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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・キャロル
94/104

22

その喫茶店は校門を出て100メートル程の所に有る。

この一週間、登校する度に様子が変わっていたので、校門から入る人間なら誰でもその店を知っている。

だから喫茶店の前はさぞや同じ制服でごった返しているだろう、と思っていたのだが、そこには一人の少女しか居なかった。

風紀委員の腕章を着けた鷲ヶ岳かりん。

その横には場末の遊園地に居そうな痩せたカエルの着ぐるみが立っていた。

着ぐるみは看板を持っていて、それにはこう書かれていた。


『ご近所様の迷惑になるので行列禁止

ただいま満席に付き、後日またお越しください

お詫びの割引券を配布致しております』


「満席って、もう入れないって事?」


クウェイルの疑問に頷く世太。


「凄くカラフルに書いてあって楽しそうだけど、もう入れないって事だね」


「えー」


肩を落とすクウェイル。

そんな金髪少女に睨み付ける様な視線を向ける鷲ヶ岳。


「貴方達は、二組のカップル?」


「違う。俺とクウェイル二人だけだとそう思われるだろうから、友人四人組で来たんだよ」


創流がそう言うと、鷲ヶ岳はなるほどねと呟いた。


「それなら問題無いわ。でも今は入れないみたいだから、お店の迷惑にならない様に帰ってください」


「入れないのは覚悟して来たから大人しく帰るよ。世太、空緒さん。無駄足踏ませてゴメンね」


「良いって事よ」


笑顔で許してくれる世太。

空緒さんにも怒った様子は無く、無表情で二階建ての店を見上げた。


「思ったよりオシャレな感じで、騒がしくなかったらとても良いお店だと思うわ。来れて良かった」


元は高級な婦人服を売っていた店で、ヨーロピアンな外観を殆どそのまま残して再利用している。

だからなのか、学生向けの軽食を出す店には見えない。

それが逆に空緒さんの琴線に触れた様だ。


「うお、ビックリした。何だ?」


カエルの着ぐるみが創流に白い封筒を押し付けて来た。

終始無言なので、見た目と相まって少し怖い。


「あ、お詫びの割引券か」


背の高い創流の目の前で揺れる看板を見て着ぐるみの意図を察する。


「ありがとう」


礼を言う創流にぎこちない会釈をした細カエルは、他の三人にも封筒を渡した。


「この様子じゃ明日も混んでそうだなぁ。どれくらいで空くんだろう」


割引券を大切そうに持っているクウェイルに応えたのは、意外にも鷲ヶ岳さんだった。


「風紀委員は一週間毎日見周りに来る予定になってるから、それくらいじゃないかな」


「毎日?」


驚いて訊き返す創流。


「ええ。しかも、昼と放課後よ。我が校の品位を落とす行為をしない様に見張らなければならないの」


それを聞いて口笛を吹く世太。


「風紀委員ウゼェーって思ってたけど、結構大変なんだな。お昼はいつ食べるの?」


「当番の日はオニギリを用意して、予鈴後に食べるわ。同情してくれるのなら、無意味な反抗はしないでくれると助かるんだけど」


クウェイルを睨む鷲ヶ岳さん。

この中で一番の問題児は彼女だと思われているっぽい。

否定は出来ないが。

だからクウェイルはふざけた感じで睨み返した。


「もしも私が反抗して、この店でラブラブカップルっぷりを披露したらどうなるの?」


「そうね。貴女達を停学にした後、この店の見回り期間延長になるんじゃないかしら」


つまらなそうに言う鷲ヶ岳さんに苦笑いを向けるクウェイル。


「うわ。誰も得しねぇ~。ねぇ、ルリ。私達が停学にならない様に、次に来る時も一緒に来て!お願い!」


いきなりクウェイルに手を取られた空緒さんは、驚いた表情になった後に頷いた。


「ええ、良いわよ。次は一週間後と思って良いのかしら?」


「どうかな?創流、世太」


灰色の瞳を輝かせて訊いて来るクウェイル。

何で一週間後?と思ったが、風紀委員の見回り期間が終わった後で、って事か。

部活をやっていない創流と世太はいつでも良いのだが、面倒臭い監視が居なくなってからの方が都合が良いか。


「一週間後に、このメンバーでまた来よう。他の予定が入ったら延期って事で」


「キシシ」


「ん?世太、何か言ったか?」


「いや?別に」


空耳か、と思ったその時、鷲ヶ岳さんが校門の方に目をやった。

数人の女生徒がこっちに向かって歩いて来ている。


「あ、つい話し込んじゃったわ。貴方達が居ると並んでると勘違いされる。さ、帰った帰った」


店前に四人でタムロしていたら、遠くから見れば行列に見えるだろう。

迷惑にならない様に、創流を先頭に店から離れる四人。


「分かったよ。傷付くから追い返すみたいにしないでくれ。じゃ、帰ろうか」


「私はこっちだから。誘ってくれて嬉しかったわ。また明日」


小さく手を振った空緒さんは、駅とは違う方向に歩いて行った。

それを見送りながら呟く世太。


「向こうにバス停は無かったよな。空緒さんって、徒歩で通学出来る所に住んでるのかな。だったら凄い金持ちなのかも」


「東京のど真ん中に実家が有るなら凄い、のかな?良く分からないけど、田舎者の俺から見たら羨ましいのは間違いない」


「だな。所で、クウェイルさんってどこの国出身なの?」


創流の言葉に生返事を返しながらクウェイルに質問する世太。


「ヒミツ。ちょっと事情が有って出身地は言えないんだ。まぁ、凄い田舎で、どこの国とかはあんまり意味が無い所だけどね」


「ふーん。道理で誰もクウェイルさんが何人かを知らない訳だ。創流は知ってるのか?」


「そう言うのを聞く前におぶさり魔になったからな。クウェイルの事は気配を消して背後を取る変な外人としか思ってなかったよ」


「変な外人ってあんまりじゃない?」


不機嫌なジト目になるクウェイル。

こんな顔でもかわいいのは得だと思う。


「日本人はいきなりおぶさるなんて事は絶対しないから、余計にそう思っちゃうんだよ。事情を知った今なら理解出来る行動だけどさ」


「どんな事情が有っておぶさってたんだ?」


何も知らない世太がそう訊いて来るのは当然だろう。

だからそれを予想し、素早く男二人の間に割って入って来るクウェイル。


「それもヒミツ。創流には言っちゃったけど、ホントは話しちゃいけなかったんだよ。だから聞かないで。言わないで」


突き放す様に言い残し、駅の方に走って行くクウェイル。

あからさまに話から逃げた態度だった。

って言うか、都合が悪くなると必ず逃げるな。


「あちゃー。怒らせちゃったかな?創流、悪いけど、追い掛けて行って謝ってよ。俺はバスの時間だから」


学校前のバス停は喫茶店とは逆方向に有る。

200メートル程度の距離だが、遠くにバスが見えているので急がなければならないだろう。


「分かった。でも、あれは怒ってるんじゃないよ。話を終わらせたかっただけ。だから気にしなくても平気」


「そうでも謝るのが男の辛さって奴だよ。貸しにしても良いから頼むよ。じゃあな」


手を振りながら走って行く世太。

知った風な口を利きやがって。

仕方が無い、世太の代わりに謝るか。

鞄を小脇に抱えた創流は、駅の方向に向かって駆け足をした。

歩幅が違うのですぐに追い付けるだろう。

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