表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンピール・エピオルニス  作者: 宗園やや
ソレイユ・キャロル
83/104

11

電車を乗り継ぎ、潮の香りがする駅に辿り着く創流。

海が近いみたいだが、ここからは見えない。

帽子を目深に被った創流は、地図が示すバスに乗って目的地を目指す。

一人で田舎から都会に出て来ているので、初めての街でも恐怖心は無い。

しばらくバスに揺られていると青い海が見えて来た。

夏ならテンションが上がっただろうが、これから引き籠もらなければならない創流には関係無い。

そして到着する、バイトの舞台である別荘。

かなり大きく、公民館レベルの建物だ。

何人が参加するかは知らないが、部活の合宿で使うんだから広い所を抑えるのは当たり前か。


「おじゃまします」


小声で言いながら玄関ドアを開けると、中に人の気配を感じた。

一人や二人ではない。

かなりの人数が動き回っている。

ラクロス部はまだ来ていない筈なのに、どう言う事だろう。

直後、バケツを持った若い女性が廊下を横切ろうとした。

割烹着を着たその女性は、玄関で立ち尽くしている訪問者に気付いて足を止める。


「あら?その体格。君はバイトの子かな?」


戸惑いながらも頷く創流。


「は、はい。そうですが……。まだ誰も居ないと思っていたんですけど……」


「私達は別荘を管理する業者の者です。今はお客様が来る前の清掃中です」


「ああ、そう言う事ですか。びっくりしました」


「私達は掃除が終わったらすぐに帰りますので。では、担当の者を呼んで来ますね。少々お待ち下さい」


「はい」


女性が奥に引っ込んで行く。

帽子を取り、大人しく玄関で待っていると、すぐに別の人間が来た。

創流と同じくらいの体格の男の人だった。


「いらっしゃい。君が幾間くんだね?」


自分と同じ背丈の人とは滅多に会わない為、自分の事を棚に上げて相手のデカさにビビる創流。


「は、はい。宜しくお願いします」


「では、君の仕事場に案内します。こちらに。靴はそこに脱ぎっ放しで良いから」


「分かりました」


大柄な男性に案内され、別荘の奥へと進む創流。

辿り着いたのは、窓の無い物置きの様な狭い部屋だった。

ここに引き籠もるのか、と思って見渡していると、男性は床の一部を開けた。


「こちらです」


そこには地下へ伸びる狭い階段が有り、男性が先導して降りて行った。

結構狭いので、両肩を壁に擦り付けながら階段を降りる創流。

辿り着いた先は、フローリングの床に真っ白な壁の広い空間だった。


「地下室ですか。凄いですね」


デパートの駐車場と地下鉄以外の地下に入った事の無い創流は、秘密基地に入った時の様な高揚感に興奮した。


「ここは防音室ですが、完璧には音漏れを防ぎ切れない様です。ゲームの音量には気を付けてください」


元々はミュージシャンが音楽活動をする部屋らしく、奥の物置にはその機材が有る。

その為の防音なのだが、深夜に爆音を出すと上の階に響くらしい。

布団に入って落ち着くと遠くの電車の音が聞こえる、みたいな感じで。


「そして、今すぐそれに着替えてください。君の服を預かりますから」


部屋の中心にソファーが有り、それを指差す男性。

その上に毛布とジャージが畳んで置かれてあった。


「もしも君が尾行されていたとしても、君に変装した俺が家を出れば、それで怪盗の目を欺けます。そう言う作戦です」


「なるほど」


「そこの棚にはカップラーメンやお菓子が入っています。冷蔵庫には飲み物。電気ポットにはまだ水が入っていないので注意してください」


指差ししながら説明した男性は、一時間後に服を取りに来ると言い残して地下室から出て行った。

一人残された創流は、早速ジャージに着替えた。

そしてソファーの正面に置かれている新品のタワー型パソコンに顔を近付ける。


「おー。広告で良く見るゲーミングパソコンだ。これが貰えるのか。すげぇ」


ひとしきり感動した創流は、早速電源を入れてみようとした。

が、もうすでに電源が入っていた。

液晶モニターだけが消えている状態だった様だ。

どうして点けっぱなしなんだろう。

設置した後の動作確認の最中だったんだろうか。

取り敢えず動かしてみて、変な所が有ったら上の人に訊けば良いか。


「ええと。このマウスって奴で、ゲームのアイコンをクリック、で良いんだよな。それでゲームが起動するんだよな?」


パソコンは授業で触ったっきりなので、良く分からない。

でもまぁ、難しく考える事は無いか。

適当にボタンを押しても爆発する訳じゃなし。

割り切った創流は、ゲームを起動しようとしてみた。

が、どう操作しても、どこにゲームが有るのかがサッパリ分からなかった。

イラつきながら頭を掻いた所でモニターの脇に書類の束が置いて有る事に気が付いた。

パソコンとゲームの取扱説明書だった。

まずはそれを読んでみるべきか。

パソコンの方の取扱説明書には何が書いて有るかが分からない。

何が分からないのかさえ分からない。

知恵熱が出そうだ。

ゲームの方の取扱説明書はゲーム機版とほぼ同じなので、それなりに理解出来る。

それによると、パソコン版特有の解像度設定とコントローラー設定をしなければならない様だ。

面倒臭いなぁ。

盛り下がった気分を落ち着かせる為、お菓子が入っている棚を開けてみた。

四日分だけあって、かなりの量が有る。

全部食べたら体重が増えそうだ。

余ったらこっそり持って帰ろう。

冷蔵庫の中は、全てジュース。

隙間無く詰まっているので、補充は無い感じかな。

種類が多いので飲み飽きる事は無さそうだ。

一通り確認したので、そろそろゲームをしようかな、とソファーに戻る創流。

取扱説明書に従ってゲームが入っている所を探し出し、そこをクリックすると、立ち上げ直後のログイン画面が表示された。

ここの画面は両機種ともほぼ同じなので、思ったより操作はし易い。

と思ったのだが、意味不明の数字と英語だらけの設定メニューはチンプンカンプンだった。

それに四苦八苦していると、さっきの男性が帰って来た。

まだゲームを始めていないのに一時間が経ったようだ。


「これは夕食と明日の朝食です」


パソコンとモニターが置かれてある広めのテーブルにふたつの包みを置く男性。

そして水のペットボトル三本を電気ポッドの横に置く。


「では、服をお預かりします。靴を残すと女子部員に怪しまれる為、私が履いて行きます」


「万が一別荘の外に出なければならなくなった時は、裸足で、でしょうか」


「そうなりますね。帰りの靴は音子様が用意されます。そして、トイレは上の部屋を出て左に有ります」


音子って誰だ?と思ったが、すぐに思い出す。

茎宮音子。

副委員長の名前だ。


「左ですね」


「はい。睡眠はソファーで取ってください。狭いでしょうが、その為のバイトですので」


「分かりました」


「トイレと上の部屋付近の窓は雨戸が開かない様にしてあります。つまり外から見えないのですが、明かりは漏れます。昼でも電気は点けない様に」


「はい」


「万が一誰かに見付かったら、音子様の指示に従ってください。では、私はこれで失礼します」


深く頭を下げた男性は、創流の服と帽子を持って地下室から出て行った。


「さて、設定の続きをするか……」


更に三十分程設定と戦い、やっとゲームにログインした。


「ふぅ、やれやれ。面倒だったけど、噂通りパソコン版は画面が綺麗だな」


高画質のモニターに自分のキャラが表示される。

その近くでクウェイルのキャラが待っていた。


「お、来た来た。遅かったね」


クウェイルのキャラの顔が創流のキャラの方に向き、そう言った。


「パソコンに慣れていないから手間取ったよ。でも、イン出来たんならもう大丈夫だ」


「良かった。じゃ、ギルド会話にして」


「ん?うん」


チャットの設定を通常会話からギルド会話に変更する。


「変えたよ。でも、どうしてギルド会話で?」


「ギルドメンバーを見てみてよ」


不思議に思いながらメニューを開く創流。

色々有ったせいで作ったこのギルドは二人ギルドだ。

同じ時間に一緒に遊ぶリアル友人同士なので、基本的にパーティ会話でしかチャットしない。

その筈だったのに、ギルドメンバー表には三人目が表示されていた。


「こんにちは。えっと、これで良いのかな?」


三人目がチャットをしている間にメンバーの詳細を参照する創流。

名前は、ウィスパーレディ。

レベル1。

ランク1。

居る場所は初期国の街の中。

作り立ての新キャラの様だ。


「オッケー。今は自宅の中?リアルじゃなくて、ゲームの中の自宅」


「はい。言われた通り、狭くて真四角なエリアに入りました」


クウェイルと新キャラがギルド会話でチャットしている。


「ベッドが有ればオッケーだよ」


「有ります」


「そこなら誤爆しても会話が外に漏れないから、安心してチャットして」


「ゴバク?」


「ミスって会話を他の人に聞かれる事だよ」


「なるほど。操作に失敗しても問題は無い、と言う事ですね」


一通りの会話が済んだ後、新キャラが自己紹介をした。


「幾間くん、見ていますか?茎宮です。連絡用に、私もこのゲームを買いました」


「ああ、副委員長でしたか。それなら納得です」


今回のバイトの為にキャラを作ったのか。


「すみません、俺が携帯を持ってないばっかりにこんな面倒な事をさせてしまって」


謝る創流。

高校生の息子を一人暮らしさせているだけでも親への相当な負担になっているので、携帯電話は自分から遠慮したのだ。

まぁ、親からの電話攻撃を避ける目的も有ったんだが。

そのせいで外部からの連絡方法を別に用意して貰う手筈になっていたのだが、まさかゲームを買ってしまうとは。

当然、それを動かすパソコンも買っている筈。

金持ちだなぁ。


「良いのよ。どうですか?そこは快適ですか?あえてハッキリと書きませんが」


「快適です。問題は有りません」


初心者なので副委員長のチャットは遅い。

それが分かっているので、根気良く続きを待つ。


「良かった。パソコンの電源は絶対に切らないでくださいね。連絡用でもあるので、ゲームのログアウトもしないでください」


「連絡用って事は、常に誰かが見てるんですか?」


「私が合宿に行っている間も家の者が見ています。SOSが有れば何らかの反応をする筈です」


「分かりました」


「じゃ、私はこれで落ちるね。明日の準備が有るから」


クウェイルのキャラが消えて行く。

しかし残った新キャラはマイペースに会話を続ける。


「回線落ちした場合は、復帰後に報告をして欲しいそうです。では、問題が無いのなら上の人を帰すけど、構わないかな?何か用事とか有るかな?」


「今の所は思い付きませんね。落ち着かないと不便さには気が付かないかも知れません」


「それはそうよね。でも、何かが有っても今夜は我慢して貰います。明日になればローレルさんがそちらに行きますので、それまでは」


「はい。アレはもう言われた場所に有るんですよね?」


「恐らく。有ると思いますが、もしかしたら無いかも知れません」


「情報戦、って奴ですか」


「その通りです。では、私も明日の準備に取り掛かります。パソコンの前から離れるわね。幾間くんは、アレが有ると思って頑張ってください」


「はい」


チャットが終わる。

さて、設定の続きをするか。

ゲームを始める前の設定は殆ど終わったが、今度はゲーム内での設定が有るのだ。

しかしこれは使う機械が変わった事による設定のリセットなので、こっちはすぐ終わるだろう。

ゲーム内のメニューには機種差が殆ど無いんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ