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ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・キャロル
87/104

15

上に居るラクロス部員達は、予定通り、食事と睡眠以外は外で体力作りや模擬試合等をしているらしい。

なので、昼間はクウェイルもネトゲにインしている。

洗濯は本来のマネージャーがするし、食事も部員達が持ち回りでやるから、彼女の仕事はトイレの掃除とベッドメイキングしかないらしい。

つまりヒマなんだそうだ。

女子しか居ない部活なので、その辺は抜かりが無い様だ。

ちなみにクウェイルは地下室への階段が有る部屋を自室にしている。

だから部員の誰かがコッソリと別荘の中を探検してみたとしても地下室に辿り着く事は無い。

しかしクウェイルもずっと部屋に籠っている訳じゃないから、安心は出来ないと思う。

そう思ったのだが、クウェイルが自信満々で大丈夫だと言うので、創流は信用するしかない。

上の様子は知り様もないんだし。


「おはよう。朝ご飯だよー」


お盆を持ったクウェイルが地下室に来た。

と言う事は、ラクロス部の人達は出払ったのか。


「もうそんな時間か。しかし、地下に籠ってゲーム三昧だと時間の感覚が無くなって行くな」


モニターが置かれているテーブルの端に置かれた朝食を覗き込む創流。

鮭に納豆、豆腐の味噌汁。

地味だが、こう言う質素な和食が一番美味しいと思う。


「だから、クウェイルがこのバイトに参加してくれて助かったよ」


「え?どうして?」


「クウェイルが決まった時間に食事を持って来てくれなかったら、昼夜逆転のダメ人間になってたよ。動かずにゲームをするバイトだからね」


感謝を伝えたら、メイド服のクウェイルはとろける様な笑顔になった。


「良かった。私、ラクロス部の役に立っていないからさ。創流がそう言ってくれるんなら来て良かったよ」


「役に立ってないなんて事は無いよ。クウェイルの必殺技頼り、と言う訳じゃないけど、それが有るからこそ茎宮先輩も予定を変更したんだろうし」


「そう、なのかな。……ところで、このバイトの原因である怪盗が来るのは今夜だっけ」


照れを誤魔化す様に話題を変えるクウェイル。


「うん。今夜の23時55分に盗みに来るって予告されてる」


「予告はどっかの国のナントカ銀行に頂きに参ります、だから、私達はいつも通りで良いよね。まぁ、さすがに寝るのはダメだろうけど」


「泥棒が来るかも知れないのに無防備でいるのは危険だろうね」


上には女子しか居ないので、場合によっては創流が部員達に避難を呼び掛けなければならないだろう。

怪盗に怪我をさせられた人は居ないらしいが、事情を知らない部員達が無茶な行動をしないとも限らない。

例えば、侵入して来た謎の人物に殴り掛かる、とか。

ラクロスに使う変な棒を全員が持っているので、きっと有り得る。


「時間になったら私もここに来るよ。上の部屋には内側からカギを掛けて、ちょっとしたトラップを仕掛けるつもり」


照れによる頬の赤味がかわいいクウェイルが天井を見上げる。


「トラップ?」


「鈴とヒモでちょこっとね。チリンチリン鳴ったら、誰か気付くでしょ?私と創流も気付くし。音に驚いて怪盗が逃げたら儲け物だし」


「それ、危なくない?音に驚いた怪盗が、逆に開き直って強引な行動に出る可能性が有るかも?」


創流の言葉を受け、腕を組んで考えるクウェイル。


「うーん。そっちに行く流れも有るか。音子と相談してみる。じゃ、掃除が終わったらゲームにインするね」


難しい顔のまま階段を上がって行くクウェイル。

茎宮先輩を名前で呼ぶ様になったか。

上では仲良くやっているらしい。

誰とでもすぐに仲良くなれるのは、コミュニュケーション能力に長けたダンピールだからなのか。

まぁ、創流はここで座り続ける事しか出来ない。

そしてゲームをプレイし続けていると、あっと言う間に運命の夜が来た。

時計の針は11時を指している。

後55分で予告の時間だ。

緊張のせいでゲームする気にはなれないので、コントローラーはテーブルの上に置いている。

お茶を飲もうか、お菓子を抓もうかと悩んでいると、クウェイルが階段を降りて来た。


「来たよー。またすぐ戻るけど」


「どうして?」


「ラクロス部は今日で合宿終了でしょ?だから上でお疲れ様会をしてるの」


「お疲れ様会?」


「うん。いつもならもう寝てる時間だけど、今日は12時半まで軽食パーティなんだって。狙いは勿論怪盗避け」


「人の目が有れば怪盗も潜入し難い、って訳か」


「そう言う事。別荘の周囲には警備員が潜んでいるんだって。騒ぎが起きたら突入だってさ」


「ふーん。本当ならそう言う事をしない方が良いんだろうけど、そう言う訳にも行かないんだろうな」


「何でしない方が良いの?」


「だって、警備員が居るって事は、大切な物が有るって事でしょ?」


「あ、そっか。まぁ、そこの所はバレない様に上手くやるんじゃない?じゃ、ちょっと上に戻って私も楽しんでますアピールして来る」


「うん」


上に戻って行ったクウェイルは、30分くらいで戻って来た。

その手には大きな皿が乗ったお盆。


「夜食を貰って来た。ホットケーキ。一緒に食べよう」


「ありがとう。って、異様に大きいな」


ホットケーキと言えばCDよりちょっと大きい位が丁度良いと思うが、クウェイルが持って来たのは洗面器サイズだった。

それが三枚も重なり、勿体無い位に大量のハチミツがぶっかけられている。


「パーティが楽しくて、みんなハイになってるの。ふざけて焼いてるからこうなっちゃうのさ」


お盆をソファーに置き、ホットケーキにナイフを入れるクウェイル。

床に膝立ちになっているメイドさん。

絵になるな。

しかし、どうしてテーブルに置かないんだ?

あ、クウェイルの体格の問題か。

テーブルの高さでは中途半端な中腰になってしまって切り難いんだな。


「それは良いけど、食べ切れないよ、これ」


四分割に切ってもまだ大きい。


「残ったらまた明日食べれば良いじゃない。私も食べるしさ」


小皿に分けたホットケーキを差し出して来るクウェイル。


「ありがとう。じゃ、いただきます」


創流がホットケーキにフォークを刺すと、クウェイルが隣に座って来た。

そして大きく口を開けてホットケーキを食べる。

やはり牙は無い。


「美味しい。ね?創流」


「……うん。美味しいけど」


「ん?」


「俺、もしかすると、ハチミツ苦手かも知れない」


「え?そうなの?」


「美味しくない訳じゃないんだ。今まで嫌いだと思った事もない。でも、何か微妙な感じ。なんだろ、コレ」


ふた口目を食べる創流。

やはりハチミツの風味が鼻に付く。

満腹な訳ではないのに、フォークが次を求めない。

口の端からハチミツを垂らしながら小首を傾げていたクウェイルがふと思い付いた。


「もしかすると、ここに引き籠ってるせいだったり?運動してないから、高カロリーな物を身体が受け付けないのかも」


ラクロス部の人達は、女の子なのに良く食べる。

それなのに太っている人が居ないのは、限界まで運動しているからだ。

彼女達とは真逆な生活をしている創流の食欲が落ちるのも、その視点から見れば当然だと思える。

そんなクウェイルの予想に頷く創流。


「有り得る。明日になって外に出たら、まずは体操をしないとな。あ」


隣に座るクウェイルからシャンプーの香りが漂って来たので、ふと気付いた。

一応濡れタオルで身体を拭いているが、もしかすると臭うかも知れない。

着ているジャージの匂いを嗅いでみたが、自分では良く分からない。


「俺、臭くない?もう何日も風呂に入ってないからさ」


「ん?大丈夫。創流は臭くないよ」


「なら良いけど。でも、頭を洗いたい。明日になって上の人達が帰ったらお風呂に入りたいな」


「うん。出来たら入れる様にしておく」


言いながら立ち上がるクウェイル。

エプロンドレスのポケットから凧糸とセロハンテープを取り出している。


「ハチミツが苦手なら無理に食べなくても良いよ。私はちょっとトラップを仕掛けるね。やっぱり侵入防止の仕掛けが無いと不安だから」


クウェイルは地下室の出入り口に鍵を掛け、更に凧糸を張り付けた。

雑な蜘蛛の巣みたいになった凧糸に十個以上の鈴を紐に縛り付ける。

誰かがドアを開けたら糸が乱れ、鈴が鳴る仕組みだ。

人間が通れる通路はアソコしかないので、これで忍んで入る事は出来ない訳だ。


「オッケー。えっと、今は、47分。ガスを仕込まれない様にエアコン止めるね」


タワー型パソコンの上に置かれた時計を覗いたクウェイルは、その足で地下室の奥に行く。

そして空気が淀まない様に点けっ放しにしてあった空気清浄機を止めた。


「後5分。さぁ、来ないでちょうだいよ、怪盗さん!」


ソファーの後ろに立ち、鼻息荒く腕を組むクウェイル。

彼女の緊張が伝染したのか、創流も落ち着かなくなって来た。

騒ぎが起きた時にホットケーキをひっくり返さない様に、ソファーからテーブルに大皿を移動させる。


「俺はただゲームをしているだけだ。来ても無駄足だぞ」


モニターの中では、創流のキャラクターが街の中で突っ立っている。

こんな時にモンスターが居るフィールドには出ていられない。

数分が長く感じたので、間を誤魔化す様にソファーの中心に座り直す創流。

色々な工作が無駄に終わり、こっちに怪盗が来ているのなら、もう別荘の近くに居ないとおかしい。

さて、どうなるか!

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