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エアコンを点け、適当なサイズに折り畳んだ毛布で適当に扇いだら、ほんの数分で煙が無くなった。
煙の発生源がもう別荘内に居ないんだから当然か。
一息吐くと、上で女子達が右往左往して騒いでいる音が聞こえて来た。
何で音がこっちまで来てるんだ?と思って探ってみたら、地下室への出入り口のドアが開けっ放しだった。
煙幕が晴れるのが早かったのは、上が開いているせいも有ったんだな。
クウェイルが閉め忘れたんだろう。
落ち着いて見えた彼女だったが、内心はかなり混乱していた、と言う事か。
開けっ放しだと誰かが覗きそうで不安だから、自分で閉めておこう。
耳を澄ませながら階段を上がる創流。
台所の窓をどうするー?と言う声が聞こえて来たが、地下室への出入り口が有る部屋の付近には誰も居ない様だ。
そのドアを静かに閉めた創流は、階段の真ん中辺りに座って溜息を吐いた。
床には怪盗に壊されたキーボードとひっくり返ったホットケーキが転がっている。
しかし、まさか朝からソファー下に隠れていたとは。
怪盗は時間になったら颯爽と侵入して来る、と無意識の内に勝手に思い込んでいた。
茎宮先輩もそう思っていたからこそ、昼間は上を無人にし、深夜にお疲れ様会を開いたんだろうし。
完全に裏を掻かれた。
そして、その気になればすぐに逃げられただろうに、律義に予告時間まで待っていた。
侵入した時にクウェイルが寝ている脇を通ったらしいから、その時に夜の臭いとやらに気付いたんだろう。
だから、クウェイルを挑発する為に危険を冒して創流達に姿を晒した。
敵ながらあっぱれ、といった気分だ。
本気で何かをしようとするなら、それくらいしないとダメと言う事か。
ゲームをやりながらで本物の怪盗の相手なんか出来る訳がなかった。
ひとしきり反省した創流は、ソファーをひっくり返してみたくなった。
どうやって宝石を取り出したのかが気になる。
派手な音を立てると上に感付かれるので、慎重に横倒しにする。
すると、底に小さな穴がいくつも有った。
適当に穴を開け、お宝が有りそうな所に手を突っ込んでいた様だ。
「大丈夫だった?幾間くん」
パジャマ姿の茎宮先輩が地下室に降りて来た。
メイド服のクウェイルも続いて降りて来る。
「俺は大丈夫でしたけど、……すみません。宝石、盗まれちゃいました」
「そっか。こっちに本物が有るってバレてたのね。どうやって調べたのかなぁ」
床の惨状を見た後、特に感情を顔に出さずにソファーの前でしゃがむ茎宮先輩。
「ふーん。下から穴を開けたのか。これ、倒したのは怪盗?」
「いえ、俺が今やりました。尻の下でこんな事をされて気付かなかった自分が情けないです」
「朝からずっと潜んでいたってローレルさんから聞いたわ。明らかにここに目当ての物が有るって知ってやってるわね」
「ですね」
「ま、盗られちゃったものはしょうがない。誰も怪我をしなかったって事でここは良しとしましょう。所で」
立ち上がり、モニターを覗き込む茎宮先輩。
創流のキャラは少しだけ移動していた。
キーボードを奪われたり、知らない内にコントローラーを落としたりした時に、はずみで動いた様だ。
「このゲームは、動いてるの?動いてるわね。今、手前を通り過ぎて行った人が居たし」
「ええ、動いていますが、それが?」
「これ、キーボードはどうして放り投げてあるの?」
「放置してある茎宮先輩のキャラに時間になりましたと報告したら、怪盗に奪われたんです。それで連絡してたのか、と言われて」
「なるほど。これ、家と会話出来る?キーボードが壊れてるから無理かな?」
「ソフトキーボードが有るので、コントローラーでも文字入力は出来ます。面倒だから時間は掛りますけど」
「どうやるの?」
ソフトキーボードとは、キーボードが標準で付属していないゲーム機ユーザー向けの機能だ。
ゲーム内にキーボードを表示させ、矢印を操作して文字を打つシステムである。
ただ、文字打ちに操作の全てを奪われる為、戦闘中の会話はほぼ不可能だ。
そんな機能の使い方を教わりながら、やっとこさっとこ文字を打つ茎宮先輩。
「音子です。これが届いたのなら返事をください」
返信はすぐに来た。
「確認しました。どうぞ」
「ありがとう。問題ありません。おやすみなさい」
チャットを終えた茎宮先輩は、コントローラーをテーブルに置いてから床に落ちているホットケーキを見下ろした。
「このホットケーキ、やっぱり食べ切れなかったのね。だからよしなさいと言ったのに」
茎宮先輩が溜息交じりに苦笑いすると、クウェイルが慌て出した。
しかしそれを無視して話を続ける茎宮先輩。
「幾間くんは身体が大きいから沢山食べるだろうって言って、ハチミツ全部かけちゃってさ。勿体無い」
「え?これ、上の子達が悪ふざけで作ったんじゃ?」
創流はそう聞いていたが。
クウェイルから。
「部員達は躾がなっているから、食べ物で遊んだりしないわよ。……ああ、そう言う事」
言いながら気付いた茎宮先輩は、気の毒なほど顔を赤くしているクウェイルを見る。
「そもそも幾間くんの存在は秘密なんだから、部員達が作った物を持って来れる訳ないじゃない。こんなのが無くなったら怪しまれる」
「そう言えばそうだ」
「これはローレルさんがこっそり作り、私がみんなの気を逸らしているスキに持って来た物よ」
そうか。
怪盗が逃げた後に不機嫌そうな感じになったのは、苦労して作った物が床に落ちて無駄になったからか。
「どうしてそんな無意味なウソを吐いたの?言ってくれればもっと食べたのに」
創流が訊くと、クウェイルはエプロンの端を握り締めた。
「だって、これを見た創流が引いた顔をしたから。正直に言ったら呆れられると思って……」
創流と茎宮先輩は顔を見合わせ、同時に噴き出した。
可愛過ぎる。
「もう、笑わないでよ!」
赤を通り越して紫になり掛けている頬を膨らませるクウェイル。
「うーん、まぁ、呆れるだろうなぁ。この量だし。でもまぁ、全部捨てるのは勿体無い大きさだから、食べられる部分は明日の朝ご飯にさせて貰うよ」
「え?でも……」
「一番下のは駄目だけど、それ以外は大丈夫だから」
「うん。じゃ、新しい皿持って来る。ハチミツを拭く道具も」
なぜかはにかんだ表情になったクウェイルは、顔を隠す様に俯いたまま階段を登って行った。
さて、と言いながら腰に手を当てる茎宮先輩。
「取り敢えず、バイトは以上でお終いです。このパソコンは、約束通り、後日宅配します」
「いえ、良いですよ。俺、失敗してしまいましたし」
「約束ですから。それとも、いらないんですか?」
腰に手を当て、小悪魔みたいな笑顔になる茎宮先輩。
こんな意地悪をするのは、大事な家宝を盗まれた腹癒せか?
「ぐ……。そりゃ欲しいに決まっていますが……。でも……」
「じゃ、送ります。私の家に持って帰っても埃を被るだけだから。と言う事で、このソファーを起こしましょうか。幾間くんの寝る所だし」
「あ、大丈夫ですよ。意外と軽いんで、一人で起こせます」
「そう?宝石を隠す為に中身を弄ったからかな?あ、パソコンだけど、まだゲームは終わらせないでね。帰る時も」
「点けっ放しで良いんですか?」
「点けっ放しでお願い。じゃ、上に戻るわね。おやすみなさい」
上では部員達がパーティの後片付けをしているので、それが終わる前に戻らないといけないらしい。
「ああ、そうそう。煙幕の言い訳だけど、ローレルさんが隠し持っていた花火が暴発したって事にしたわ。今は私に説教されてるって設定」
だから部員達に不安は無いと言い残し、地下室から出て行く茎宮先輩。
つまり、怪盗騒ぎは地下室のみで収まった、と言う事か。
残された創流は、ソファーの位置を直してからそこに座った。
日付が変わっているが、興奮しているせいか眠気が全く無い。
だからと言って起きていても申し訳なさと情けなさで押し潰されそうになるから、無理矢理にでも寝てしまおう。
クウェイルが新しい皿を持って来て床を綺麗にした後に。




