23
駅前の自動販売機を見上げているクウェイルに追い付いた創流は、背中を丸めて頭を下げた。
「さっきはごめん。世太も謝ってたよ」
「謝らなくても良いよ。話を続けると都合が悪くなりそうだったから逃げただけだから」
オレンジジュースを買ったクウェイルは、それを持ったまま放課後の空を見上げた。
「今夜は何しようかな。二人っきりじゃもう出来る事が無いなぁ」
ネトゲの話か。
どうしても自分の話を終わらせたい様だ。
だから創流は背筋を伸ばし、逸れた会話に乗る。
「たまには野良の募集に乗っかってみる?それか、居たらだけど、茎宮先輩のレベリングを手伝ってみるとか」
野良とは、仲間以外の人と遊ぶ事だ。
創流達の場合は、この二人以外の人間と遊ぶ事全てが野良活動となる。
茎宮先輩もギルドメンバーだが、無料期間が終わっても続ける保証が無いので仲間とは言い難い。
「野良かぁ。他にやる事が思い付かなかったらそうしてみようか。じゃ、また今夜ね」
伏し目勝ちに笑んだクウェイルは、駅の中に入って行った。
いつもの元気が影を潜めている。
もしかすると、故郷を想うと亡くなった親の事を思い出すのかも知れない。
凄く当たり前の話だが、故郷イコール親元だから。
だがしかし、クウェイルの親の死を知らない世太には気の使い様が無いだろう。
確か、世太は親元暮らしだった筈だし。
ああそうか。
自分の事を一切話したくないのなら、逃げて有耶無耶にして会話を流すしかない、と言う訳か。
何の解決にもならないが、そもそも始めから解決する気は無いんだろうな。
友達にそう言う態度を取るのは人としてどうかと思うが、かと言って全てを打ち明ける必要もないとも思う。
難しい問題だ。
おっと、ボーっと考え事をしていると電車が行ってしまう。
我に返った創流は、己のねぐらであるボロアパートが有る街に向かう電車に乗った。
この時間は下校する生徒で混んではいるが、座れない程ではない。
部活に励んでいる生徒が多いと言う事だろう。
だから車内全体が見渡せる為、イブニングドレスを着ている赤髪女はとても目立っていた。
背筋を伸ばして座っている彼女の周りには誰も座っていない。
そりゃそうだ、怪し過ぎる。
「あの子、この前も見たな。また電車に乗ってパーティに行くのかな。ん?」
クマのぬいぐるみを抱き締めているドレス女。
そう言えば、最初に目撃した時も持っていた。
少し引っ掛かるな、あのクマ。
何だったかな、と思って見ていたら、その女がいきなり立ち上がった。
そして真っ直ぐ創流に向かって来る。
「こんにちは。私はレメ。教会の者です」
「教会?」
創流の両隣りに座っている同校の生徒が視界の外で身を引いている。
厄介事に関わりたくない、と言った感じ。
「やはり分かりませんか。でも、このぬいぐるみは見た事が有るでしょう?貴方の家の前で」
「え?……ああ、大分前に家の前に置いて有ったのはそれか。忘れ物だと思って放置して、そのまま忘れてた。君のだったのか」
外人を見慣れていない創流にはドレス女の年齢は分からない。
しかし、近くで見ると中学生くらいの印象を受ける。
背丈だけならクウェイルに近いので、高校生かも知れない。
ただ、学校に通っている感じでもない。
学生ならこんな時間にドレスを着ている訳が無い。
「本当に何も知らず、気配も感じない様ですね。しばらく貴方を観察していましたが、ただのでかい男としか思えませんでしたし」
「はぁ?気配?」
「人目の有るここで説明するのは面倒なので、この手紙を読んでください。貴方の家は分かっていますからね。これは脅しです」
呆気に取られている創流に封筒を手渡したドレス女は、ハイヒールを鳴らして隣の車両に移って行った。
「やだ、女のストーカー?」
創流の正面に座っている女生徒が、眉を顰めながら友人に耳打ちしている。
言われてみれば女ストーカーっぽいな。
知らない内に家まで来て、ぬいぐるみを置いて目印にしている所が。
気味が悪くなった創流は、取り敢えず封筒を見てみた。
白地に薄らと十字架が浮かび上がっている。
なるほど、教会っぽい。
薔薇のシールの封を開けると、ほんのりと良い匂いがした。
花系の香水かな?
格好と行動は変だが、なかなかおしゃれな事をする。
そしてクマのキャラクターが印刷されている便箋に目を通す。
読みやすい字体の日本語を読み進む創流の表情が険しく変化して行く。
「こりゃ困った。さて、どうしようか……」
手紙を鞄に押し込んだ創流は、後頭部を窓に当てて溜息を吐いた。




