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南の島にテレポートすると、目の前にビキニ水着を着ている女キャラが立っていた。
ノトルニスと言う名前を頭の上に浮かばせている金髪美女。
ゲームのキャラだからナイスバディなのは当然なのに、創流はなぜか直視出来なかった。
画面に映っているキャラは、クウェイルが成長すればこんな大人になるんだろうなぁ、と思える様な外見をしていたから。
先祖は自分に似ているとクウェイルが言っていたので、妙に気恥しい。
ダンピールが言い伝え通りの不老長寿な生き物なら、中の人はきっと絶世の美女なんだろう。
ゲームキャラに負けないくらいに。
そこで不意に思い留まる。
先祖の性別を創流は聞いていない。
もしかしたら、金髪美女ではなく、金髪美男かも知れない。
女キャラを使っているからと言って、中身も女とは限らないのがネトゲの常。
クウェイルも、中身はちっちゃい女子高生だが、使用キャラはムキムキのおっさんだし。
そのノトルニスにパーティに誘われた。
速攻で入ると、歓迎モーションで迎えられた。
「君の事はクウェイルに聞いて知ってたんだけど、直接話すのは初めてだね」
「俺はそちらの事を何も知りませんよ」
「あはは、そうだよね。取り敢えず移動しよう。ここはテレポートの出現ポイントだから、誰か来るかも知れない」
「はい」
ビキニの美女とトランクスタイプの水着を着ている大男が南の島を歩く。
晴天のまま天候が変わらないエリアなので、昼間だと画面が眩しい。
そして丁度良い砂浜で二人並んで座る。
「私とあの子がダンピールだってのは聞いてるよね。ダンピールがどう言う物かは知ってるのかな?」
「ヴァンパイヤと人間のハーフで、素手で飛び道具を撃てる事くらいしか知りませんね」
「そう言った物が出るマンガやアニメは見ない派なのかな?」
「見ていない訳じゃないですけど、ゲームがメインなんで」
「そうなんだ。でも、そう言う物が題材のゲームも有るから、全く知らない訳じゃないのよね?このゲームにも吸血鬼系の敵が居るし」
「はい。そんな感じです。ドラゴン系と同じく、ヴァンパイヤ系もボスクラスしか居ないので、多分強いんだろうなぁ、と」
「そんな認識でも無いよりはマシかな。じゃ、ちょっと長くなるけど私の話を聞いてね」
物語に登場するダンピールは、人間に味方し、純血のヴァンパイヤを倒すハンターとして描かれる事が多い。
自分の血族以外のダンピールに会った事は無いが、他のダンピールはそう言う人が大多数なんだろう。
だが、先祖の人はハンターになる気は無い。
なぜなら、人間が大嫌いだから。
進んで吸血する事は無いが、吸血行為自体には抵抗は無いと言う。
その行為で人間が死んだとしても心は痛まない。
しかし、殺人に抵抗が無くても、他人の未来を奪う権利は自分には無い。
だから若い頃は様々な国の戦場を渡り歩き、死に掛けた兵士に止めを刺す形で吸血していたと言う。
死期が近い人を選び、命のお零れを貰っていたのだ。
物語に良く出て来る吸血による眷属作りも、事情が有る四姉妹にしかした事がない。
そうして闇から闇を渡り歩いていた先祖の人だったが、いつからか化け物を退治する人に狙われ出した。
その理由を探ってみたら、頑なに人間の味方をしないからだと判明した。
人間の味方ではない存在は敵だと言う理屈で。
戦いは活きの良い血を得られるチャンスではあるが、色々と面倒臭いので人里離れた所に隠れる事にした。
周りに人間が居なければ敵も味方も無いと言う考え通り、平和な隠遁生活が出来た。
そこで子供を産み、孫まで育てた。
その子達は普通に年を取ったので、ダンピールの子はヴァンパイヤの能力を持たない様だ。
なので、孫が一人前になると同時に年老いた旦那と共に旅に出た。
祖母が不老だと、自分は人間ではないと子供達に気付かれる可能性が有ったからだ。
人間と同等の能力しか持たないのなら、それは人間。
子供達には人間の世界で生きて貰い、自分達の幸せを掴んで貰いたい。
だから街に出る様にとのアイドバイスと全財産を残し、姿を消した。
(祖母、そして旦那を言う言葉から、先祖の人は女性で確定か)
ただ、万が一のことを考え、眷属にした四姉妹の内の三人を監視に残した。
自分は四姉妹の長女と共に別の国に移動し、普通の人間である旦那が天寿を全うしてから再び戦場巡りの旅を始めた。
それから百年位経ったある日、監視の三人が先祖の人の許に帰って来た。
とあるハンターに子孫全員が殺されたと言うのだ。
ヴァンパイヤの能力に目覚めていなくても、その血は化け物臭かったらしい。
魔物の血に目覚めた訳でも、残虐な犯罪をした訳でもないのに、皆殺し。
平凡に暮らしていた子孫を殺された先祖の人は本気で怒った。
数日以内にそのハンターを見付け出し、殺した。
血も吸わず、苦痛と恐怖を与えまくってなぶり殺しにした。
それが済むと、先祖の人は虚しさと寂しさを覚えた。
この世に自分一人になった様な感覚に陥ったのだ。
慈しみ、愛おしく育んだ血脈が理不尽な暴力によって途切れたのだから、絶望するのも当然だろう。
ひとしきり脱力した日々を送った後、魔術を使って子孫の生き残りを探してみた。
思い付きの無駄な行為だと自嘲しながら行ったのだが、極東の島国に反応が有った。
遠い遠い海の向こうに居たのでハンターに見付からなかった様だ。
監視の三人にも移動を気付かれていないので、もしかしたら浮気か何かでこっそりと子種が残っていたのかも知れない。
その子孫の状況を探る為に四姉妹と共にこの国に来た。
それが日本に来た理由だ。
しかし心配はいらなかった。
日本の子孫達は、外敵から身を守る独自のシステムを構築していたのだ。
何が有ってそうなったのかは知らないが、そうしなければならない状況になっていたんだろう。
とにかく、先祖の人が守る必要は無かった。
そうなると、今度は自分がガンになる。
ダンピールである自分がハンターを呼んでしまう可能性が有るのだ。
だから地下に潜り、気配を消した。
しかし、ただ息を顰めているのも辛かったので、当時話題になっていたネトゲを始めた。
電気代や月額料金は四姉妹の次女が稼いでいる。
その次女はクウェイルと共に暮らしている。
働くには外に出ないといけないし、隠れ家を出入りするとハンターに気取られるかも知れないから。
そして色々有り、三女は日本の子孫の一人を監視し、四女はもう一人の先祖返りを監視している。
「もう一人?クウェイル以外にも先祖返りが?」
「ええ。銀髪の可愛い子よ。クウェイルもそうだけど、その子も背が低い。長寿能力のせいで成長が遅いのかも知れない」
「その子はダンピールなんですか?それとも、クウェイルみたいに人間のままなんですか?」
「ちょっと話が逸れちゃったわね。話をクウェイルに戻すわね」
ハンター以外にも先祖の人の命を狙っている存在がある。
それは、先祖の人の叔母だ。
先祖の人の父親の腹違いの妹で、純血のヴァンパイヤ。
叔母だが、先祖の人の方が数十歳くらい年上らしい。
彼女と戦わなければならない理由は有るが、戦ってしまうとダンピールとして彼女を殺さなければならなくなる。
本来のダンピールはヴァンパイヤを退治する存在だからだ。
その運命に従うのは嫌なので、絶対に顔を合せない様に警戒心を高めている。
先祖の人が名前を明かさないのも、叔母に見付かるのを恐れているから。
名前が音として発せられたのを探る魔術が有るらしく、それに引っ掛からない様に、との事。
叔母とは一度だけ顔を合わせた事が有るので、視覚を探られるのも警戒しているらしい。
だからクウェイルと初めて会った時も仮面を被っていたと言う。
しかし、未熟とは言えクウェイルもダンピールなので、ダンピールを探る魔術を使われたら隠れ家がバレる。
なので速攻で次女の住処に移動して貰い、本人も希望していた人間としての生活を始めて貰った。
一先ずはそれで現状維持としたが、新たな不安が発生した。
日本の子達は自衛出るので大丈夫だが、クウェイルの存在が叔母にバレたら人質にされるかも知れない。
そうなったら叔母と命を懸けた戦いになる。
そんな面倒はごめんなので、クウェイルも自衛が出来る様に必殺技を教えた。
「教えた必殺技はふたつ」
「ふたつ?」
「そう。ひとつは君も見た飛び道具。そしてもうひとつは、人間の命を自分の力に変換する方法。分かり易く言えば吸血によるダンピール化ね」
「ダンピール化って自分の意思で出来る物なんですか?」
「時と場合によっては無自覚で覚醒する。そうなると無差別に人を襲う可能性もあるから、どうせ覚醒するなら制御した方が良い」
「なるほど」
「君に正体を明かしたって事は、目覚める為の吸血の相手は君に決めたって事なのよね」
「え?クウェイルは、俺をそんな目で見てるって事ですか?」
「そうよ。女の子が初めての相手を選ぶってのは相当な覚悟なんだから。良かったわね」
おっさんレベルの下ネタだ。
三百歳の年寄りだからしょうがないが。
微妙な雰囲気になったのを察したのか、取り繕う様に続ける先祖の人。
「それくらい気に入られているって事よ。そんな吸血は相手の命を奪わないから心配はいらない。多分大丈夫」
「多分、ですか」
「クウェイルが人間でいる事に固執していたら、血を吸う時は暴走状態かも。だとすると吸い過ぎるかも知れない。不安点はそこね」
「怖いですね」
「クウェイルみたいな存在は予想していなかったから、私も今後どうなるか分からない。彼女が後悔しない人生を遅れる様にと祈るしかないわね」
「そうですね」
「今回話し掛けた目的は、その対策を教える事。良い?ちゃんと覚えておいてね」
「はい。メモした方が良いですか?」
「形には残さないで。そんなには難しくないから暗記して。まぁ、クウェイルが望んでいないのなら必殺技を使わないに越した事は無いんだけどね」
「そうですね」
「対策は『クウェイルに牙を立てられても驚かず、自分を自覚し続ける』事よ」
「驚かなければ良いんですか?」
「君が自分を見失うと、クウェイルに魂を喰われる。落ち着いていれば、そこまでは行かない」
「無事では済まない場合も有るみたいな言い回しの様な」
「クウェイルが君を喰い殺すつもりなら無駄な抵抗だけど、彼女はそんな事しないでしょ?」
「俺もそう思います」
10秒くらいチャットが止まる。
「うーん。文字では上手く伝えられないなぁ。君に吸血とは何なのかを説明してもしょうがないし」
ゲーム内の太陽が水平線の向こうに沈んで行く中、金髪美女のキャラが悩んでいるモーションをする。
本人は真面目にやってるんだろうが、媒体がゲームなので真剣味が薄れてしまう。
「要するに、君は君の人生を頑張れば良い。クウェイルは私に似てるから、頑張る人に惚れたんだと思う。その背中がクウェイルを人間にする」
良く分からない。
「そして、何が起こってもクウェイルを信じて欲しい。それが言いたかったの」
「お話を窺った限りでは、今まで通りで良いって事ですかね。そして、何かが起こっても慌てるな、と」
「そう言う事。話はこれくらいね。じゃ、バイト頑張ってね。それから、私と会っていたのもクウェイルには秘密で」
外泊の準備で忙しいスキを狙って声を掛けたからね、と言いながら立ち上がる金髪美女のキャラ。
「分かりました。言いません」
「また何か有ったらお話しましょう。でも、クウェイルが私を紹介するまで、このキャラの中身が私だって事は知らないって感じでよろしく」
そう言い残し、テレポートでどこかへ飛んで行く金髪美女。
直後、パーティが解散された。
さすが廃人と言える操作の速さだった。
残された創流は、キャラを放置して重箱の続きに手を伸ばした。
お茶は冷めていたが、緊張のせいで喉が渇いていたので美味しかった。




