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今日から学校なので早めに目覚ましを掛けたのだが、布団から出るのが妙に辛かった。
寝坊上等だったバイトの影響がまだ抜けていない様だ。
バイブ付きの腕時計型目覚まし時計を愛用しており、これは音で起こすタイプではないので、無視して寝続けても隣への迷惑にはならない。
しかしダラダラしていると満員電車の洗礼を受けてもっと辛くなるので、気合で起きた。
そして商店街の八百屋のおじさんに譲って貰った木箱の上に置かれているパソコンを眺めながら朝食を取る。
アレが自分の物になったんだなぁだと思うと、ついつい頬が緩んでしまう。
高価な買い物は良い就職して余裕が出てから、と考えていたので、本当に嬉しい。
今晩はネトゲにインするか、と考えながら電車に揺られ、学校近くの駅に降り立つ。
「おはよう、創流」
改札口付近に立っている金髪の美少女が小さく手を振った。
「あれ。朝、駅でクウェイルに会うなんて珍しいな。って言うか、初めてなんじゃない?」
「昨日一昨日と、なんでインして来なかったの?」
クウェイルは冷たい視線を創流に向ける。
やはり待っていたのか。
予想はしていた事なので、落ち着いて言い訳する。
「いやだって、ずっと引き籠ってゲームしてた訳じゃん?それから解放されたら別の事がしたくなるでしょうよ」
「ずっと待ってたのにー」
「ごめんごめん。部屋の掃除とかしないといけなかったからさ。許してよ」
謝りながら駅の出口を目指して歩き出す創流。
その横を早歩きで付いて来るクウェイル。
「ずっと留守にしてたんだから、掃除なんかしなくて良いでしょ?」
「留守だったからしなきゃダメなんだ。意外と埃が積もってるもんだよ。風を通さないとカビ臭いし。ウチ、ボロアパートだから」
「そっか。一人だとそう言うのが有るんだ。大変だね」
「クウェイルは一人じゃないの?色々有って、一人でこっちに来てるんでしょ?」
「二人暮らし。先祖の召使いみたいな人と一緒」
そう言えば、外の仕事に出ている四姉妹の次女に預けたって先祖の人が言ってたっけ。
しかし先祖の人と会話した事は秘密なので、知らない感じで話を続けよう。
「でもその人、ちょっと怖いの」
アクビをしながら言うクウェイル。
眠そうだ。
創流に文句を言う為に早起きしたからか。
かわいい。
「怖いって?」
「乱暴、って言うのかな。日本語で言うなら、ヤンキー?みたいな」
「そりゃ怖いな」
「だから創流が来てくれないと息が詰まるんだよぉ~」
情けない声を出すクウェイル。
ネトゲのソロはつまらないので、不意な物音で気が散る。
それに反応してついつい振り向くと、家事をしている同居人と目が合ってしまうらしい。
それだけなら別に良いが、何度もそれが続くと気まずくなると言うのだ。
「分かった分かった。あの時使ってたパソコンがウチに来ているから、今夜はそれでインするよ」
「やったー」
喜びの声が妙に棒読みだなと思って横を見たら、クウェイルの姿が消えていた。
直後、背中に柔らかくて重い物がのしかかって来る。
「クウェイル!おぶさるのはダメだって!」
「朝早くて人が居ないんだから良いじゃない。あぁ~、大きい背中は落ち着くわぁー」
「同じ学校の生徒が居ない保証は無いだろ!風紀委員に注意されたら、停学、退学なんだから勘弁してくれよ」
「ちぇ。しょうがないなぁ」
渋々地面に降り立つクウェイル。
そしてつまらなさそうに唇を尖らせながら創流の横に戻って来る。
「学校の外もダメとなると、どこでおぶされば良いのさ。二人でどこかに遊びに行った時?それとも、お互いの家に行った時?」
「どっちも風紀委員にバレたら怒られるよ」
「めんどくさーい。それじゃ、夏休みはどうすれば良いのさ」
「夏休みかぁ。絶対にコッソリと遊びに行く奴は居るよな。男女でさ」
「だよね?」
「まぁ、バレなきゃ良いとは思うけど。クウェイルの同居人と一緒なら、俺達でどこかに遊びに行くのはアリなんじゃないかな」
「えー?嫌だよ。あの人は仕事が有るからスケジュールも合せ難いし」
「そっか。保護者と一緒なら言い訳が立つと思っただけだから、本気で受け止めないでね。ん?」
足を止め、振り向く創流。
「どうしたの?」
クウェイルも振り向く。
先程は誰も居ないとクウェイルは言ったが、他の学校の生徒と、仕事に行くであろう大人の人は居る。
東京の駅が完全に無人になるのは有り得ない。
だが、同じ学校の制服は見掛けない。
「……何でも無い」
正面に向き直り、クウェイルの歩幅に合せての歩みを再開させる創流。
視線を感じたのだが、創流達に向けられている目はなかった。
気のせいだったか。
クウェイルは目立つから、噂になれば速攻で特定される。
つまり知らない奴に見られてもアウトなので気が抜けない。
しかし、図らずも風紀副委員長である茎宮先輩に恩を売っているので、少しはお目こぼししてくれる、かも?
「何にせよ、特にメリットもないのに禁止されている事をする必要は無いって事だよ」
創流が知った風な口を利くと、クウェイルは素の声で返して来た。
「メリットは有るよ」
「何?」
「私のストレス解消になる」
そんなので良いのなら、創流の方にもメリットは有る。
金髪美少女の柔らかさが向こうから差し出されるのだから。
古臭い校則が無かったら、いつでもおぶさってくださいと土下座してお願いしたい位だ。
「……怒った?」
創流の顔を見上げる様に覗き込んで来るクウェイル。
反応が全く無かったので不安になったらしい。
何このかわいい生き物。
持って帰りたい。
昼はいつもパンを食べている彼女に自慢の手料理をいっぱい食べさせて、その様子を眺めたい。
風紀委員と先祖の人に怒られそうな気持ちを飲み込み、平常心で応える創流。
「怒ってはいないよ。クウェイルに悪気は無いのは分かってるから。でも、ダメな物はダメだから」
「うん」
テンションが下がって大人しくなってしまったクウェイルと共に都会の歩道を進む。
調子に乗った自分が創流の迷惑になっている事を察して自重したのだろう。
以前は言っても聞かなかったのに。
外人らしく自由な彼女だが、人の役に立ちたいと願った事で空気を読む事を学んだ様だ。
気を使ってくれたご褒美に、今夜はクウェイルが望む様に遊んでやるか。




