデアが有るのですか?全てが丸く収まる妙案が」
逆質問され、言葉に詰まる創流。
困惑している背の高い若者を見上げ、薄く笑うテスピス。
「失礼しました。もしも良いアイデアが有れば、またゲームで連絡を取ってください。それを採用するかの判断はエピオルニスがします」
「考えてみます。ですが、俺は教会の事を何も知らないので、どう考えれば良いか」
「教会を調べると、彼等に敵か味方かを探られますよ。こちらの世界に来る覚悟が無いのなら、知らないままで居てください」
再び黙ってしまう背の高い創流を見上げながら話を続けるテスピス。
「どちらにせよ、相手が教会と名乗っている以上、人間を殺害する事はありません。人殺しはルール違反ですから。クウェイルも、まだ人間です」
「殺されないから、先祖の人が護る必要が無いと判断した、と?」
「はい。だからクウェイルも教会に就いては無知に近い。そう育てた彼女の親の願いを察してください。では、帰ります」
反論する隙も与えず、創流の顔に手を翳すテスピス。
一瞬視界が暗くなる。
次の瞬間、創流はボロアパートの階段で座っていた。
「あれ?テスピスさん?」
夕日で赤くなっている周辺を見渡してみたが、瞳が十字の形になっている旅行者風の金髪女性はどこにも居なかった。
一人残された創流は、膝に頬杖を突いて考える人みたいなポーズを取る。
「さて困った。何も解決しなかったぞ」




