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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・キャロル
90/104

18

慚愧(ざんき)の一夜が明け、女子部員達は帰って行った。

地下から出られない創流は勿論その事を確認出来ないのだが、後片付けの為に訪れた別荘の管理人に上はもう無人だと教えられた。

なので、四日ぶりに地上に出た。

お昼前の自然光が心地良い。


「お疲れさまでしたな」


創流を労ったのは、結構な年齢のお爺さんだった。

初日に見た人達は全員が茎宮先輩の家の人で、こちらが本物の管理人の様だ。


「解放感が凄いですよ、ホント。始めた時は楽なバイトだと思ってたんですが、引き籠もるのは辛い辛い」


「そりゃそうだろうな。俺なんか一日も持たんよ」


お爺さんの趣味は釣りで、睡眠時間より釣り糸を垂らしている時間の方が長いと言うアウトドア派らしい。

しかも時間や天気が変わる度に場所を移動しているんだそうだ。

そんな人には拷問みたいな仕事だろう。


「帰る前に、ここに住所を書いておくれ。君の家に送る物が有るとかで必要らしいから」


「あ、はい。俺の服とか、パソコンですね」


電話の脇に置いてありそうなメモ帳に住所を書き込む創流。

その最中、頭の痒みを覚えた。


「久しぶりにお風呂に入りたいんですが、大丈夫ですか?」


「構わないぞ。電源を入れればすぐにお湯が出る。湯船が広いからお湯を張るのは時間が掛かるが」


「風呂場を覗いてみて、沸かすのが勿体無いと思ったらシャワーで済ましますよ」


入浴場に行くと、お湯がなみなみと張られていた。

クウェイルが残して置いてくれたのかな?

ありがたい。

風呂に肩まで浸かってサッパリした創流は、ジャージのままで帰路に付いた。

玄関には茎宮先輩が用意したと思われる新品の運動靴が有ったが、ちょっと小さかった。

しばらく履けば馴染むと思われる程度の違和感だったので、足の痛みを我慢しながらバスや電車を乗り継いだ。

そして辿り着く見慣れたボロアパート。


「ふぃー。久しぶりの我が家だよ。自分の家じゃないけど」


使用済みの下着が入った鞄を洗濯機脇に放り投げ、6畳の部屋を見渡した。

疲れているが、妙に家事がしたい。

長い間ゲーム漬けだったので、リアルでの活動を欲しているのだろう。

布団を干し、狭い部屋の隅々まで掃除し、ジャージと敷布を洗う。

そして何となく取って置いた包み紙や雑誌を全て捨てる。

おっと、ネトゲの攻略が載っているページだけは切り取って置かないと後で困るな。

料理にも拘りたくなったので、一段落付いてから買い物に出掛ける。

メニューは野菜多めのヘルシーカレー。

今日の夕飯は勿論、明日の三食全てがカレーになるくらいの量を作る。

隣の迷惑になるので、夕飯時で家事モードを終了させた。


「うん。満足した」


入居したての頃みたいな綺麗さになった部屋でカレーを食べる。

いつもならネトゲにインする準備を始める頃だが、今日は止めておこう。

さすがにキツイ。

だから適当に時間を潰してから、ちょっと早いが十時前に布団に入った。

半日干しっぱなしだったせいで暑かったが、すぐに眠りに落ちた。

そして清々しい朝が来る。

今日でゴールデンウイークは終わりだ。

しかしゲームをやる気は起きず、家事もやる事が無い。

なので勉強をする事にした。

クウェイルは休みの日には朝からネトゲにインしている事が多いので、今日もきっとインしているだろう。

一人ぼっちで寂しい思いをしているだろうか。

だが、今日の創流は勉強がとても捗っている。

こっちの方が楽しいまで有る。

これもゲーム漬けだった反動だろう。

そして昼のカレーを食べ終わり、午後も勉強をするか、それとも運動目的で東京の街を散歩するか、と悩んでいる所でインターホンが押された。


「こんにちは。茎宮です。約束のパソコンを届けに来ました」


ドアを開けると笑顔の茎宮先輩が居た。

襟に毛皮みたいなフワフワが付いた私服姿。

金持ちっぽい服だな、と根拠無く思った。

その後ろには作業服を来たお兄さんが居て、大きな箱を持っている。


「あ、どうも。まさか茎宮先輩本人が来るとは思っていませんでしたよ。どうぞ中へ」


「お邪魔します。では、まずはパソコンを」


重いだろうに、平気そうに箱を持っているお兄さんが先に玄関で靴を脱いだ。


「どこに置かれますか?」


「あ、そこに置いて貰って良いですよ。後で俺が自分で運びますから」


創流がそう言うと、玄関を塞いでいるお兄さんの後ろから茎宮先輩が顔を出した。


「ちょっと訳が有って、パソコンが正常に動くかどうかの確認をしたいの。だから、今、パソコンを置く場所を決めてください」


「そう言えば置く場所を決めていなかったな。どうしよう。机とか買っておけば良かった」


振り向き、据え置きのゲーム機とブラウン管TVに顔を向ける創流。

安アパートで狭いので、玄関から居間が見えるのだ。

置くのならあの位置が一番なんだが。

パソコンが来るのが分かっていれば横にずらしておいたんだけどなぁ。

ちなみに、当然ながらブラウン管TVでは番組を見れないので、地デジは掌サイズの液晶TVで見ている。


「ごめんなさいね。確認してから来れば良かったんだけど、幾間くん、昨日今日とゲームにインして来なかったから」


手を合せて謝る茎宮先輩。


「ああ、それはすみません。まぁ、後で何とかしますんで、取り敢えずはTVの横に置いてください」


「はい」


頷いたお兄さんは、指定された位置の手前に箱を置いた。

そしてパソコンとモニターを取り出し、回線を繋ぎ、電源を入れる。

畳に直置きなので、歩く振動で不具合が出そうだ。

頑丈なゲーム機でも揺するとバグるんだから、繊細なパソコンは深刻なダメージを食らいそうだ。

早目に何とかしないとな。


「立ち上がるまでの時間が有るので、ちょっとお茶を入れて来ますね」


「お構い無く」


台所で安い緑茶を淹れる創流。

そうしている間に、お兄さんは色々な操作を続ける。


「大丈夫ですね。ネットにも繋がりましたし、付属のソフトも問題無く操作出来ます。ネトゲも起動させますか?」


「出来る所までしてください」


「はい」


茎宮先輩とお兄さんがモニターを見ている所にお茶を運ぶ創流。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


起動待ちのヒマを使ってお茶を飲むお兄さん。

そうしていると、ログインする為のパスワード入力画面まで進んだ。


「ここまで来れるならゲームにイン出来るでしょう」


「ありがとう。じゃ、一旦電源を切ってください」


「はい」


茎宮先輩の指示に従い、パソコンをオフにするお兄さん。


「随分と慎重なんですね。問題が有れば後日報告、でも良いのに」


創流がそう言うと、茎宮先輩は笑みを浮かべて創流に向き直った。


「ええ。最初の予定では業者に任せるだけだったんですけど、幾間くんが落ち込んでるみたいだったので、私が直接来たんです」


顎を引く創流。

今回のバイト失敗は本気でショックだったのは間違いない。

そんな心情を読まれ、余計な心配を掛けてしまったか。

しかし茎宮先輩は笑顔のままで口を開く。


「あのね、幾間くん。実は、家宝の宝石は盗まれていないの」


「え?でも、怪盗は小箱を持って行きましたよ?ずっとソファー下に隠れていたのに、中身を確認しないなんて事は」


創流は言葉を止める。

パソコンの電源が完全に落ち、お兄さんがこちらを向いたからだ。


「では、これで失礼します。ご馳走様でした」


もう一口お茶を飲んだお兄さんは、頭を下げながら帰って行った。


「お疲れさまでした」


それを見送った茎宮先輩は、落ち着いてからお茶を啜る。


「確かにブルーダイヤモンドは盗まれました。でも、アクアサウンドは無事だったの」


「は?」


「つまり、ソファーに入っていた宝石はニセモノだったんです。怪盗の目を欺く為、宝石自体は本物ですけど」


「と言う事は、怪盗は本物の宝石を持って行きはしたけど、予告していた家宝ではなかった。と?」


「その通り。だから今回のバイトは大成功なの。幾間くんは堂々と報酬が受け取れるのです」


ブイサインの茎宮先輩。

それを聞いた創流は安堵の息を洩らした。


「良かった……。そうだったんですか」


「一昨日は家宝がまだあそこに有ったから本当の事が言えなかったの。ごめんね。でも、そう言う事だから」


「安心しました。って、家宝もあの地下室に有ったんですか?」


「実はそうなの。どこに有ったのかと言うと」


肘を伸ばし、力強くパソコンを指差す茎宮先輩。


「あの中です」


「へ?パソコンの中?」


「そう。熱で家宝が変質しない様に、小型のクーラーと一緒に入っていたの」


「ここに……」


タワー型のパソコンの中身は、放熱の為に空気が通る空間が多い仕組みになっている。

確かに物を隠すには悪くは無い場所だろう。


「そして、家宝が取り出されるとネット回線が切れる仕組みがされていたの。その仕組みはもう外してあるけど、不具合が有るかも知れないから」


「こうして設置してみて確かめた、と言う訳ですね。あ、だからゲームを点けっ放しにしておけと……」


「そう言う事。予告時間に回線が切れたら警備員が突入する予定だったのよ」


肩に下げたままの鞄から綺麗に畳まれた服を取り出し、畳の上に置く茎宮先輩。


「これは初日に借りた服です。お返しします」


「あ、ジャージはまだ乾いていません。明日、学校に持って行きます」


「パソコンと同じく、返されても使い道が無いので、幾間くんに差し上げます」


「そうですか?まぁ、俺のサイズのジャージはそうなるでしょうね。じゃ、遠慮無く頂きます」


「うん。じゃ、そう言う事で。お邪魔しました」


空になった鞄を肩に掛け直した茎宮先輩は、香水のほのかな香りを残して帰って行った。

そうか。

バイトは成功していたのか。

気が軽くなった創流は、早速パソコンでゲームを起動しようとした。

が、やっぱり止めた。

パソコン本体は静かに歩けば大丈夫だろうが、モニターが畳の上に有るのは頂けない。

長時間見下ろす姿勢を取ると首が痛くなりそうだ。

折角の休日だし、視線が水平よりちょっと下になるくらいになるモニター台を探しに街に出てみるか。

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