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「なんだこれ」
アパートに帰ると、ドアの前にクマのぬいぐるみが置いてあった。
他の部屋に来た誰かの落し物かな?
このまま放置しておけば拾いに来るだろう。
クマの頭を鷲掴みにしてドアの横に移動させ、鍵を開けて部屋に入る。
今日は早目にゲームにインすると約束したので、まだ残っていたカレーを雑炊にして食べた。
少し味が薄くなるが、こうすれば鍋を洗うのが楽になる。
つまり時間の節約になる。
そうして夕食を済ませ、パソコンの電源を入れる。
結局、モニターは食事に使っているちゃぶ台に乗せた。
色々と物色したのだが、丁度良い物が無かったのだ。
気に入った物が無かった訳ではない。
創流は身体がでかくて座高が高いので、台の高さもそれなりに必要になる。
そうなると値段が張ってしまうのだ。
ちゃぶ台だとちょっと低いのだが、無いよりはマシだ。
と言うか、パソコンはゲーム機より立ち上がりが遅い事を忘れていた。
夕飯は立ち上がりの時間を利用すれば良かったな。
お茶でも淹れるか。
そしてやっとゲームにインすると、クウェイルはもうインしていた。
「来たよ。まだ8時前なのに、早いね」
ギルド会話でチャットすると、すぐに返事が来た。
「私の方は、ゴールデンウイーク中は殆どプレイ出来なかったからね。ゲームやりたいのよ」
「楽しそうね」
二人以外のチャットがギルド会話に割り込んで来た。
キャラ名はウィスパーレディ。
「茎宮先輩ですか。何か有ったんですか?」
創流のキャラがそう発言する。
「いえ。バイトの間、幾間くんはずっとゲームをしていたでしょう?そして、今日もまたプレイしている」
ウィスパーレディは初期国周辺に居て、レベルが3に上がっている。
ソロでのレベル上げをしている様だ。
「それだけ遊べるなんて、どんなゲームなんだろうって興味が沸いたの。今は一ヵ月の無料期間中だから、私も遊んでみようかなって」
「なるほど」
「私の事は気にしないで。長く続けるつもりは無いから」
部活、委員、生徒会、とやる事の多い人だから、時間を多く取られるMMORPGは相性が悪い。
本気でプレイする事は有り得ないだろう。
だからクウェイルのキャラが自分達の予定を優先する発言する。
「はーい。じゃ、創流。今日はバトルフィールドに行こう。経験値はもう十分だから、上位の装備が欲しい」
「分かった。入り口集合で」
「おk」
創流とクウェイルのキャラは別々の場所に居るから、待ち合わせをする。
ネトゲは基本的に移動や下準備に時間が掛かるので、その間を埋める様に雑談を始めるクウェイル。
「そう言えば、学校の近所に新しいカフェが出来るんだって。知ってる?」
「知らない」
ネトゲではテンポ良く会話したい派なので、短く返事する創流。
「学生向けの軽食を出す店らしいわ」
クウェイルがチャットを続ける前に茎宮先輩が発言する。
文字打ちも早くなっている。
「へぇ。クラスの男子でその話題を出した奴は居なかったと思う。女子向けの店なんですか?」
「まだ開店前で宣伝していないから、噂に敏感な子じゃなきゃ知らなくて当然ね」
「なるほど」
「でも、風紀委員には注意喚起書が来たわ。定期的に店を見周り、カップルが居たら注意しろって」
「何それ。学校の外なのに風紀委員が来るの?」
文字列からクウェイルの不機嫌さがにじみ出ている。
しかし茎宮先輩はそれをスルー。
キーボードを打つのに忙しくて画面を見ていなかった様だ。
「学校近くの軽食屋はお腹を空かせた運動部が占拠するのが常らしいから入れないだろうけど、二人も気を付けてね」
「大丈夫ですよ。俺に外食する余裕は無いですから」
「そうなの?じゃ、夏休みにバイトでもする?私も付き合うよ?」
クウェイルからの誘い。
悪くない。
「リアルでの金策もクウェイルと一緒か。あ、そうだ。ウチの学校って、バイトは大丈夫なんですか?今更ですが」
ついうっかり誰に質問したのかを書かなかったが、敬語だったので空気を読んで応えてくれる茎宮先輩。
「届け出さえすれば問題無く出来るわ。例のバイトは、事情が事情なので届け出を出せなかったけれど」
「風紀委員がそんな事をしたら問題が有るんじゃ?」
「だから現物支給だったのよ。それなら言い訳が出来るから」
「なるほど」
目的地に着いたので、クウェイルとパーティを組む。
すると、クウェイルはパーティ会話で話を始めた。
こうすると茎宮先輩に会話が届かなくなる。
「開店は一週間後らしいから、行けたら行ってみようよ。奢るから」
「二人きりじゃないなら大丈夫だろうから、お互いの友達を誘って行こう。俺は世太を誘う。それと奢りはいらない」
「大丈夫だよ。誘った方が奢るのは別に変じゃないでしょ?」
「いや、奢って貰っても、返せる物が無いからさ。クウェイルとは貸し借りを作りたくないし。一回くらいなら大丈夫だから、開店したら誘ってよ」
「そんなの気にしなくても良いのに。でも、創流がそう言うのならしょうがない。奢りは無しで」
「うん。ありがとう」
「学生向けの店だからかなり安いみたいだよ。ちょっと食べる位なら心配は要らないと思う」
「なるほど、だからお腹を空かせた運動部が占拠するって訳か」
「だけど絶対入れない訳じゃないだろうから、行くだけは行ってみたい」
「まぁ、東京に来たなら、外食を楽しむのも醍醐味だと思う。開店が楽しみだね」
「だね」
会話が一段落したので、二人でバトルエリアに突入した。
これから後の会話はゲームの内容オンリーになるので、チャットをパーティ会話で固定する。
茎宮先輩のキャラは23時くらいまで居て、レベル10になっていた。
初めてにしては良いペースだと思う。
もしも面白いと感じてくれたのなら、無料期間が終わってもゲームを続けるかも。
茎宮先輩はしっかりした人だから、学業に影響の出ない範囲で遊ぶ自制心は有るだろう。
装備集めやスキル上げを本気でしないのなら時間を取られる事も無いので、普通のゲームとして楽しめるし。
そうなったら、金策のバトルエリア突入を三人で、って事も可能になるかも知れない。
何をするにも二人より三人の方が効率が良いから、そうなって貰いたいな。
基本的に無言だったので月額課金はしないかも知れないが、高望みしない感じで期待しておこう。




