09
「四姉妹?」
ソファーに座り、紅茶のカップを手に持っているノトルがエーレンに訊き返す。
「そうなのです。もしも私が彼女達に何もしなかったら、父は最後の手段に出るつもりだと思います」
情けなく肩を竦めてから紅茶を啜るエーレン。
ノトルが淹れるお茶は微妙に熱い。
香りが飛んでいる訳ではないし、自分で淹れるのも面倒なので、その不満を口に出した事は無い。
「で、エーレン。最後の手段、とは何ですか?」
「それは……」
深刻な顔で俯くエーレン。
「それは?」
緊張の生唾を飲んだノトルの喉が鳴る。
彼がここまで言い淀むのは初めてなので、余程の事なんだろう。
カップをテーブルに置き、エーレンの言葉を待つ。
「同族の女性と結婚させられ、子作りに励む事になるでしょう」
「はぁ?!何それ……」
ガクリと肩を落とすノトル。
勝手にやってろと言って終わらせたいが、しかしエーレンは大真面目だ。
「私の様な純血のバンパイヤはとても珍しいのです。ですから、取敢えずは子を、と考えても不自然は無いと思います」
「で?」
「は?」
エーレンはノトルの顔を見た。
彼女は半目になっており、一目で呆れているのが分かる。
「何だか、ここに来る前の私みたいな状態ですね。で、エーレンはどうするんですか?」
「それを相談したいのです。私は彼女達をどう扱ったら良いと思いますか?ノトル」
ノトルは鼻で溜息を吐き、背凭れに身を沈めた。
「私はここに逃げました。エーレンと出会ったのは偶然ですけどね。本気で嫌なら四姉妹を人間界に帰し、そのまま逃げても良いのでは?」
エーレンが反論する隙を与えずに続けるノトル。
「でも私はバンパイヤではありませんし、魔界の事情も理解出来ません。ですから、私の意見が参考になるとは思いませんね」
「これはノトルの問題でもあるのですよ」
「どうして?」
「魔界の城は主の力で建っています。ですから、結婚して私の環境が変わると城の形が変わってしまうんです」
「へぇ」
何だかよく分からないので適当に頷くノトル。
魔法か魔力みたいな物で住居を作っている、と解釈すれば良いのか。
「そうなると、魔界の生き物ではないノトルは表に放り出されてしまう可能性が有ります」
「異物は勝手に排除される訳ですか。あれ?それじゃ、掃除は必要ないんじゃ?ゴミとかが勝手に外に行くんでしょう?」
「物質を再構成する訳ではないので、埃や苔等はそのままです。魔界の物はそのままで、異世界の物が外に捨てられる、と言った感じでしょうか」
「へぇ。良く分かりませんけど、便利な様で不便ですね」
「勿論すぐに貴女を探しますが、救助が間に合わなかった場合、貴女は下等な魔物に食べられてしまいます。困るでしょう?」
「まぁ、私がこうして生きている事自体が奇跡に近いんですから、仮にそうなっても仕方が有りませんよ。エーレンの思う通りに判断してください」
「そう言う事ではなくて、ですねぇ。何て言えば良いのか……」
エーレンは髪を掻き上げた。
想いが伝わらず、イライラしている。
そんな様子をじっくりと観察しながら紅茶を飲むノトル。
ノトルは、エーレンが求めている物は分かっている。
吐き出した愚痴からの情報を元に、好い加減でも良いから道しるべを示して欲しいんだろう。
だから、望まない結婚から逃がしてくれたお返し代わりに、気休め程度の慰めの言葉を掛けてやろうと思った。
が、止めた。
このタイプの男は、甘やかすとズルズルと甘え出す。
小さい頃のノトルは、男の子の中で遊ぶ事が多かった。
元々が前に突き進むタイプの性格だったし、末っ子で親に期待されずに放ったらかされたからだ。
その男友達の中にエーレンみたいな根性無しが居た。
成り行きでその子の面倒を見てしまったノトルは、事有る度にその子に頼られる様になってしまった。
頼りにされるのは悪い気はしないし、人助けに見返りを求めるつもりも無い。
だが、母親に甘える感じで同年代の男の子がすり寄って来るのは正直邪魔臭いし気持ち悪い。
そんな男は身に沁みて懲りているので、相手がエーレンでも甘えを許すつもりは無い。
しかし悩んでいる真っ最中の相手を突き放すのもあんまりなので、会話を続けてあげるノトル。
「……その四姉妹は、今何処に?」
「ああ、地下牢に入って貰っています」
「地下牢!?」
腰を浮かせるノトル。
「はい。暴れられたら対処に困りますし、私自身がどう扱って良いのかを迷っていましたし……」
「その娘達を暖炉の部屋に移しましょう。話はその後です」
「え、ええ。そうですね」
エーレンから牢の鍵を奪ったノトルは、早足でリビングを出て行った。
その後を追うエーレンは、こっそりと溜息を吐いた。
自分ってこんなにも口下手だったかな、と思いながら。